「フィアット」「ランチア」「アバルト」の稀少車200台超が集結するトリノのミュージアム「ヘリテイジ・ハブ」に注目【越湖信一の「エンスーの流儀」vol.020】

■ピニンファリーナやベルトーネ、ギア…名門カロッツェリアを多数輩出した街「トリノ」魅惑のミュージアム

クラシックカーの伝道師・越湖信一さんが今回訪れたのは、フィアットにとっての重要な拠点であるイタリア・トリノ。ピニンファリーナやベルトーネ、ギアといった名門カロッツェリアを多数輩出した街としても知られるかの地には、越湖さんが激オシする「今クルマ好きが訪れるべきスポット」があるそうで…。


●イタリア自動車産業の中心だったトリノ

1950年代のミラフィオーリ工場。その巨大さがよくわかる
1950年代のミラフィオーリ工場。その巨大さがよくわかる

スーパーカーのモーターヴァレー・モデナから移動する先はトリノ。そう、フィアットのお膝元であり、イタリアの自動車産業の中心地…でもあった、いわば聖地です。

ご存知のようにフィアットもFCAの名を経て、現在はステランティスへと会社名も変わっています。すでにフィアット・ブランド各モデルの生産はポーランドがメインとなり、生産拠点としてトリノの存在は大きなものではなくなっています。

一方で、トリノの主力拠点であったミラフィオーリ工場は、現在グループ内のマセラティの生産拠点となっていますし、フィアット500eの製造も同工場にて行われています。そう、戦略としてプレミアムブランドやBEVなどはMade in Italyをアピールするため、トリノ工場は新たな局面を迎えています。

さらに混乱することに、FCA時代には本社登記をオランダに移しており、それを現在のステランティスも引き継いでいます(これは税制上の判断)。そう考えると、トリノの本社機能は、いったい彼らの本拠地と言えるのかどうか……解りにくいにも程がある (笑)。

トリノにおける全体的な経済情勢は、このステランティスの例が象徴するように、かなり厳しいものがあります。経済的求心力の減少から、自動車関連産業をはじめ、多くの企業の本社機能がミラノ、そしてEU内他国へと移転するという寂しい状況となっているのです。

●モデナ〜トリノ間の「旅」が生んだ傑作スーパーカー

ピニンファリーナ本社のショールームに並ぶ名車達
ピニンファリーナ本社のショールームに並ぶ名車達

少し前置きは長くなりましたが、私はそのトリノへとやって来ました。こういった寂しい現在の状況はあるものの、筆者にとってトリノはモデナと共に別格の存在意義があります。そう、何よりイタリアン・カーデザインを象徴するカロッツェリアの本拠なのです。

モデナのフェラーリ、マセラティといったスーパーカー・ブランドは、コンペティション・マシンのボディこそ地元で作ったものの、ロードカーに関してはここトリノ(ミラノにも存在するが)のカロッツェリアへと委託していました。

マセラティA6 1500のプロトタイプもピニンファリーナの提案
マセラティA6 1500のプロトタイプもピニンファリーナの提案

“スタイリスト”と称されたデザイナーがボディをデザインし、メーカーに対して未来を見据えたイノベーティブな提案をしました。そんな時代を先取りした各カロッツェリアの提案を、年に一回発表したのがトリノモーターショーでした。もう消滅してしまったイベントですが、自動車の夢が溢れていた素敵な空間でした。

その提案がメーカーから承認されると、カロッツェリアは彼らのアッセンブリーラインから送り込まれた半完成のシャシーにボディを懸架し、内装を仕上げて送り返したのです。優雅で革新的なスーパーカーは、モデナとトリノ間を旅することで完成したのです。

●“81番工場”をリノベした巨大ミュージアム

ヘリテイジ・ハブは広大なファシリティだから、時間には余裕を持って訪れたい
ヘリテイジ・ハブは広大なファシリティだから、時間には余裕を持って訪れたい

トリノにはピニンファリーナやベルトーネ、ギア、ヴィニヤーレなど多くのカロッツェリアが存在しました。

そもそもカロッツェリアは馬車のコーチ(客車)を作ったり、航空機のボディを作ったりする製造部門がそのルーツにありました。ですから、そこで作られるのは富裕層向けのラグジュアリーカーや、最新の軽量化技術、空力理論をベースとしたユニークなスタイリングのスポーツカーがメインとなりました。

その一方、イタリアを象徴する大メーカーであるフィアットでは、早くから大量生産体制が確立されました。廉価な大衆車を多数生み出したフィアットとカロッツェリアのビジネスはまさに対照的ですね。

特に歴代のランチアやコンセプトモデルの展示は貴重
特に歴代のランチアやコンセプトモデルの展示は貴重

ちなみに、フィアットの本拠としては、ミラフィオーリ工場とリンゴット工場という巨大な施設がトリノに存在しました。前述のように、ミラフィオーリ工場は現在もグループ各車の生産拠点として使用される他、ステランティスのデザインセンターも置かれています。この中で、フィアットやマセラティ、アルファロメオなど、たくさんのクルマのデザインが現在行われています。

このミラフィオーリ工場で、私たちエンスーが注目すべきは「ヘリテイジ・ハブ」です。かつての生産拠点として使用されていた81番工場をリノベーションした「ヘリテイジ・ハブ」、フィアット、ランチア、アバルトのクラシックモデルや、希少なコンセプトモデルを展示するミュージアムが作られたのです。

ヘリテイジ・ハブの仕掛け人であるロベルト・ジョリートら、フィアットの友人達
ヘリテイジ・ハブの仕掛け人であるロベルト・ジョリートら、フィアットの友人達

15000平方メートルという巨大なスペースには、8つのテーマに分けられた200台以上のクルマたちが並びます。マセラティとアルファロメオ(アレーゼのミュージアムがすでに存在します)を除く、グループ内イタリアブランドの希少車が並ぶ姿は圧巻です。このヘリテイジ・ハブでは、スペアパーツの販売やレストレーションの受託、さらには車両の販売までを行っていますから、ますます興味深いですね。

これまで一般には公開していなかったこの素晴らしい拠点が、2022年後半から自由に訪問できるようになりました。ヘリテイジ・ハブのガイドツアーに関心があるという方は、トリノ国立自動車博物館のWebサイトより予約ができますから(※注)、トリノ訪問の際はぜひ訪れたいところです。

1922年に当時ヨーロッパ最大規模の自動車工場として完成したリンゴット工場
1922年に当時ヨーロッパ最大規模の自動車工場として完成したリンゴット工場

もうひとつのリンゴット工場はすでに自動車工場としての使命は終え、レンゾ・ピアノのレストレーション案によって、1980年代に複合商業施設へと変貌を遂げました。そもそもリンゴットは、1階から5階に至るまで、巨大な建物全体にらせん状のスロープが設けられ、それが車両のアッセンブリーラインの一部となっていました。ここで、あのチンクェチェントなどの名車たちが作られたというのは感慨深いですね。

地上5階建てのリンゴット工場は、1フロアで工程を終えるごとに上の階へと車両を移動させ、最後に総延長1kmの屋上テストコースで試走を行うというユニークなコンセプトを採用していた
5階建てのリンゴット工場では、1フロアで工程を終えるごとに上の階へと車両を移動させ、最後に屋上テストコースで試走を行っていた

そして、建物の屋上にあるバンクの付いた1kmほどの長さのオーバルコースが、テストトラックとして使われました。ちなみに、映画『ミニミニ大作戦(The Italian Job)』にもこのトラックが登場しています。

その歴史的な工場は、ショッピングセンターや映画館、コンベンションセンターなどへと形を変え、現在ではトリノ、フィアット黄金時代を象徴する観光拠点となっています。

さらに2022年、屋上部分が大きくリニューアルされ、私たちエンスーにとって、ますます興味深いファシリティとなりました。そんなことも続いてお伝えしましょう。

※ミラフィオーリ工場内「ヘリテイジ・ハブ」のガイドツアー申込ページは、トリノ国立自動車博物館の公式サイト内にありますが、「ヘリテイジ・ハブ」とトリノ国立自動車博物館は別施設です(クルマで10分強ほどの距離)。

(文:越湖 信一/写真:越湖 信一、Stellantis)

【関連リンク】

トリノ国立自動車博物館サイト内「ヘリテイジ・ハブ」ガイドツアー予約ページ(英・伊)
https://museoauto.vivaticket.it/en/event/heritage-hub/186516?idt=3314

【関連記事】

  • イタリアのエンスー流「オフ会」の過ごし方。あの名デザイナーも飛び入り参加!?【越湖信一の「エンスーの流儀」vol.019】
    https://clicccar.com/2023/04/08/1273527/
  • フェラーリとマセラティの故郷、モデナってどんな街?因縁のライバルを育んだ聖地へ【越湖信一の「エンスーの流儀」vol.18】
    https://clicccar.com/2023/03/25/1270074/
  • ダイハツ社長が送った灯籠がモデナ最古のホテル、デ・トマソの足跡を残す宿にあるワケは?【越湖信一の「エンスーの流儀」vol.17】
    https://clicccar.com/2023/03/18/1268328/
  • アメ車のクラシックカーがインドで愛される「特殊な事情」って?【越湖信一の「エンスーの流儀」vol.016】
    https://clicccar.com/2023/02/18/1261061/
  • クラクションを鳴らし合う理由とは?インドのクルマ事情「小型セダン人気に翳りがみえた」【越湖信一の「エンスーの流儀」vol.015】
    https://clicccar.com/2023/02/11/1259595/
  • 大富豪の「マハラジャカー」とは? インドは今、クラシックカーが熱い【越湖信一の「エンスーの流儀」vol.014】
    https://clicccar.com/2023/02/03/1257670/

この記事の著者

越湖 信一 近影

越湖 信一

イタリアのモデナ、トリノにおいて幅広い人脈を持つカー・ヒストリアン。マセラティ・クラブ・オブ・ジャパン代表。ビジネスコンサルタントおよびジャーナリスト活動の母体としてEKKO PROJECTを主宰。
クラシックカー鑑定のオーソリティであるイタリアヒストリカセクレタ社の日本窓口も務める。著書に『フェラーリ・ランボルギーニ・マセラティ 伝説を生み出すブランディング』などがある。
続きを見る
閉じる