国内ハイブリッド車初の最高速120キロ達成したHC85系が2022年7月デビュー

■自動車と同じく電車もハイブリッド時代へ

JR東海は特急型ハイブリッド車のHC85系を2022年7月1日(金)から営業デビューさせます。

HC85系は1989年にデビューした特急型気動車キハ85系の後継車で、国内のハイブリッド車で初めて最高速度120km/hという動力性能を実現しました。自動車ではすっかりお馴染みとなっているハイブリッド車ですが、鉄道でもハイブリッド車が増えています。

では、鉄道のハイブリッド車は自動車と何が違うのか? 従来の気動車と何が違うのかを見てみながらHC85系を紹介しましょう。

●鉄道のハイブリッド車はシリーズ式が主流

ハイブリッド特急車両JR東海HC85系
7月にデビューするハイブリッド特急車両JR東海HC85系(左)。現在活躍しているキハ85系気動車(右)の後継車として2023年度までに68両が投入される予定です

今さら説明するまでもありませんが、自動車のハイブリッド方式は日産のe-powerに代表されるシリーズ式、トラックなどで多く見られるパラレル式、プリウスに代表されるスプリット式、そして軽自動車や輸入車に採用されているマイルドハイブリッド等があります。

鉄道でもシリーズ式、パラレル式、マイルドハイブリッドが試作されましたが、国内で実用化されたのは今のところシリーズ式のみで、HC85系も例外ではありません。

ではシリーズ式の仕組みをおさらいしておきましょう。シリーズ式はエンジン発電機による電力とバッテリーに充電した電力を掛け合わせて、モーターを駆動する方式です。エンジンが直接車輪を駆動しないので、変速機や最終減速機などの油脂部品が不要で、整備環境が改善されます。

また、シャフト類も不要で、シャフト脱落などのトラブルとも無縁になります。

さらに、モーターの制御システムは電車と基本的に同じなので、部品の共通化によるメンテナンスコストの低減も図れます。

実は鉄道では、エンジン発電機の電力のみでモーターを駆動する電気式気動車が古くから存在していました。シリーズハイブリッド方式は、この電気式にバッテリーの充放電システムを付加することでシステムを構成することが可能でした。

●HC85系は高速性能と環境性能を両立。信頼性も向上

シリーズハイブリッドシステム
写真左からHC85系のディーゼルエンジン・発電機・バッテリー・モーター。これに車両制御装置を加えてシリーズハイブリッドシステムを構成しています

モーターのパワーは電圧と比例します。ですから、強力なモーターを駆動するためには、強力なエンジン発電機や大容量のバッテリーが必要です。

しかし、乗客を乗せる車両の場合は、できるだけ室内のスペースを確保する必要があるので、床下や屋根上など限られたスペースにシステムを全て搭載しなければなりません。また、パワーアップすればその分重くなります。そのため、従来の鉄道用ハイブリッド車は最高速度100〜110km/h程度の性能を発揮できるシステム構成として、通勤用や観光用、クルーズ列車等に用途を絞っていました。

キハ85系
「ひだ」「南紀」で運用しているキハ85系は液体式気動車。350ps出力のディーゼルエンジンのパワーを液体変速機。プロペラシャフト・最終減速機を介して車輪に伝達しています。軽量で線路への負担が少ないので、国内では液体式が長らく主流でした

しかし、HC85系はJR東海の看板特急である「ひだ」(名古屋・大阪〜高山・飛騨古川・富山間)、「南紀」(名古屋〜紀伊勝浦間)に使用する車両で、最高速度120km/hの性能は必須でした。ちなみに現在「ひだ」「南紀」で活躍しているキハ85系は液体式気動車で、エンジンのパワーを液体変速機を介して車輪に伝達しています。キハ85系では350ps出力のディーゼルインタークーラーターボエンジンを1両当たり2台搭載して、動力性能を確保していました。

発電用ディーゼルエンジン
発電用ディーゼルエンジンは1両当たり1台搭載。水平シリンダー配置の直列6気筒インタークーラーターボディーゼルエンジンで、定格出力は336kW(約457ps)です

HC85系は1両当たり1台のディーゼル発電機と大容量バッテリーを搭載しています。ディーゼルエンジンの定格出力は336kW(約457ps)。発電機には定格効率97%とロスの少ない同期電動機を使用して245kWを出力しています。バッテリーは短時間で大容量の充放電が可能な東芝のSCiBを採用。モーターも効率が高い同期電動機を採用し、定格出力145kWを発揮。これを1両当たり2台搭載して、ハイブリッド車最速の最高速度120km/hを実現しました。

エンジンに直結した発電機
エンジンに直結した発電機は高効率な同期電動機で、定格出力245kWを発揮します
バッテリーモジュール
バッテリーモジュールは急速充放電が可能な東芝SCiBを採用。車両制御装置と一体化した水冷システムで冷却しています

HC85系の燃費はキハ85系よりも35%向上。CO₂排出量を約30%、NOx排出力を約40%も削減しています。HC85系を68両投入した場合、年間のCO₂排出量は約6000t削減できる見込みです。

駆動用モーター
駆動用モーターは1両当たり2基搭載。同期電動機を採用し定格出力145kWを発揮しています

HC85系は車両の状態をリアルタイムで監視してデータを蓄積し、車両の不具合予兆を自動分析して列車の運休・遅延を未然に防ぐため、DIANA(Data Integrated monitoring and Analysis system)を採用しました。車両の機器類などの大量なデータを取得してLTEによるリアルタイム通信で地上に送信し、地上の分析サーバが不具合の予兆を自動分析して通知します。HC85系では、国内で初めてエンジン・過給器・ラジエターなどのデータも取得しています。

●沿線の魅力を取り入れた車内設備

ナノミュージアム
ナノミュージアムはグリーン車のデッキと普通車の多機能トイレ付近に設置。沿線の伝統工芸品を展示しています

HC85系の車内は、「ひだ」を運用する高山本線や「南紀」を運用する紀勢本線沿線の魅力を取り入れたデザインとなっています。デッキ部分には沿線の伝統工芸品を展示したナノミュージアムを設置しています。

グリーン車は、沿線の新緑や美しい川と夕暮れの紫の空をイメージしたカラーリングを採用。飛騨家具の木目調を生かして「落ち着いた上質感」を表現。リクライニングシートは座面と背もたれが連動して傾く機構を採用しています。

普通車は「明るいわくわく感」をコンセプトとして、沿線の紅葉や祭、花火を取り入れたデザインとしています。座席も従来よりも背もたれを高くしてプライベート感を高めました。

バリアフリー設備は2023年4月1日に施行される省令に国内で初対応し、車椅子スペースを窓側2ヵ所、通路側1ヵ所の3ヵ所としています。

HC85系は7月1日から「ひだ1・4・10・17号」で営業運転を開始します。8月1日からは「ひだ2・15号」にも投入。2023年度までに68両が投入され、「南紀」でも運用する予定です。

ぬまっち

この記事の著者

ぬまっち(松沼 猛) 近影

ぬまっち(松沼 猛)

1968年生まれ1993~2013年まで三栄書房に在籍し、自動車誌、二輪誌、モータースポーツ誌、鉄道誌に関わる。2013年に独立。現在は編集プロダクション、ATCの代表取締役。子ども向け鉄道誌鉄おも!の編集長を務める傍ら、自動車誌、バイク誌、鉄道誌、WEB媒体に寄稿している。
過去に編集長を務めた雑誌はレーシングオン、WRCプラス、No.1カーガイド、鉄道のテクノロジー、レイル・マガジン。4駆ターボをこよなく愛し、ランエボII、ランエボVを乗り継いで、現在はBL5レガシィB4 GTスペックB(走行18万km!)で各地に出没しています。
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