フェラーリとマセラティの故郷、モデナってどんな街?因縁のライバルを育んだ聖地へ【越湖信一の「エンスーの流儀」vol.18】

■フェラーリとマセラティの聖地を辿る

カーヒストリアン・越湖信一さんが年明けに敢行した「インド〜イタリア“エンスー道”周遊」シリーズの第5弾が到着! 熱気あふれるインドを発った越湖さんは、彼にとっての第二の故郷ともいえるイタリア・モデナへ。フェラーリとマセラティという二巨頭と深すぎる関わりをもつ、エンスー垂涎の地を辿ります。


●モデナの街が1957年にタイムスリップ!

ムゼオ・エンツォ・フェラーリ
ムゼオ・エンツォ・フェラーリ

私がモデナに足繁く通うのは、そこにイタリアン・スポーツカーのヘリテージがあるから。そう、前記事でお伝えしたデ・トマソのPHIホテルカナルグランデもそのひとつですね。

ハイパフォーマンスカーの雄であるフェラーリはマラネッロ(モデナ県に属す)に本社工場を構えていますが、第二次世界大戦前にその前身となるAuto Avio Costruzioniを創立したのはモデナ中心部であり、エンツォ・フェラーリの住まいからほどない距離の場所だったのです。今も登記上の住所はここ“Via Emilia Est1163 Modena”となっています。

一方でマセラティは、モデナをベースとするオルシ家の傘下となった1937年前後に、その本拠をボローニャからモデナへと移しました。Viale ciro menottiというモデナのメインストリートの両端にフェラーリとマセラティは位置することとなり、レーストラックにおける因縁のライバルとなったのです。

ロケの為に設置された1957年のアドボード
ロケの為に設置された1957年のアドボード

2022年の秋には、3ヶ月間ほどモデナの街が1957年にタイムスリップしていました。マイケル・マン監督の長編映画『Enzo Ferrari – The Man and the Machine』のロケが街中で行われていたのです。

エンツォの住まいに面していたメインのガリバルディ広場には、当時のバス時刻表や広告などが掲示され、撮影の為に製作されたレプリカモデルが、目抜き通りを爆走していました。しかし、建物の外観を維持する為の厳しい規制があるイタリア。どぎつい色彩の外壁はもちろん、広告なども存在しませんから、60年前の街並みを撮影するのは決して難しくないのです。

ちなみにこの映画の脚本は、私の親友であるルカ・ダルモンテの伝記に基づいて誕生したもので、きわめてリアリティの高いものになりそうです。

●エンツォが愛した食事処で当時のメニューに舌鼓

エンツォ御用達の床屋
エンツォ御用達の床屋

そんなフェラーリとマセラティのモデナに残された足跡を、今回も私はあたりまえのように辿っています。

メカニカル部分も公開された408 4RM
メカニカル部分も公開された408 4RM

モデナ一美味しいと言われるジェラートショップの近くにはエンツォが毎日通った床屋があるし、エンツォの生家をベースとして誕生した「ムゼオ・エンツォ・フェラーリ(モデナ)」は中心部からも徒歩圏内です。現在は“ゲーム・チェンジャーズ”という企画展が行われており、これは必見です。エンツォ御大も故マウロ・フォルギエーリ技師から報告を受け、完成を熱望していたというV8 ミッドマウントエンジンAWDモデル「408 4RM」の内部構造も見ることができます。

オステリア・ラ・ピオーラ。名物オーナーの仕切る食堂はいつも満員
オステリア・ラ・ピオーラ。名物オーナーの仕切る食堂はいつも満員

そしてアウトストラーダ モデナ・ノルドインターチェンジの近くにある「Osteria La Piola(オステリア・ラ・ピオーラ)」もお薦めの食事処です。エンツォが足繁く通ったといわれるここのメニューは当時から変わっていないはず。オリジナルのランブルスコ(微発泡赤ワイン)と共にお楽しみください。

●マセラティ・ミュージアムを訪れるなら「今」

マセラティ本社工場ショールーム
マセラティ本社工場ショールーム

マセラティの本社工場はモデナ中心部から徒歩圏内にあり、現代の自動車工場としてはきわめてレアな立地です。今回も私は、こちらで何回となく打ち合わせをおこないました。メインエントランスから入るショールームは誰でも訪問できますから、ムゼオ・エンツォ・フェラーリ(徒歩数分)と共に、訪れて頂きたいですね。予約制ですが、アッセンブリーラインを含む90分のファクトリーツアーも体験できます。枠数はそれほど多くないので、ウェブサイトから早めに申し込むとよいです。

マセラティミュージアムに並ぶレアな名車達
マセラティミュージアムに並ぶレアな名車達

マセラティに関してモデナで忘れてはならないのが、Collezione Umberto Paniniこと、通称マセラティ・ミュージアム。Autodromo di Modena(現在営業中の新サーキット)方向へ、少し郊外へと向かった所に位置します。パルミジャーノ・レッジャーノ(当地特産のハードチーズ)工場の広大な敷地の中に、かつてマセラティ本社で保管されていた珠玉のクラシック達が並んでいます。

最も美しいマセラティと賞されるA6GCS/53ベルリネッタ・ピニンファリーナ、そして420M/58 “エルドラド”などのワンオフモデルも並びます。実はこのミュージアム、2023年末までに移転することが決まっています。この田舎風のゆったりしたミュージアムを楽しみたい皆さんは、ぜひ早めに訪ねて頂きたいものです。

日本のイタリア肉製品輸入禁止を憂うアドルフォ
日本のイタリア肉製品輸入禁止を憂うアドルフォ

私は街中のアルビネッリ市場で、アドルフォ・オルシJrと現在日本では食べることのできないイタリア産プロシュートやモルタデッラをたらふく食べています。アドルフォは「日本人は最大の危機に直面しているな」と笑います。アドルフォとは誰? 彼はマセラティのオーナーであったオルシ家の末裔。そう、私は今とても濃いマセラティに“いる”のです。

そろそろイタリアは次の街へと移動したいと思います。モデナについて私に語らせるといつまでも終りませんからね。

(文・写真:越湖信一

【関連リンク】

・マセラティファクトリーツアー
https://www.maserati.com/jp/ja/brand/experiences/factory-tour

・Osteria La Piola オステリア・ラ・ピオーラ(イタリア語)
http://www.lapiola.eu/

・Collezione Umberto Panini コレッツィオーネ・ウンベルト・パニーニ(英語/イタリア語)
https://www.paninimotormuseum.it/index.php?lang=2

・アルビネッリ市場(英語/イタリア語)
https://www.mercatoalbinelli.it/

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この記事の著者

越湖 信一 近影

越湖 信一

イタリアのモデナ、トリノにおいて幅広い人脈を持つカー・ヒストリアン。マセラティ・クラブ・オブ・ジャパン代表。ビジネスコンサルタントおよびジャーナリスト活動の母体としてEKKO PROJECTを主宰。
クラシックカー鑑定のオーソリティであるイタリアヒストリカセクレタ社の日本窓口も務める。著書に『フェラーリ・ランボルギーニ・マセラティ 伝説を生み出すブランディング』などがある。
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