2代目セリカ「コンバーチブル」誕生。5代目セリカベースに米国ASC(アメリカン・サンルーフ・コーポレーション)が電動オープン化【今日は何の日?8月24日】

■モータースポーツで大活躍した5代目のオープンモデルが誕生

2代目セリカコンバーチブルマイナーチェンジ後の後期モデル(1991.08)
2代目セリカコンバーチブルマイナーチェンジ後の後期モデル(1991.08)

1990(平成2)年8月24日、1989年に登場したトヨタの5代目セリカに、セリカ・コンバーチブルとしては2代目となるモデルが設定されました。ボディのオープン化は、先代と同じくオープン化で名高い米国ASC(アメリカン・サンルーフ・コーポレーション)社によって行われました。

●コンバーチブルのベースとなった5代目セリカ

トビラ画像
2代目セリカコンバーチブル

5代目となるセリカは、1989年9月にデビュー。キャッチフレーズは、「WANTED New CELICA」で、TV-CMには当時人気絶好調の米国俳優エディ・マーフィーが起用されました。

1989年にデビューした5代目セリカ(GT-FOUR)
1989年にデビューした5代目セリカ(GT-FOUR)

スタイリングは、曲面基調の躍動感あふれる3ドアクーペ。モータースポーツ用のベースとなったフルタイム4WDの「GT-FOUR」には、最高出力225PSを発揮する2.0L直4 DOHCターボが搭載され、NA(無過給)エンジンも用意されました。

また、積極的に新技術や機構が採用され、トヨタ初の“デュアルモード4WS(4輪操舵システム)”や限定販売のアクティブサスペンションを備えた”アクティブ・スポーツ”、さらに翌年にはGT-FOURをベースに前後ブリスターフェンダーを組み込んでワイドボディ化した“GT-FOUR A”、さらにWRC参戦のためのホモロゲ用の“GT-FOUR RC”も発売されました。

GT-FOURは、1992年からWRCに参戦して、カルロス・サインツがドライバーズチャンピオン、翌年1993年にはトヨタ初のドライバーズとコンストラクターズの両方のタイトルを制覇するなど、大活躍しました。

●オープン化は米国専門メーカーのASC社が全面的に担当

1987年に登場した初代セリカ・コンバーチブル(4代目セリカベース)
1987年に登場した初代セリカ・コンバーチブル(4代目セリカベース)

セリカのコンバーチブルが初めて登場したのは、4代目セリカをベースにした1987年でした。オープン化を担当したのは、米国で実績のあるASC社で、2代目コンバーチブルも同様です。ASCは、コンバーチブルが盛んな米国で業界をリードする専門メーカーで、スタイルの良さと巧みな開閉システム、効果的なボディ補強で定評がありました。

1989年にデビューした5代目セリカ
1989年にデビューした5代目セリカ

実際の生産は、日本から米国ASC社に5代目セリカのベースボディを送り、オープンボディ化した後に日本に返送、改造して最終チェックの後、出荷するという手順で行われました。この手法の方が、国内にオープンの生産設備を導入して新たな工程を立ち上げるより、品質面でもコスト面でも有利なのです。

●オープン化だけでなく、装備も充実させたセリカ・コンバーチブル

2代目セリカ・コンバーチブルのスタイリングは躍動感溢れ、フルオープン時は開放感、閉じるとパーソナル感が楽しめました。スイッチ一つで、簡単にオープンとクローズができる電動開閉式です。

コンバーチブルでも採用されたトヨタ初のデュアルモード4WSは、後輪の方向と角度を2種類に変更でき、安定した走りならノーマル、スポーティな走りならスポーツモードを選択可能。その他の装備も充実し、4スピーカーオーディオ、パワーアンテナ、前席パワーウィンドウが標準装備。パワートレインは、165PSを発揮する2.0L直4 DOHCエンジンと5速MTの組み合わせで、駆動方式はFFでした。

流麗なスタイルのセリカ・コンバーチブルは、多くのオープンカーファンから熱視線を浴び、人気を博しました。


オープンカーは、日本では非日常の特別なクルマですが、欧米では多くのクルマに設定されている日常的に使うクルマです。そのため、日本メーカーはオープン化を自社で行わず、ノウハウや技術を持っている欧米の専門メーカーに委託生産することが多かったのですね。

毎日が何かの記念日。今日がなにかの記念日になるかも知れません。

Mr.ソラン

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Mr. ソラン

某自動車メーカーで30年以上、自動車の研究開発に携わってきた経験を持ち、古い技術から最新の技術までをやさしく解説することをモットーに執筆中。もともとはエンジン屋で、失敗や挫折を繰り返しながら、さまざまなエンジンの開発にチャレンジしてきました。
EVや燃料電池の開発が加速する一方で、内燃機関の熱効率はどこまで上げられるのか、まだまだ頑張れるはず、と考えて日々精進しています。夢は、好きな車で、大好きなワンコと一緒に、日本中の世界遺産を見て回ることです。
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