■94年の歴史に幕
JR東日本は、三鷹車両センターの上に架かっている三鷹跨線人道橋を2023年12月から撤去します。
三鷹跨線人道橋は今から94年前の1929年に三鷹電車庫(現・三鷹車両センター)を建設した際に、明治・大正時代の古レールを再利用して架けられました。
三鷹跨線人道橋は中央本線・三鷹車両センターを跨いでいて、家族連れの電車ウォッチングスポットとして人気です。また、夕焼けや遠くに見える富士山を目当てに写真を撮りに来る人も多く訪れています。
当時、三鷹市に住んでいた文豪、太宰治のお気に入りの場所で、友人や編集者を度々案内したと言われていて、南側の階段付近には太宰治が階段を降りる写真と説明板があります。ただし、劣化が進んで無残な状態です。
三鷹跨線人道橋は建設以来、国鉄・JR東日本が維持管理してきました。しかし、本来跨線橋は鉄道の施設ではなく、公共施設として管理する方が相応しいことから、JR東日本から三鷹市へ無償譲渡の申し入れがあり、三鷹市も現状のまま存続させる方法を模索しました。
ところが2021年6月に、JR東日本が三鷹跨線人道橋の耐震性能が現在の基準を満たしていないため、利用者や鉄道の安全安定輸送支障を来すことが想定されるとして撤去する方針であると示しました。
三鷹市では無償譲渡されたとしても大規模な改修、メンテナンスに多額の費用が必要であることと、改修により文化的価値が損なわれる可能性が高いことから、JR東日本の判断を受け入れることにしたそうです。
三鷹跨線人道橋は2023年12月から南側、北側の順に解体する予定。工事完了までは2年程度を見込んでいます。撤去着手までは引き続き通行することができますが、混雑時は利用を制限することもあり得るそうです。
三鷹市は市民に人気がある施設であることから、JR東日本と覚え書きを交わして階段の一部を現地保存するほか、橋桁の一部を近くの公園に保存するそうです。
解体が始まるまであと1ヵ月。太宰治が愛した光景を見納めましょう。
(ぬまっち)