新型GR86のデザインは機能に沿った本物志向。ギミックではなく、欧州車のようなカタマリ感を狙う【特別インタビュー】

■GR86のデザインコンセプトは、凝縮感、機能性、FRプロポーション

86・メイン
コンパクトFRスポーツの原点に帰ったスタイル

2021年10月28日に発売となったトヨタ新型「GR86」は、初代と同様スバルとの協業により、両社の個性を引き出したスポーツカーとして登場しました。そこで、新型のデザインはどのように進化したのか、担当デザイナーの松本氏に話を聞きました。

86・アイキャッチ
GR86

── 始めに、デザイン上のコンセプトについて教えてください。

「凝縮感、機能性、FRプロポーションの3つです。初代は9年もの間作られましたから、愛着が強いユーザーも多い。ヒアリングでは『デザインは変えなくていい』なんて声も多かったくらいです。つまり、大きく変えても、逆にまったく変えなくても異論が出そうだと。そこで、ここはコンパクトなFRスポーツとしての原点に立ち戻ってみようとなりました」

86・スケッチ
開発中のスケッチから

── 開発をスタートするに当たって、デザインチームとしては初代をどのように総括しましたか?

「パッケージを含めた完成度は非常に高く、当然ベンチマークだと考えました。ただ、角度によってはシルエットが四角っぽく見えたり、ボディが薄く感じたりした。そこで、基本パッケージはそのままに、欧州車に通じるようなカタマリ感を出そうと考えました」

── 全幅は初代と同じですが、全長を25mm長く、全高を10mm低くした意図はどこにありますか?

「フロントの15mmは歩行者保護基準によるもので、特段意図的なものではありません。リアはライセンスプレートをバンパーに移動したため、ライセンスランプの設置などもあって10mmを使った。高さは乗員位置を5mm下げたんです。これは、低重心を追求するパッケージ的な理由からですね」

86・フロント
GRシリーズのグリルはあくまで機能優先の形状

── では各部分について伺います。初代の前後ランプはティアドロップ風でアイコン的な形状でしたが、新型は非常にシンプルです。

「フロントは、ベルトラインからフェンダーへの流れの先に素直にランプが存在するようにしたかった。リアもギミックでなく素直にワイド感を狙った形です。リアパネルはライセンスプレートを下げたことで非常にスッキリし、トランクリッドを分割するガーニッシュを置くことができました。前後とも突起物やグラフィック的なものでなく、あくまで全体の面で見せたかった」

── GRが掲げる「FUNCTIONAL MATRIX GRILL」にはどういう定義があるのですか? また左右のエアインテークもセットなのでしょうか?

「グリルには特別な定義はなく、機能をそのまま形にするという意図です。四角いラジエターに対し、もっとも効率よく風を通す形状で、変な話、ラジエターが丸くなればまた変わるかもしれません(笑)。エアインテークの黒いパーツはタイヤに対し踏ん張り感を与えつつ、ここでも空力という機能性を重視しました。初代はここにフォグランプがあったのですが、ヘッドライトの性能向上もあり空力を優先したのです」

86・フェンダー
エアアウトレットとブリスターフェンダーの組み合わせ

── 次にサイド面です。新設したエアアウトレットとフェンダー周囲の造形は少し複雑ですね。

「エアアウトレットを置くには、当然ボディ面との間に「段差」を設けないといけません。そこでフェンダー面を外側に出したわけですが、その段差によって同時にブリスターを設けることができたのです。開口部分を別パーツにしたのは構造上の都合ですが、全体的にはスッキリまとまったと思っています」

── ボディ下部のサイドスポイラーは初代より張り出しが大きいですね

「はい。初代は鉄板だったので表現に限度があったのですが、新型は樹脂製にして自由度を上げました。当然スタビライザーとしての機能があるのですが、一方で、リアに向けての「蹴り上がり」が降下するルーフラインと呼応していて、上下のラインに挟まれた空間にドア面のピークを含めたカタマリ感を表現するという意図もあるんです」

86・初代
初代86。ベルトラインはわずかにウエッジしている

── 初代のベルトラインは強いキャラクターラインとサイドスカットルで低さを強調していましたが、新型では逆にボディが厚く見えます。

「実際、ベルトラインは20mm高くなっています。私たちは「体幹を鍛える」と表現していたのですが、体の芯を低い位置に通すことで、キャラクターラインに頼らなくてもボディは低く見えるんです。また、実は初代のベルトラインは若干ウエッジしていたのですが、これを水平にすることでフロントフェンダーとのつながりが非常にスムーズになりました」

── リアフェンダーの峰にはラインが入っていますが、ここは面だけで見せるのではダメですか?

「そこは何度もトライした部分ですね。リアフェンダーはキャビン部を最大40mm削ることで大きな抑揚を作り出しました。ただ、そのままだとボテッとした重みを感じてしまうんですね。また、実はフェンダー上部にはもう1本『隠し味』的なラインをカウンター的に入れています。これによってフェンダーの表情がとても豊かになっているんです」

86・サイド
リアフェンダーには2本のラインが入っている

── 次にリアですが、いわゆるダックテール形状にしたのはなぜですか?

「ひとつはデザイン上のバランスからですが、スポイラーにカメラやストップランプを盛り込むという機能面の理由もあります。また、初代の後期型にはブラックのスポイラーが付いていましたが、新型のリアはデフォルトで同等の性能を持たせることができているんですよ」

── では最後に。まだ新型が完成したばかりですが、今後「86」のデザインはどのように進化するべきだと考えていますか?

86・リア
ダックテールとしたリアパネルはシンプルに

「86に限らず、スポーツカーは丸くなったり四角くなったりなど、単にトレンドに乗るのではなく、普遍的な造形であるべきだと私たちは考えています。言い方を変えれば機能美ですね。ただ、だからといって萎縮するのもイケない。手の勢いだけではダメですが、デザインが機能の邪魔をしないという点では、まだまだ可能性はあると思えます」

── 普遍性と言っても表現はひとつではないということですね。本日はありがとうございました。

86・デザイナー
松本 宏一氏

【語る人】
トヨタ自動車株式会社
クルマ開発センター
ビジョンデザイン部 ZEVデザイン2グループ長
松本 宏一氏

(インタビュー:すぎもと たかよし

【関連記事】

この記事の著者

すぎもと たかよし 近影

すぎもと たかよし

東京都下の某大学に勤務する「サラリーマン自動車ライター」。大学では美術科で日本画を専攻、車も最初から興味を持ったのは中身よりもとにかくデザイン。自動車メディアではデザインの記事が少ない、じゃあ自分で書いてしまおうと、いつの間にかライターに。
現役サラリーマンとして、ユーザー目線のニュートラルな視点が身上。「デザインは好き嫌いの前に質の問題がある」がモットー。空いた時間は社会人バンドでドラムを叩き、そして美味しい珈琲を探して旅に。愛車は真っ赤ないすゞFFジェミニ・イルムシャー。
続きを見る
閉じる