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■より自然に思い通りに走れるようになった新型トリシティ155
この2023年に、ヤマハのLMWであるトリシティ125/155がモデルチェンジを受けました。外観はほとんど変わらない仕様変更ですが、エンジンやホイールベースの変更で、環境性能や乗り味は大きく変わっています。
そしてもうひとつ、見た目には気づきにくく、数値にも表れにくい機構の採用で、コーナリング性能が大きく変わりました。それが「LMWアッカーマン・ジオメトリ」です。今回はそのLMWアッカーマン・ジオメトリを中心に、トリシティ155のモデルチェンジをクローズアップして紹介したいと思います。
●傾けて曲がる前2輪の3輪バイク、それがLMW
ヤマハは、トリシティ、NIKEN(ナイケン)という、前2輪/後ろ1輪のユニークな3輪バイクをラインアップしています。後ろが2輪で傾かないタイプの3輪バイクは、配達用のスクーターやトライクと呼ばれるものが以前からありますが、ヤマハのトリシティ、NIKENはそれらとは異なり、カーブでは前後輪とも傾けて曲がる乗り物です。
ヤマハでは、こういった3輪バイクをリーニング・マルチ・ホイール(LMW:Leaning Multi Wheel)と呼んでいます。『リーン』というのが傾くという意味ですね。日本のメーカーで、このタイプの3輪バイクを出しているのはヤマハだけです。
今回は、そんなLMWが主役です。まだ乗ったことがない方も多いと思われる、このLMWとはどんなバイクなのでしょうか? まずはそのあたりを、今回のトリシティ155の開発者に聞いてみました。
「例えば、ツーリングなり山道を走って、雨が降ってきて路面が滑りやすくなっている。落ち葉が路面に張り付いている下りのヘアピンを曲がらなければいけないっていうところで、なにが一番怖いかっていったら、やっぱり前輪が滑ることが怖いですよね。
その一番怖いところを補完してくれる技術なんです。
前に2輪あることによって、片輪が滑っても片輪がしっかりとグリップしますから。そのような滑りづらいという安心感があれば、どんどんライダーがリラックスしてスロットルを開けていけますし、ブレーキの操作もできます。そういうところを目指した技術です」と、プロジェクトリーダーで設計担当の平川さんは言います。
実験担当の高居さんは、「以前、最初にトリシティに乗ったときに感じたのは、見た目に反して、意外と普通に乗れるなっていうことでした。前が2輪あるから重いんだろうなっていう見た目の先入観から、いざ乗ってみるとぜんぜん普通に乗れて、見た目以上に敷居は低いというのが第一印象でした。かつ平川が言ったように、とにかくフロントの安心感というところが大きいんです。
濡れた路面とかマンホール踏んだとかでタイヤが滑った時に限らず、通常のバイクに乗っているときって、意識しないレベルの路面の細かな凹凸とかで微妙にふらついたりして、意識していなくてもどうしても少し気を張ってしまうものだと思います。けど、そこのところが3輪のトリシティだと、とにかく走行中の不安な挙動が少なくて、余計な気を遣わずに走行できます。このふたつの利点がトリシティをはじめとした、LMWの特徴かなと思います」とのこと。
個性的な見た目とは異なり、乗り味はかなり普通の2輪のバイクに近い感覚。それでいてフロントの安心感は格段に上、という乗り物なのです。
●進化した独自のアッカーマン・ジオメトリを採用
そして、そのLMWのモデルのひとつ、トリシティ125/155がこの2023年春にモデルチェンジを受けました。このモデルチェンジ、主要な目的は平成32年排ガス規制に対応した新しいBLUE COREエンジン(2輪スクーターのNMAXと共通)を搭載することでした。
あわせて、ホイールベースが6cm伸びましたが、これもエンジンが変わったことによるものでした。ただ、車両の開発陣がやりたいことはそれだけではありませんでした。
「LMWアッカーマン・ジオメトリっていうのを、今回トリシティ125/155としては初めて採用しています。
LMWとしては、初代トリシティ(125cc)、2代目トリシティ(125ccと155cc)の後、NIKENっていうのが出るんですけど、NIKENの開発の中で、安心だけど普通に乗れるっていうのを実現するためには、何か工夫がもうちょっとあるんじゃないかとずっと考えてまして、ずっと考えを重ねて、NIKENで初めて発明した機構です。
これをどうしてもトリシティ125/155に入れてあげたいという思いがあって、3代目の開発が始まった当初から、そこはもう決定事項として、ずっとやっていました。
安心して乗れるっていうのは最初から分かっていたけれども、もっと軽快に普通の感覚で乗れるというのを、どうしてもこの3代目で出したかったんですよね」と平川さんは言います。
『アッカーマン』という機構は、クルマのメカにかなり詳しい方ならばご存じでしょうが、普通の人には一生知らなくても問題ない知識です。車両は曲がるときには内輪差が発生します。前輪の二輪は同じ角度でカーブを曲がると、内輪の方が外輪より小回りするわけです。なので、外側のタイヤよりも内側のタイヤのほうが多く切れるようになっている機構です。このアッカーマン機構は、トリシティ300にも搭載されています。
ところが、LMWの場合、クルマとまったく同じではちょっと不都合な面があったのです。その理由は、“操舵輪が傾く”からです。
ヤマハのLMWでは、パラレログラムリンクと呼ばれる機構で、フロント左右輪のフォークを上下2本のリンクでつなげて、そのリンクとフロントフォークが平行四辺形を描きながら変形することでリーンに対応します。
ところが、LMWではタイロッド前引きの構造を採用しているので、クルマと同様のアッカーマン機構だと、左右輪を操舵するタイロッドはパラレログラムリンクより長くなります。そのせいで、リーンして曲がる際には平行四辺形の傾きと揃わなくなってしまうために、タイヤの向きが本来向かせたい方向からズレてしまうのです。これが、先代までのトリシティ125/155でした。
とはいえ、前2輪のメリットはあまりにも大きかったので、その時点では、その欠点はあまり問題になりませんでした。
しかし、そのあとに発売されたNIKENは、トリシティとは異なってスポーツバイクとして企画されたものでした。そうなると、より高い車速域で使われることになり、バンク角も深くなっていきます。
すると、その舵角のズレが問題になってきたのでした。
そこで、NIKENの開発エンジニアが来る日も来る日も考えてひらめいたのが、ナックルエンドとタイロッドエンドの間にオフセットジョイントを設けることだったそうです。
そうやって、操舵軸をリーン軸とオフセットさせて設定することで、アッカーマン機構を設けてもタイロッドをパラレログラムリンクと同じ長さに揃えることができるようになり、リーンしたときにも理想的な舵角がつくようなジオメトリを実現したのです。
これをヤマハでは「LMWアッカーマン・ジオメトリ」と呼んでいます。これはNIKENと、その後発売されたトリシティ300にすでに採用されていますが、新たにトリシティ125/155にも採用しようと思ったわけです。
●コスト面から不採用の危機が!?
とはいえ、トリシティ125/155のモデルチェンジの主な目的は、排ガス規制対応エンジンの採用でした。
そこでちょっとした問題が発生しました。高居さんによると、「開発スタート時はすでにLMWアッカーマン機構を採用したプロトタイプが製作されていたんです。エンジンが変わってホイールベースが伸びたりとか、いろんな変更があったんですが、そこに対してもすごくマッチしていた印象だったんです。
けど、我々乗り味以外の評価の部分、具体的にはコスト都合だったりで、アッカーマンは元の仕様に戻せないか、という話が出てきたんです」。
そう、コスト面の制約からLMWアッカーマン・ジオメトリに不採用の危機が訪れたのです。
「我々も採算性を向上させる必要があるので、コストの管理もしなければいけないわけです。だから、採算性だけで判断しないように、 LMWアッカーマンではない仕様の試作車を作ってみたんです。
でも、それで『どうですか?』って乗ってもらうと、やっぱりもう先にいいのを知っているので、『うん、これは駄目だ』っていうことになっちゃう」(平川さん)
「そういう経緯があったんですけど、やっぱり『これだけは外せん』ということで、最終的にはなんとか当初目指したLMWアッカーマン・ジオメトリの仕様で落ち着きましたが、仕様選定にはこのような紆余曲折がいくつもありました」(高居さん)
一方、設計の平川さん、実験の高居さんとはまったく違う立場にいる商品企画担当の小谷野さんは、こう思っているそうです。
「商品企画的にいうと、今回このモデルはあくまでも排ガス規制対応がメインでした。とはいえ、それだけで終わらず商品性をアップしていきましょうね!っていうのは、合意事項で進めてたんですね。
結果的に、見た目は全然変わってないじゃんってなるんですけど。中身はほぼフルモデルチェンジっていってもいいくらいです。フレームの剛性も上がってますし、ホイールベースも伸びてますし、すごく熟成してあります。
今回、LMWアッカーマン機構を入れましたけど、こちらから基本的には『良くしてください。でもお財布はこれだけですよ』っていうオーダーだけです。その手法については開発の方々が喧々諤々でやって、その中で最適なバランスを見つけてくれて、やっていただいたっていう風に感じてます」(小谷野さん)
●いいものだったら、なんとかして採り入れたいのがヤマハらしさ!?
新型トリシティ125/155は、排ガス規制対応エンジンになっただけでなく、ホイールベースが伸びたことで安定性も向上し、さらにキーレスエントリーが採用され、スマホアプリと連携するようになり、足もとのスペースも広がって利便性が向上したりしています。
といっても、やっぱりいちばんヤマハらしいのは、このLMWアッカーマン・ジオメトリの採用でしょう。
平川さんは「LMWアッカーマンを1回やめようかってなったけど、『これじゃ駄目だ』っていって全体のバランスを全て見直して、やっぱり元に戻ったっていうのは、普通、他ではそういう風にいかないんじゃないかなって気もしますね。『冷静に考えなさいよ』って言われてしかるべきだとも思うんで。
ただ、そういう方針を私も上位の者に『これでコストがこのぐらい上がります』って報告したんですけれども、『それが全体の目標に入ってるならいいですよ』と。そういう判断をしてくれるっていうのは、いかにもハンドリングを重視するヤマハらしいのかなって思います。そこはずっと大事にしている部分なのかなと思いますね」と話します。
高居さんは「我々車両実験部には、実際に乗って評価するライダーがいて、そのフィードバックはとても重要視されます。コストはもちろんですが、乗ってみて良いと感じられるかを開発内ではすごく気にしていて、今回のアッカーマンの話も、『この機構を採用しないとハンドリングが悪くなる』と率直に打ち上げ、最終的に採用の判断をしました。これはトリシティ125/155での一例ですが、とにかく人が乗ってどう感じるかを、すごく大事にする会社だと感じることは多いですね」。
そして小谷野さんは、「商品企画からいうと、当初のインプットは排ガス規制対応ですよと言ってるのに、『ハンドリングがよくならなければいけない』ってLMWアッカーマンを搭載して出してくるところが、やっぱりヤマハらしいというか。私のほうは、本来は締め付ける側なんですよね。でも、開発の人たちは商品を絶対良くしようって、一度LMWアッカーマンやめたほうがいいっていわれても、やっぱりアッカーマンあったほうがいいんだから、自分たちで頑張って何とか全部を悪い方向にならないようにまとめて『やらせてください』って言ってくる。そういう妥協しないところが、やっぱりヤマハのいいところ、ヤマハらしいところだな、と思ってます」と言います。
●新型トリシティ125/155は安定性と軽快感を両立した、史上最もLMWらしいトリシティ
せっかくなので、そうやってできあがった新型トリシティ125/155の感想を、開発者の方々にも聞いてみましょう。
設計でプロジェクトリーダーの平川さんは、「私の思いとしては、今やりたいことは全部入れ込めたかな、そういう機種になったかな、と思います。思いついてるのに入れることができなくて、それで『ちょっと乗り味が変なんだよね』というような記事を見たりするのは、非常に歯がゆいものがあるんですけど、そういうことはなくて、やることはやりきったぞ、という思いがあります。安定感もずっと持ち合わせながら軽快さもあって、LMWアッカーマンの恩恵もあって、そういうところを織り交ぜてバランスよくできたかな、と思いますね」とのこと。
3代目のトリシティになるんですけど、一番安定性というか、LMWらしい感が出たモデルになったかなと思います。ホイールベースが伸びた都合で、フレーム強度剛性なんかもけっこう作り込みをしていて、その結果によって、トリシティ125/155史上、最も安定感のある、ゆったりとした落ち着いた仕上がりになってるというのがウリになりますね。あとはLMWアッカーマンに関連して、走行時以外にエンジンをかけずに押して歩く時も、従来よりもスムーズにタイヤが転がるようになっているので、そういう細かいポイントも触っていただいたお客様に気づいてもらえると嬉しいですね」と言います。
そして商品企画の小谷野さんは、「実は私もトリシティ300を持っているんですけど、子どもとかバイクに乗ってない人にも非常に受けがいいんですね。駐車場でけっこう話しかけられたりするんです。世界を広げたい人は、本当に簡単に安心して乗れる乗り物だということと、コミュニケーションを取れるツールでもあるので、本当に新しい生活が待ってるので、ぜひ試してもらいたいと思ってます」と話してくれました。
LMW自体が、先進的で、理想主義的で、技術的にもユニークで、非常にヤマハらしいジャンルの乗り物ですが、LMWアッカーマン・ジオメトリを採用したこの新型トリシティ125/155には、そういった新時代のコミューターの性能や価値が凝縮されている感じがします。
LMWはまだまだ可能性が広がっているジャンルで、今後も意欲的な新製品が計画されているようです。楽しみですね!
(文:まめ蔵/写真:水川 尚由、ヤマハ発動機)
【関連リンク】
ヤマハ トリシティ125
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