世界初のロータリーエンジン量産車「コスモスポーツ」、その実用化を苦しめたチャターマーク(悪魔の爪痕)とは【歴史に残る車と技術030】

■流麗なシルエットと圧巻の走りをアピールしたロータリー搭載車コスモスポーツ

1967年にデビューしたロータリーエンジン搭載のコスモスポーツ。シャープな流線形フォルムのスポーツカー
1967年にデビューしたロータリーエンジン搭載のコスモスポーツ。シャープな流線形フォルムのスポーツカー

マツダ(当時は、東洋工業)から、1967年5月にロータリーエンジンを搭載したスポーツカー「コスモスポーツ」がデビューしました。

市販化までには、ロータリーエンジン特有の耐久信頼性に関わる大きな壁がありましたが、マツダはその課題を克服。市場に放たれた流麗なフォルムとロータリーエンジンのパワフルな走りは、世界に衝撃を与えたのです。


●65年前にフィリックス・ヴァンケル技師が発明したロータリーエンジン

ロータリーエンジンを考案したのは、ドイツのフィリックス・ヴァンケル技師です。ヴァンケルはNSU社(後にアウディに吸収合併)と共同でロータリーエンジンの開発を進め、1959年にロータリーエンジンの開発に成功したことを発表。その画期的な機構や優れた性能が世界中から大きな注目を集めました。

マツダは、いち早くロータリーエンジン実用化への挑戦を決め、1961年にNSU社とロータリーエンジンの技術提携を締結、ロータリー研究部を設け、全社を挙げて開発に取り組んだのです。

ロータリーエンジンの作動原理。クランク軸1回転に1回爆発行程があるので、理論的にはレシプロエンジンの2倍のトルクが発生。
ロータリーエンジンの作動原理。クランク軸1回転に1回爆発行程があるので、理論的にはレシプロエンジンの2倍のトルクが発生。

ロータリーエンジンは、三角おむすび型の「ローター」とまゆ型(楕円型)の「ローターハウジング」で構成。ローターの回転とともに、ローターとハウジングで形成される空間が容積を変えながら、吸気、圧縮、爆発、排気行程の4行程を繰り返します。

ロータリーエンジンのローターは、1回転でエキセントリックシャフト(クランクシャフト)が3回転するように設定されているので、吸気、圧縮、爆発、排気行程の4行程はエンジン3回転(4ストロークエンジンでは2回転)で完了します。

またローターには、3つの燃焼室が形成されるので、結果として爆発行程は1回転で1回発生。2回転に1回の爆発行程の4ストロークエンジンに対して、同じ排気量で見ればロータリーエンジンのトルクは、理論上2倍になるのです。

●最大の課題だった「チャターマーク」を克服

ロータリーエンジンは高出力の他にも、往復運動を回転運動に変換するレシプロエンジンに対して、直接クランクを回転させるので、軽量・コンパクト、および低振動・低騒音というメリットがあります。一方で、開発当初はその独特の機構から耐久信頼性の課題がありました。

「悪魔の爪痕」と呼ばれたチャターマーク
「悪魔の爪痕」と呼ばれたチャターマーク

特に市販化の大きな壁になったのは、燃焼室をシールするローターの先端とロータリーハウジングの摺動部に発生する波状摩耗、“悪魔の爪痕”と呼ばれたチャターマークでした。チャターマークが発生すると、圧縮ガスや燃焼ガスのガス漏れが発生して熱効率が低下するため、出力と燃費が急激に悪化するのです。

チャターマークを解決したアペックスシール(赤い○部)
チャターマークを解決したアべックスシール(赤い○部)

レシプロエンジンでは、燃焼ガスは通常3本のピストンリングでシールしますが、ロータリーエンジンでは“アベックスシール”という特殊な部品で、ローターとハウジング間をシールします。ところが、ロータリーエンジンでは、ローターのシール面の動きが複雑で移動距離も長いので、耐久信頼性を確保するのが難しいのです。

原因究明と改良のための膨大な量の試験が繰り返され、ついにチャターマークの原因にアベックスシールの固有振動数が関係していることを解明。その対策として、アベックシールの形状を見直し固有振動数を変えること、カーボンパウダーにアルミニウムを含侵させた新しいアベックスシール材を開発することで、難題を解決し量産化に成功したのです。

●鮮烈なデビューを飾ったコスモスポーツ

ロータリーエンジン量産車の第一号となったコスモスポーツは、1964年の東京モーターショーで初披露され、その後3年間、先述の耐久信頼性の改良や実車による実用性評価が行われ、1967年ついにコスモスポーツは市場デビューを果たしたのです。

コスモスポーツノリアビュ。近未来的なイメージの曲面構成のリアウィンドウ、上下2分割のリアコンビネーションランプが特徴
コスモスポーツのリアビュー。近未来的なイメージの曲面構成のリアウインドウ、上下2分割のリアコンビネーションランプが特徴

NSC社が開発したのは、ローターが1つのシングルローターでしたが、性能が十分でなかったので、マツダはローターを2つに増やした2ローター(491cc×2)12A型を開発。その結果、最高出力110PS/最大トルク13.3kgmを発生し、最高速度185km/h、0-400m加速は16.3秒という圧巻の走りを披露したのです。

コスモスポーツの主要諸元
コスモスポーツの主要諸元

“走るというより、飛ぶ感じ”のキャッチコピーを体現させる力強い走り、さらにロータリーエンジンのデビューを飾るにふさわしい流線型の華麗なシルエットが、多くの人を魅了。車両価格は148万円、当時の大卒の初任給は2.9万円程度(現在は約23万円)だったので、単純計算では現在の価値にすれば1100万円超となります。

世界を驚かせた画期的なスポーツカーでしたが、高額だったためか1972年までの5年間で累計生産台数は1176台にとどまりました。

●ロータリーの栄光と衰退、そして復活

1971年にデビューしたサバンナ
1971年にデビューしたサバンナ

その後、マツダは「ファミリア」、「ルーチェ」、「カペラ」、「サバンナ」、「コスモAP」、「サバンナRX-7」と次々にロータリー搭載車のラインナップ展開を行い、ロータリーの一時代を築きました。しかし、年々厳しさを増した排ガス/燃費規制への対応が困難となり、2003年発売の「RX-8」を最後にロータリーエンジンは市場から消えました。

その後、ロータリーエンジン待望論は根強く、幾度となく復活の噂が流れましたが、ついに2023年9月、新型ロータリーエンジンを搭載した「マツダMX-30ロータリーEV」が登場し、現在大きな注目を集めています。

1978年にデビューしたサバンナRX-7
1978年にデビューしたサバンナRX-7

MX-30ロータリーEVは、バッテリーを満充電すれば100km以上のEV走行も可能なPHEVで、高出力モーターとジェネレーターの同軸上に配置されたロータリーエンジンは、駆動用ではなく発電機用エンジンとして使われています。

今回は、軽量・小型でハイパワーのロータリーエンジンを利用した発電用エンジンとしての復活ですが、駆動用エンジンとして復活するのか興味があるところです。

●ロータリースポーツが発売された1967年は、どんな年

1967年には、ロータリースポーツの他に、「トヨタ2000GT」やホンダ「N360」、トヨタ「センチュリー」、日産自動車「日産・プリンスロイヤル」も登場しました。

1967年にデビューした「トヨタ2000GT」
1967年にデビューした「トヨタ2000GT」

トヨタ2000GTは、ヤマハ発動機と共同開発し世界トップの性能を誇った日本初の本格スーパースポーツカー。ホンダN360は4ストロークエンジンを搭載し大ヒットした、高性能のFF軽乗用車。センチュリーは、トヨタを代表する4.0L V8エンジンを搭載した最高級乗用車。プリンスロイヤルは6.4L V8エンジンを搭載した天皇陛下の御料車として製造された最高級リムジンです。

その他、この年にはカラーTVの本放送が開始され、ラジオ番組「オールナイトニッポン」の放送が始まりました。タカラの「リカちゃん人形」、森永製菓の「チョコフレーク」と「チョコボール」、人気マンガ「天才バカボン」、「ルパン3世」、「あしたのジョー」の連載が始まりました。

1967年にデビューし大ヒットした「ホンダN360」
1967年にデビューし大ヒットした「ホンダN360」

また、ガソリン53円/L、ビール大瓶128円、コーヒー一杯77.5円、ラーメン132円、カレー126円、アンパン21円の時代でした。

多くのメーカーがチャレンジして実用化を断念したロータリーエンジンを搭載したコスモスポーツ。レシプロエンジンとは全く異なる機構のエンジンの開発に成功した、日本の歴史に残る車であることに、間違いありません。

Mr.ソラン

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Mr. ソラン 近影

Mr. ソラン

某自動車メーカーで30年以上、自動車の研究開発に携わってきた経験を持ち、古い技術から最新の技術までをやさしく解説することをモットーに執筆中。もともとはエンジン屋で、失敗や挫折を繰り返しながら、さまざまなエンジンの開発にチャレンジしてきました。
EVや燃料電池の開発が加速する一方で、内燃機関の熱効率はどこまで上げられるのか、まだまだ頑張れるはず、と考えて日々精進しています。夢は、好きな車で、大好きなワンコと一緒に、日本中の世界遺産を見て回ることです。
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