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■奇抜な個性ではなくピュアな美しさを目指したデザイン
「カッコよすぎる」「イタリア車みたい」など、スタイリングについて絶賛が寄せられているトヨタ新型「プリウス」。チーフデザイナーを担当されたトヨタ自動車の藤原氏に、「一目惚れするデザイン」の意図について話を聞いてみました。
●歴代プリウスのヘイテイジを進化させる
── はじめにデザイン体制についてお聞きします。2018年に現在のサイモン・ハンフリード統括部長が就任しましたが、それによってデザイン部署に変化はありましたか?
「はい。トヨタでは、前任の福市部長の時代に導入したPCD(プロジェクトチーフデザイナー)制度が、サイモン部長の就任以降、より機能し始めたと言えます。年齢に関係なく、チーフデザイナーに仕事を任せてもらえる環境ですね」
── 「キーンルック」や「アンダープライオリティ」といった考え方はいまでも継続しているのですか?
「そうですね。トヨタでは、まずデザインフィロソフィとして『Vibrant Clarity(バイブラント クラリティ)』があり、『キーンルック』など顔の考え方はあくまでもVibrant Clarityを実現するための手法としています。これは、機能の進化、安全機能の充実、電動化など冷却条件の変化によって柔軟に変化させています」
── 新型を開発するにあたって、先代のデザインをどのように評価、総括しましたか?
「3代目の頃までは『ハイブリッドといえばプリウス』という状況でしたから、万人にウケやすいデザインが求められていました。ところが、先代の開発時は、他社も含めてハイブリッド車が当たり前になった。
そこで、TNGAによる走りや燃費性能など、すべての面で最高を求めたのですが、デザインも市場で埋没しない個性を目指していたところ、結果、攻め過ぎてしまった。ユーザーは幅広いのに、個性を追い過ぎてしまったワケですね」
── 新型は「一目惚れするデザイン」として「感性に響くデザイン」を目指しました。ただ、スタイリッシュといってもさまざまな方向がありますが、今回はなぜエモーショナルな造形を目指したのでしょう?
「今まで、プリウスは空力のCD値や燃費といった数値に支配されてデザインをしてきました。今回『愛車』として生まれ変わるには、単なるスタイリッシュさだけではなく、心が揺さぶられるデザインが必要と考えた訳です。そこで、新型の造形はキャラクターラインに頼らない、シンプルだけど豊かな表情を持った造形美を表現しました」
●エモーショナルでありつつ普遍性も感じるデザイン
── そのモノフォルムシルエットとして、ルーフのピークを後ろへ引いたのは何故ですか?
「実は、先代のデザイン作業を横目で見つつ仕事をしていたのですが(笑)、その頃からパッケージを変えたいと思っていたんです。やはり誰もがイイと思えるもの、好き嫌いのないスタイルとしたい。具体的には、ヒットした3代目のデザインが正常に進化したらどうなるか?を考えた結果ですね」
── ではフロントから各部についてお聞きします。ハンマーヘッドモチーフはいまやある種の流行ですが、その中でプリウスとしての個性をどう考えましたか?
「メインビームの高性能・小型化によって、フロントの表情作りに自由度が生まれてきました。ハンマーヘッドは、その特徴を生かしたデザインなんです。ただ、必要な機能サイズだけでデザインすると無表情な顔になってしまうので、新型ではDRL(デイタイムランニングランプ)により、ハンマーヘッドをより強調しています。今後、フロントはランプ自体ではなく、ボディの一部として表情を作っていくことになるかもしれませんね」
── フロントグリルは最近のトヨタ車としては非常に小さいのが特徴的ですね。
「新型はエモーショナルでありつつ、普遍的でもありたい。ですから、ボディカラーの面積を増やして造形のよさをしっかり出し、逆にグリルの黒い部分はできるだけ減らしたかった。車種ごとに求められる冷却性能や空力条件によっては、今後、大きなグリルは減っていくかもしれません」
●シンプルなボディにメリハリを付ける
── 次にサイドビューについて伺います。薄いキャビンが特徴的ですが、ボディの厚さとの比率をどう考えましたか?
「スポーティなプロポーションとは何かを考えたとき、ボディに対しキャビンはコンパクトで軽く見えること、タイヤが大きく足回りが強調されていることを考えました。実は、個人的に2000GTが好きなのですが、あのコンパクトでスポーティな雰囲気をイメージしたんです」
── サイドシルから蹴り上がったラインの狙いを教えてください。
「ボディがツルンとしていますのでメリハリを付けることと、リアから見たときのスポーティな踏ん張り感を狙っています。ボディの真ん中をエグりつつ、リアフェンダーを張り出しているのですが、それをキャラクターラインではなくカタマリで見せたかった。通常のロッカー部ではやらない造形にチャレンジした訳です」
── リアエンドはランプの周囲を強いエッジで囲んでいますが、これは空力を意識したものですか?
「そうですね。新型は丸味のある大きな面で構成しているので、通常ならリアも同様にするところですが、空力を考えると強いカットラインが必要になります。また、リアビューでのタイヤの踏ん張りを感じる台形も意識しています」
●パッケージも含めたデザインの重要性
── インテリアでは「アイランドアーキテクチャ」というコンセプトを掲げていますが、その内容を教えてください
「室内の圧迫感を減らすことと、快適な操作を実現するレイアウトを狙った考え方ですね。まず、ラウンドした大きなバスタブのような空間を作り、そこにフローティングしたインパネを載せて広がり感を出す。その上で、ディスプレイなど見るモノは遠くに、シフトレバーなど操作するモノを近くに置くレイアウトです。
また、アイランドアーキテクチャは機能ごとに部品を分けて構成しているので、色や素材を変えたグレード展開がしやすいんです。これはbZ4Xから始まり、新型クラウンクロスオーバーでも採用されています」
── ボディカラーは「スポーティ」「洗練さ」がコンセプトですが、新色2色はどんな意図がありましたか?
「スポーティなクルマですから、メタリックよりもソリッド系でシルエットをしっかり見せたい。ただ、単に流行のくすみ系の色などではなく、洗練さを意図して「アッシュ」「マスタード」ともメタルを混ぜました。たとえば「アッシュ」はグレーですが、実はゴールド系のメタルを入れていて、近くで見ると高い質感を感じることができます」
── それでは最後に。今回は非常に大胆なデザインが好評ですが、この新型のデザインが今後のトヨタデザインに与える影響はあると考えていますか?
「デザイナーはアーティストではないので、自分のセンスだけを押し付けるのではなく、ターゲットとしているユーザー像をイメージして、全体と細部を商品としてまとめ上げる力が求められます。今回はデザイナーがパッケージから取り組み、理想のデザインを作り上げることができました。トヨタでもここまでできるのか?というレベルに到達できたのだと思います。そうした意味では今後の指針になるかもしれません」
── あらためてパッケージの重要性を証明したわけですね。本日はありがとうございました。
【語る人】
トヨタ自動車株式会社 デザイン部 プロジェクトチーフデザイナー 藤原裕司
(開発時。現在は株式会社テクノアートリサーチ制作部 クリエイティブディレクター)
(インタビュー:すぎもと たかよし)