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■水素エンジンGRヤリスをWRCで走らせるまでの道
●モリゾウさん、2012年初めてラリー車のハンドルを握る
トヨタは水素エンジン搭載のGRヤリスをWRCベルギーで走らせた。このアイデアを考えたのは100%間違いなくモリゾウさんだと思う。トヨタ自動車の豊田社長じゃなく、クルマ好きのモリゾウさんです。
少し時間を戻す。モリゾウさんがWRC参戦を考えたのは2012年に今は無きメガWEBで行われた自動車雑誌主催のイベント。ここで初めてラリー車のハンドルを握ったのだった。
最初は勝田貴元選手のお父さんである勝田範彦選手の助手席に乗り、狭いメガWEBのコースでドーナツターンを始めテール流しっぱなしの走りを体験。楽しかったんだと思う。「私も試乗していいですか?」。私は司会&アナウンスをしており断る理由など全く無かったため「どうぞ!」。2ラップくらいして戻ってきたら今度は「サイドターンしていいですか?」。聞けば初めてやってみるという。
この後、初めてのサイドターンにチャレンジ。
コースは本当に狭い。そこで初めてサイドターンするという。少しでもすっぽ抜けたらガードレールです。さすがに迷いベストカーとカートップの責任者を見たら、笑いながらいいと目配せしている。考えてみたら修理すればいいし、ラリー車なのでガードレールに当たったくらいならケガなんかしない。「どうぞ!」。本当にサイドブレーキ引っ張りましたね~。それほど上手く決まらなかったですが。
●2014年フィンランドからWRCへ全開走行
それまでラリーには興味を持っていなかったモリゾウさんながら、ここからアクセル全開になる! トミ・マキネンとコンタクトを取り、2014年のWRCフィンランドへ。ここでマキネンのドライブでSSの前にコースを全開走行。フィンランドといえばラリーが国技。ものすごい観客だ。そこで4回チャンピオンを獲ったマキネンの隣に乗る。クルマ好きにとっちゃ最高の体験だ。
この時にWRC復帰を決めた、と私は考えている。
翌2015年1月に参戦を正式発表。その後は素晴らしく順調なステップで、2017年1月の参戦開始から2ラリー目(!)のスウェディシュで初優勝を決め、2018年からはトップクラスのチームになり今に至る。
WRC参戦の効果ときたら予想以上! トヨタ以外のメーカーは撤退を考えるほど売れ行きを落としている欧州市場でシェアをドンドン伸ばしてます。
●モリゾウ、WRCを走る
長い前置きになった。フィンランドでマキネンの隣に乗ってからモリゾウさんはWRCで走ることをずっと考えていたと思う。とはいえ2つしか方法無し。選手か競技車両の前に走る前走車か、だ。
とはいえ前走車も簡単じゃ無い。競技車両の直前に走る『0』や『00』は名前の通った選手じゃないとラリーファンが許さない。それより前に走るコースの安全確認車両はゆっくり走る。
ヘルメット被って全開で走れるのは安全確認車と00車の前という微妙な”隙間”しかない。そしてこの隙間、お金じゃ買えない。これまたラリーファンから嫌われますから。唯一の例外が「社会的に意義のある車両」だ。という観点からすれば、カーボンニュートラルを達成しながらエンジン音を残せる水素エンジンは余裕の合格的。モリゾウさんの狙い、バッチリ決まりましたね!
WRCベルギーでモリゾウさんはSSを2回走った。土曜日がドライバー。日曜日は何と初めてのコ・ドラ。マキネンの隣でフィンランドを走った時は単なる「お客さん」だったけれど、今回ペースノートもしっかり読む。相棒は何とユハ・カンクネン! 超が10くらいつく贅沢さだ。世界中のラリーファンにとっちゃ見果てぬ夢の一つだと思う。ということで感想を聞いてみました。
「今までこんな長い距離のSSを走ったことがなかったんですけれど、あっという間でした。コース状況は事前に聞いていたのですけれど、予想以上に狭くて速度域高くて滑ります。危ないです(笑)。カンクネンさんの的確なアドバイスで無事走りきることができました」。競技者としてWRCに出ることは考えていないのか聞いてみると「前向きに考えなくちゃいけませんね~」。
カンクネンのコ・ドラとして酔わずにキチンとペースノートを読めましたか?と聞いてみたら「初めてペースノートを読んだんですけどけっこうやれますね! 酔いもしなかったです。6kmくらいで他の車両に追いついて抜かしたんですが、残念ながらそこでロストしました(笑)」。いやいや楽しかった様子。今後さらに水素エンジン車を仕上げ、全行程を走る00カーとして使ったらいいと思います。
そしてモリゾウさんのクルマ好き修行は次なる目標へ向かう?
(文:国沢 光宏/写真:国沢 光宏、川崎BASE)