【自動車用語辞典:燃料「水素エンジン」】水素を燃焼させるエンジンの課題と将来の可能性

■CO2を排出しない究極のエンジンだが

●発熱量の小ささや異常燃焼など課題が多い

水素を燃料とする燃料電池車(FCV)は、現在もっとも注目されている次世代車のひとつです。一方で、水素をエンジンで直接燃焼させる水素エンジンは古くから研究され、過去にマツダはレンタル販売、BMWは限定的ですが市場に投入しています。

水素エンジンの今後の可能性について、解説していきます。

●水素エンジンとは

水素を燃料にしてエンジンで燃焼させる水素エンジンは、理論的には燃焼によって水は生成しますが、CO2は排出しない「究極の低エミッションエンジン」といえます。また既存のエンジンの改良で対応できるので、FCVのように大きなコストアップもありません。

日本では、武蔵工大(現東京都市大)の古浜教授らが1970年代から水素エンジンの研究を進め、試作車を製作しました。2000年頃には、日本ではマツダ、欧州ではBMWが水素エンジンの開発に注力し、水素エンジン車を発表しました。しかし、BMWは2009年には開発を凍結、マツダも最近水素ロータリーエンジンの開発凍結を発表しました。

マツダとBMWは、なぜ開発を凍結したのでしょうか。

●水素エンジンの課題と対応

理論上は優れた水素エンジンですが、実際のところは多くの課題を抱えています。ベースはガソリンエンジンですが、水素とガソリンの特性の違いに合わせて、以下の通り仕様を最適化しています。

・単位容積あたりの発熱量はガソリンの約1/3.7で、満タン時の航続距離はガソリンよりも圧倒的に不利
水素単独燃料では航続距離が短いので、一般的には燃料をガソリンと併用する「バイフューエル」方式を採用しています。結果的には、高価なクルマになります。

・理論混合気の発熱量はガソリンの約84%なので、出力はガソリンの84%と低目
筒内噴射方式を採用すると、ガソリン並み以上の出力が確保できます。

・燃焼速度は、ガソリンの6.6倍と圧倒的に速く、熱面着火や異常燃焼のリスクが大
水素は可燃範囲が広いのでリーン(希薄)燃焼によって燃焼温度を下げ、バックファイヤなどの異常燃焼が回避できます。ただし、出力は下がります。

・NOxの排出
ガソリンエンジンと同様、リーン燃焼とEGRを組み合わせて三元触媒でNOxを低減します。

・水素インフラ整備が不十分

水素バイフューエルシステム例
ガソリンと水素が併用できるバイフューエルシステムの例

●今後水素エンジンはどうなる

そもそも水素は自然界には単独の資源として存在しないので、水素が結合している水か炭化水素を分離して作り出すしかありません。現在は、原油から石油を作る過程で水素を分離しています。

水素エンジンはCO2を発生しませんが、水素を製造するためにCO2を発生させています。化石燃料を使って水素を製造してわざわざエネルギーとして使うくらいなら、直接化石燃料を燃やす方が効率的と考えるのはごく自然です。

●Well to Wheel CO2排出量

石油採掘~製油~給油所~走行までの全過程で発生するCO2を、「Well to Wheel CO2排出量」と呼びます。EVの場合の「Well to Wheel CO2排出量」は、電気をどのように製造するかによって、大きく影響されます。同様に水素エンジンやFCVの場合は、水素をどのように製造するかによってCO2の評価は大きく変わります。


水素エンジンは、水素をどうやって製造するかによって、その評価は大きく変わります。現状のように化石燃料を使って水素を製造している限り、CO2削減にはなりません。

ネガティブな意見ですが、BMWやマツダが水素エンジンを凍結させたように、将来的に水素エンジンの出番はないと思いますが、どうでしょうか。

(Mr.ソラン)

この記事の著者

Mr. ソラン 近影

Mr. ソラン

某自動車メーカーで30年以上、自動車の研究開発に携わってきた経験を持ち、古い技術から最新の技術までをやさしく解説することをモットーに執筆中。もともとはエンジン屋で、失敗や挫折を繰り返しながら、さまざまなエンジンの開発にチャレンジしてきました。
EVや燃料電池の開発が加速する一方で、内燃機関の熱効率はどこまで上げられるのか、まだまだ頑張れるはず、と考えて日々精進しています。夢は、好きな車で、大好きなワンコと一緒に、日本中の世界遺産を見て回ることです。
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