目次
■不快感や違和感なく自動追従してくれるツアラー
●アダプティブクルーズコントロールがこんなに楽で快適だとは!
MT-09、XSR900の兄弟車でツアラーモデルであるトレーサー9 GTにニューモデルが加わりました。その名はトレーサー9 GT+(トレーサーナインジーティープラス)。
最大の特徴は、高速道路などで前走車との車間距離を一定に保つ追従走行が可能なアダプティブクルーズコントロール(ACC)と、必要に応じて前後配分を調整しながらブレーキ力をアシストする新型ユニファイドブレーキシステム(UBS)を採用していることです。
そんなトレーサー9 GT+に試乗してわかったのは、それら先進技術は、長距離移動を圧倒的に楽に、そして安全にしてくれる一方で、ライダーにはまったく不快感や違和感をいだかせない完成度の高い味付けになっているということでした。
●UBSは必要に応じて前後を統合して利かせるブレーキ
このトレーサー9 GT+、従来のトレーサー9 GTと比べると、走行モードの仕様や、ハンドルスイッチ、メーターが新しくなっていたり、クイックシフターが進化していたりと様々な変更が加えられています。
マイナーチェンジのようでもありますが、「+」がつかないトレーサー9 GTのほうもカラーリング以外は従来と同様の仕様で継続販売されるので、現状ではグレード追加という感じになります。
最大の特徴は、ミリ波レーダーを使ったACC(アダプティブクルーズコントロール)とUBS(ユニファイドブレーキシステム)です。まずは、ACCは使わずにUBSの作動を体験する試乗を行いました。
一応先に、単独で走行してリヤブレーキの利きを確かめます。極めて普通です。普通のスポーツバイク同様に大して利きません。そう、軽く、または中くらいの力でブレーキペダルを踏むだけならば、普通のリヤブレーキの作動となんら変わらないのです。
しかし、グーッと強く踏み込んでみると、「カッカッカッ」っというABSの作動反応とともに、グイィイイと強力に減速します。ブレーキペダルを強く踏んだときだけブレーキのアシストが入るとともに、フロントブレーキも作動するのです。
なお、この日は路面がウエットだったためにABSがすぐに利いてしまいましたが、ドライ路面ならABSが作動しなくてもUBSのアシストが働くそうです。
次に前走車(に見立てたバーを横に伸ばした軽トラ)のすぐ後ろを走行したり、前走車に追いつきつつブレーキを踏むという体験をやってみます。すると、今度はそれほど強くペダルを踏まなくてもグーッと強力に減速してくれます。UBSのアシストが働いてくれているのです。
特に何も設定していなくても、ミリ波レーダーは常に前方を監視していて、前走車がいることを把握しています。そこでブレーキ操作をすると、前走車と近い場合には、必要なブレーキ力アシストをしてくれるのです。
しかも、作動するのはブレーキだけではありません。このトレーサー9 GT+のUBSは、電子制御サスペンションとも連動しています。強めのブレーキングをしたときには、フロントサスペンションの減衰力を自動で高めて、ノーズダイブを抑制するセッティングにもなっているのです。
そういった電子制御サスペンションとの連動や、ブレーキの利かせかたなどのおかげでしょう。UBSによるブレーキ力アシストは、急にカツン!と利いて、心の準備ができていなかったライダーが前につんのめるようなこともなく、極めてライダーの感覚にとって自然なフィーリングで効いてくれるのです。
どちらかといえば、ブレーキ力アシストが作動することそのものより、“ごく自然に”作動することのほうが驚きが大きいほどです。
前述のとおり、前走車がいない状況でブレーキペダルを弱〜中くらいの力で踏むだけならUBSは作動しません。なので、リヤブレーキを引きずりながらのUターンなども、まったくやりづらさはなく、ごく自然にできます。
またコーナリング中のブレーキなど、様々な異なる場面でのブレーキングに関しては、6軸IMUを活用して車両の状況を把握し、その場面に最適なブレーキ力アシストになるように(または作動させないように)プログラムされているそうです。開発の際は、その膨大な適合も大変だったとか。
●ACCは自然な動きで前走車に追従
次はACCを体感する試乗です。
ACCは前走車との車間を一定に保つ働きがあるので、減速時には自動でUBSも働きます。
この前走車との車間を計測するために使われるのがミリ波レーダーです。いわゆるミリ波と呼ばれる波長の電波を発して、その反射から前方の障害物や走行車両を検知します。
最近は自動車では採用されることが増えてきた機器ですが、2輪車での採用例はまだわずかで、ヤマハ発動機ではこのトレーサー9 GT+が初となります。
このミリ波レーダーを使ったトレーサー9 GT+のACCですが、まず走行中にボタン操作で走りたい車速を設定します。すると、前走車がいなければアクセルを戻してもずっとその車速で走行します。いわゆるクルーズコントロールです。
そして、設定した車速よりも遅い車両が前にいた場合には、その前走車と一定の車間距離を保って追従走行します。前走車が加速すれば自動で加速するし、減速すれば自動で減速します。これがアダプティブクルーズコントロールです。なお車間距離は設定で変えることができます。
正直にいって、私はちょっと古臭いタイプのライダーで「バイクにクルーズコントロールなんていらねえよ派」でした。それが、テストコースの外周路に出て、前走車についてACCをセットした直後に考えを変えました。
「なんて楽なんだ! これなら下北半島までだってイッキに行けそうだ」。
前述のとおり、前走車が加速すれば自動で加速してくれます。もともと排気量900ccで最高出力は120PS(88kW)もあるので、加速はパワフルでもどかしい感じは一切ナシ。そして前走車が減速すれば自動で減速してくれます。
また、前走車がわざとキツめの減速をするようなケースも体験したのですが、そんなときには「おっ、前の車がブレーキ踏んだ。減速してきたな。おいおい、そんなに減速するの? しっかり止めなきゃ」という人間のリアクションとリンクしたような、極めて自然なブレーキのかけかたで、ライダーとしてもしっかりニーグリップを構える余裕があります。それでいて必要とあれば強力にブレーキングしてくれるのです。
ついでに、第3世代クイックシフターのおかげでシフトアップ時、シフトダウン時ともにクラッチ操作は不要になっています。
ACCをセットすれば、あとはアクセル操作もブレーキ操作も、ついでにクラッチ操作も不要。前を見て車線を守っていれば走れちゃうのです。ライダーが常に気をつけて、細かく操作しないといけないことが減ります。これが思った以上に楽で、疲労が減るのです。
なお、車線を変更したり、前走車が分岐で別れていったときなど、前走車がいなくなれば設定速度まで加速してその車速をキープします。
また、気を使わないといけない要素が減るために、別のことに気を使うことができます。たとえば周囲の状況がより見えるようになり、把握しやすくなるので、より安全な運転が可能になるでしょう。
また、車速をほどほどに設定しておけば(あえてアクセル操作をしてそれ以上のスピードを出すのは面倒くさいので)、飛ばしすぎの予防にもなるのではないでしょうか。
●これがこれからの時代のツアラーの姿かも
今回の試乗会はなかなかカルチャーショックでした。バイクでアダプティブクルーズコントロールなんて、ずぼらな人が使えばいいと思っていましたが、考えが変わりました。
もちろん、街乗りメインや峠メインなんていうライダーには不要かもしれませんが、自動車専用道路で県境を2つ3つまたぐようなツーリングをする場合には、疲労低減に効果は絶大だと予想できます。またUBSはブレーキングの技術が未熟だったり、不注意だった場合にも事故の可能性を減らすことができます。
そしてそれらが、非常に自然に作動してくれるところが現代の技術の高さを感じさせます。今回、体験したACCやUBSは、ライダーが一部の操作を機械に任せるものですが、それは決してオートバイの楽しさや気持ちよさをスポイルするものではありませんでした。
また、こういったミリ波レーダー、ブレーキやサスペンションの統合、連動技術は安全運転支援システムの進歩や自動運転の実現へとつながっていきます。ACCやUBSを搭載したトレーサー9 GT+は、ツアラーの新しい時代の扉を開けて、一歩踏み出したモデルになったのではないかと思います。
(文:まめ蔵/写真:小林 和久、ヤマハ発動機)