「貨物新幹線」実現か?2030年には判断される本州と北海道を結ぶ物流の課題

■JR貨物がJR東日本・JR北海道への働きかけ始動

●東北・北海道新幹線での運行を検討

2月4日付けの日本経済新聞によると、JR貨物は貨物新幹線の導入について2030年を目処に判断する方針だと報じています。貨物新幹線は東北・北海道新幹線での運行を検討しているそうです。

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本州と北海道を結んでいる貨物列車

JR貨物は2030年度の開業を目指している北海道新幹線新函館北斗〜札幌間の開業までに課題の洗い出しをするとともに、JR東日本・JR北海道に線路使用料の交渉を行うと同時に車両開発の協力を求めていくそうです。

東北・北海道新幹線で貨物新幹線の運行を検討する背景には青函トンネル前後の共用区間の問題と、函館〜長万部間の並行在来線問題が考えられます。

青函トンネルを含めた82.1kmは北海道新幹線と在来線の海峡線が線路を共用している区間となっていて、新幹線と在来線の貨物列車・臨時列車が走っています。

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青函トンネル前後にある共用区間を走る北海道新幹線
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青函トンネル前後にある共用区間を走る海峡線の貨物列車

この区間で高速運転中の新幹線と貨物列車がすれ違った際に、圧力変動で貨物列車のコンテナに影響を与えないように、現在新幹線の最高速度を青函トンネル内で160km/h、それ以外の区間で140km/hに制限しています。貨物列車の運転本数が少ない特定期間の特定時間に限って最高速度を210km/hに引き上げていますが、本来の最高速度である260km/h運転はまだ行っていません。

しかし、この区間の貨物列車を貨物新幹線にすれば、新幹線は恒常的に260km/h運転が可能となります。

JR北海道はかつて在来線の貨物列車をまるごと積載する車両と専用機関車を使用して青函トンネル前後の区間を最高速度200km/hで運転する「トレイン・オン・トレイン」を研究。試作車を製造して苗穂工場内で検証を行いました。しかし貨車積載用の広大なヤードや特殊設備が必要となるなど課題が多く、実現していません。

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苗穂工場内で検証した「トレイン・オン・トレイン」の試作車

並行在来線問題は、北海道新幹線新函館北斗〜札幌間で並行している函館本線函館〜札幌間の経営についての問題です。JR北海道は函館〜小樽間の経営を分離することとしていますが、このうち長万部〜小樽間については廃止されることで合意しています。なお、この区間には貨物列車は走っていません。

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廃止が議論されている新函館北斗〜長万部間を走る貨物列車

函館〜長万部間については、北海道新幹線のアクセス線である函館〜新函館北斗間を第三セクターに転換し、新函館北斗〜長万部間は廃止する方向で議論中です。しかし、新函館北斗〜長万部間には貨物列車も走っていて、本州と道内各地の物流を担っています。この区間の貨物列車が廃止されると道内の地域経済に大きな影響を与えると思われます。

解決策のひとつは新函館北斗〜長万部間を貨物専用線として存続させることですが、JR貨物は自社による路線の維持は困難という見解を示しています。そこで浮上しているのが貨物新幹線ということなのでしょう。

●貨物新幹線の車両面の課題は?

貨物新幹線を運行する上での課題はたくさんあります。

車両面では新幹線の旅客列車の運行を妨げない性能が必要です。現在、東北・北海道新幹線の最高速度は大宮〜宇都宮間が275km/h、宇都宮〜盛岡間が320km/h、盛岡〜新函館北斗間が260km/h(在来線共用区間を除く)となっています。

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東北新幹線宇都宮〜盛岡間で最高速度320km/h運転をしているE5系「はやぶさ」

東北新幹線では最高速度320km/hで走る列車の邪魔にならないように、足が遅い列車の最高速度を240km/hから275km/hに引き上げ、今後300km/hとする計画です。さらに東北新幹線宇都宮〜盛岡間の最高速度を360km/hに引き上げることを検討しているほか、東北新幹線盛岡〜新青森間および北海道新幹線新函館北斗〜札幌間で320km/h運転をする計画もあります。

このような状況なので、貨物新幹線もかなり速い速度で走行する必要がありそうです。

そんな新幹線の最高速度と密接な関係にあるのが軸重です。

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E5系は最大軸重11.75t、平均軸重約11.34tで、最高速度320km/h運転をします
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E1系は最大軸重15.5t、平均軸重14.42tで最高速度240km/hです

軸重は車輪1軸が線路に与える重さ。たとえば車重40tの車両で車輪が4軸ある場合の軸重は10tとなり、軸重が重いと線路などへのダメージが大きくなります。また、スピードが速いほど線路への衝撃が強くなります。現在最高速度320km/h運転を行っているE5系の重さは最大47t、最大軸重は11.75tです。ちなみに一番重かった車両はE1系で、最大重量62tで最大軸重15.5t。最高速度は240km/hでした。

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在来線の電気機関車は重いので、新幹線用の動力車は軽量化が必須だと思われます

一方在来線のコンテナ車の積車時重量(貨物を満載した状態の重さ)は約50t。軸重は12.5tで、E1系よりは軽いですがE5系よりも重くなっています。また、牽引する機関車の軸重は16.8tなので、完全に重量オーバーです。貨物新幹線は軸重の軽い機関車を開発するか、動力が分散している電車タイプを開発する必要がありそうです。

●設備面の課題は?

貨物新幹線を運行するためにはコンテナの積み降ろしを行う貨物ターミナルの整備も必要となります。

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貨物新幹線が実現すれば札幌貨物ターミナルが到着地になると思われます

日経新聞によれば到着地は札幌とせざるを得ないとしている様です。札幌市内には東部に札幌貨物ターミナルがあり、ここまで新幹線の線路を延ばせば、貨物新幹線の積み降ろしや、在来線貨車への積み換えも可能となるでしょう。

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東京貨物ターミナルに貨物新幹線が乗り入れる可能性は極めて低そうです

一方本州側の出発地について、日経新聞の記事は言及していません。都心周辺でいちばん規模が大きな東京貨物ターミナルは東海道新幹線の大井車両基地に隣接していますが、東海道新幹線はJR東海の路線で東北新幹線とは線路が繋がっていません。ましてや東海道新幹線は超過密路線で貨物列車が入り込む余地はありません。

東北新幹線も東京〜仙台間は運転本数も多く、最高速度の問題もあるので、貨物新幹線を運転するためのハードルは高くなります。もしかすると盛岡貨物ターミナルでコンテナをリレーする方法も考えられるかもしれません。

いずれにしても、貨物新幹線を実現させるための課題はかなりの量になると思われます。果たしてどのようになるのか注視していきたいところです。

(ぬまっち)

この記事の著者

ぬまっち(松沼 猛) 近影

ぬまっち(松沼 猛)

1968年生まれ1993~2013年まで三栄書房に在籍し、自動車誌、二輪誌、モータースポーツ誌、鉄道誌に関わる。2013年に独立。現在は編集プロダクション、ATCの代表取締役。子ども向け鉄道誌鉄おも!の編集長を務める傍ら、自動車誌、バイク誌、鉄道誌、WEB媒体に寄稿している。
過去に編集長を務めた雑誌はレーシングオン、WRCプラス、No.1カーガイド、鉄道のテクノロジー、レイル・マガジン。4駆ターボをこよなく愛し、ランエボII、ランエボVを乗り継いで、現在はBL5レガシィB4 GTスペックB(走行18万km!)で各地に出没しています。
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