目次
■フォルクスワーゲン電動車の歴史
タイプII時代から行っていた電動車の研究
フォルクスワーゲンID.4はフォルクスワーゲン初のEV専用モデルです。
フォルクスワーゲンもこの専用モデルを作る前には、既存のクルマにEV用ユニットを搭載する、いわゆるコンバートEV方式でEVのテストを重ねてきています。
資料をひもとくと、1972年にはフォルクスワーゲン・タイプII、いわゆるワーゲンバスに鉛蓄電池を搭載したモデルを製作し、約120台が販売されたことが確認できます。
エレクトロバス、もしくはエレクトロトランスポーターと呼ばれたこのモデルの航続距離は、わずか25マイル(約40km)、最高速度は43マイル/時(約69km/h)であったとのこと。
1976年には、27馬力モーターに4速MTを組み合わせたモデルを発表。1981年にはドイツの電力会社と協力し「ゴルフI シティストロマー 」を発表。1985年には「ゴルフII シティストロマー」を登場させます。
「ゴルフII シティストロマー 」は、バッテリーの電解質をゲル状とした革新的モデルでした。
1988年にはジェッタにナトリウム硫黄電池を搭載したモデル「ジェッタ シティストロマー」を開発します。
ナトリウム硫黄電池を使うことでバッテリーの重量を半分に低減、75マイル(約120km)の航続距離と65マイル/時(約105km/h)の最高速を記録しましたが、ナトリウム硫黄電池は充放電時の内部温度が300度を超えるため、EV用としては適さないと判断され、広がりを見せることはありませんでした。
2011年、フォルクスワーゲンは新しい方向に舵を切ります。リチウムイオン電池の採用です。
この年のフランクフルトモーターショーに、リチウムイオン電池を搭載したコンセプトカーNILSを出品。NILSは5.3kWh のバッテリーパックで約40マイル(約64km)を走行、約11秒で60マイル/時(約91km/h)に達する加速性能を持ち、約2時間で再充電が可能でした。
2013年に本格的量産EVであるe-ゴルフが登場します。e-ゴルフは欧州では好調な販売を記録したモデルでしたが、日本ではCHAdeMOとの相性の問題もあって販売は不調でした。
フォルクスワーゲンは2020年にはe-ゴルフの生産を中止し、EV専用モデルであるIDシリーズへの移行に注力することになります。
●フォルクスワーゲンID.4の基本概要 パッケージング
電動車両専用MEBプラットフォームを使ったRWD
フォルクスワーゲンは、2012年から採用しているMQBプラットフォームで電動システムの搭載を可能にし、e-ゴルフなどを製造していましたが、前述のように専用プラットフォームを使ったEVの開発に注力するため、MQBを使ったEVの開発は停止しました。
そして完成したプラットフォームが、MEB(Modularer E-Antriebs Baukasten)と呼ばれるプラットフォームです。
MEBプラットフォームが最初に採用されたのは、フォルクスワーゲンID.3ですが、フォルクスワーゲンブランドでの日本への導入モデルで最初となったのは、このID.4です。
最初と言えば、実はID.4よりも先に日本に導入されているアウディQ4 e-tronもMEBプラットフォームを使っています。
MEBプラットフォームはフォルクスワーゲン、アウディ、セアト、シュコダなどで使われていますが、どれもリヤにモーターを配置した後輪駆動モデルが標準で、4WDの場合はフロントにモーターが追加されています。
現在のところ前輪駆動モデルは存在していませんが、コンセプトモデルのID.ライフではFWDとなっているので、MEBイコールRWD用プラットフォームとは言い切れません。
ID.4のボディサイズは、全長×全幅×全高が4585×1850×1640(mm)で、ホイールベースは2770mm。トゥーランTSI Rラインの寸法が4540×1830×1670(mm)でホイールベースが2785mmなので、ほぼ同じようなサイズ感です。
ID.4は床下にバッテリーを収め、ラゲッジルーム下にモーターを配置します。リヤシートはモーターの前に配置、ボンネットフードの下には各種機器が収められ、荷物の収納スペースなどは存在していません。
●フォルクスワーゲンID.4の基本概要 メカニズム
8年間または16万km走行後も、70%のバッテリー容量を保証
最初に日本に導入されたフォルクスワーゲンID.4は、ID.4ライト・ローンチエディションとID.4プロ・ローンチエディションの2種となります。
いずれも、搭載するバッテリーは同じリチウムイオンで、総電圧は352V、総電力はライトが52.0kWA、プロが77.0kWAとなります。
モーターの定格出力は70kWで、最高出力はライトが125kW(170馬力)、プロが150kW(204馬力)。最大トルクはライトもプロも310Nm(31.6kgm)ですが、ライトは0~3851回転までで発生、プロは0~4621回転までで発生と、プロのほうが最大トルク発生回転数の幅が広くなっています。
2022年末にてローンチエディションは予定数をほぼ終了し、標準グレードの予約が開始されています。標準グレードの詳細については、後半の「ラインアップと価格」を参照してください。
充電は、普通充電(200V)、急速充電(CHAdeMo規格)の2種に対応しています。充電状況は充電ポート横のインジケーター、デジタルメータークラスター、ダッシュボード上のID.Lightと呼ばれる部分で表示されます。
77kWAバッテリーのプロの場合、バッテリー警告灯点灯後から90kWの急速充電器を使用すると、約40分で80%(多くの急速充電器は30分単位なので継ぎ足し充電が必要)の充電が可能。6kWの普通充電の場合は、バッテリー0%から満充電まで約13時間となっています。
バッテリーには熱管理システムが装備され、あらゆる状況でバッテリーは約25度の理想的な温度範囲に保たれるといいます。この効果は出力の向上だけでなく、急速充電の時間の短縮や、バッテリー寿命の延長にも役立っているとのこと。バッテリーは8年間または16万km走行後も、70%が維持されることが保証されています。
サスペンションは、フロントがストラット、リヤがマルチリンク。タイヤはライトが前後ともに235/50R18ですが、プロはフロントが235/50R20、リヤが255/45R20と前後異径となります。ブレーキはフロントが358mmの直径を持つベンチレーテッドディスク、リヤはドラム式でブレーキシューはクルマの対応年数に耐えるだけの耐久性が与えられているとのことです。
●フォルクスワーゲンID.4のデザイン
ゆったりしたエクステリアに遊び心のあるインテリア
ID.4の基本的なシルエットはSUVのものです。フロントまわりを見ると、ヘッドライトを連結するスリットが付けられていて、その中心にフォルクスワーゲンのVWエンブレムが配置されます。
このフェイスの基本的な配置は他のフォルクスワーゲン車と同じですが、どことなく新しい息吹を感じます。たとえば、ヘッドライトは角張ったものからアーモンド型の、より人間の目に近いデザインとなり、ライト全体をぐるりとデイタイミングライトが囲み、さらに左右のライトをつなげる横方向のラインも点灯する仕組みです。
サイドラインはさらに変化を感じます。従来よりフォルクスワーゲン車のサイドラインはキッチリした固いものでした。ウエストラインは前後にスパッと突き抜けた直線で、その下に配置されるプレスラインも、多くは前後のアウタードアハンドルと同じ高さで、ドアアウターハンドルを串刺しにするように直線に配置されています。
しかしID.4は、ウエストラインをリヤドア後方から上方向にキックアップ。プレスラインもゆったりとしたカーブが持たされています。
リヤもまた、フォルクスワーゲンの作法に則ったもので、左右のリヤコンビネーションランプの中央にVWロゴを配するもの。従来のガソリン系モデルと大きく異なるのは、左右のコンビランプがガーニッシュによって連結されていることです。
ダッシュパネルはセンターコンソールと分割され、ダッシュ下が開けたスペースとなっています。ダッシュパネルは奥行きのあるもので、メーターはステアリングの奥のカバーに収められています。センターには大型のモニターを配置し、高い視認性を確保しています。
ATセレクトレバーは、メーターカバーの右斜め上に配置されます。アクセルペダルには音楽や映像の再生ボタンのような右向きの三角マーク、ブレーキペダルには一時停止ボタンのような太い縦2本棒のマークが刻まれるなど、遊び心にあふれています。
●フォルクスワーゲンID.4の走り
後輪駆動ならではの素直な挙動と取り回しのよさ
走り出した瞬間に、クルマ全体に大きなまとまり感を感じました。これは床下に重いバッテリーを搭載するEV共通のフィールです。
重量物であるバッテリーを床下に収めたこと、それを衝突による衝撃から保護しなければならないことで、フロアまわりはかなり強固。従来問題視されることがあったねじり剛性などとは、無縁のものとなっています。
ID.4の最大の特徴は、リヤにモーターを配置する後輪駆動であるということです。思えばフォルクスワーゲン最初のクルマであるタイプIも、リヤエンジン/リヤ駆動でした。その後、フォルクスワーゲンはゴルフでFFに転向します。ID.4はフォルクスワーゲンとしては久しぶりの後輪駆動ですが、原点回帰ともいえます。
その後輪駆動の恩恵は大きく、特にワインディングではクルマの動きがスムーズで素直なことが確認できました。ハンドルを切った状態でのアクセルオンのときなども、FFではステアリングに余計なキックバックがありますが、そうしたことがなく、スッキリと運転できるのは後輪駆動ならではでしょう。
また、小回りの効くところも見逃せません。最小回転半径は5.4mと、現代のクルマの数値としてはさほど大きくないのですが、これにはちょっとしたワケがあります。
カタログデータの最小回転半径というのは、もっとも外側を通るタイヤの軌跡の数値なので、ボディのもっとも外側の軌跡ではありません。ボディ外側の軌跡はウォール・トゥ・ウォール(壁から壁)と呼ばれます。ID.4のウォール・トゥ・ウォールは10.4mですが、ポロがなんと10.6mなので、いかに小回りが効くかがわかるはず。
実際、試乗時に高速道路の料金所を出たところでUターンしたときは、「オオッ、こんなに回るんだ」とビックリしました。
試乗車はプロで、モーター出力が204馬力のタイプ。最大トルクは310Nmです。これだけのスペックがあれば、2tを超えるボディを加速させるのもまったく問題ありません。普段使いのクルマとしては、十分すぎる加速が可能です。
走行モードはエコ、コンフォート、スポーツ、カスタムの4モード。ドライブセレクトはDとBの2種。Bで走るほうが回生量が多いので、よりワンペダルに近い走りが可能です。
走行モードをスポーツにすると、アクセルペダルを踏んだときの加速も強いですが、ゆるめたときの回生量も強く感じました。スポーツモードのBで走り、アクセルペダルの踏み込み加減を調整するのが走りやすく感じます。
ドライブセレクトのスイッチが高い位置にあるのは、一見使いやすそうですが、筆者は右肩を痛めていたため、高い位置の操作はちょっと苦痛。ユニバーサルデザインということを考えれば、操作系は肩の高さ以上の高い位置には付けないほうがいいでしょう。
●フォルクスワーゲンID.4のラインアップと価格
ローンチエディションは終了 標準グレードを予約受付中
ID.4における最初に導入された2022年11月22日の時点でのラインアップは、ローンチエディションという特別仕様車のみで、ID.4ライト・ローンチエディションとID.4プロ・ローンチエディションの2種でした。
ローンチエディションは、家庭用普通充電器設置費用10万円サポート、アウディ、ポルシェ、フォルクスワーゲンの3ブランドの充電設備が使えるPCA(プレミアムチャージングアライアンス)の年会費と、毎月60分までの充電器使用料を1年間無償、買取価格保証型残価設定ローン「フォルクスワーゲン ソリューションズ」の5年後特別残価設定などが付加されていました。
ライトは52.0kWh、プロは77.0kWhのバッテリーを搭載しますが、装備面でも双方には違いがあります。ともにLEDのヘッドライトを装備しますが、プロは先行車や対向車の幻惑を避けながらハイビームが使用できる、マトリックスヘッドライトを装備。
プロはパノラマガラスサンルーフ装備。プロがパワーシートなのに対し、ライトはマニュアルシートになるなど、大きな違いがあります。
価格はプロが636万5000円、ライトが499万9000円でした。
フォルクスワーゲンジャパンは2022年12月22日に「ローンチエディションの販売は非常に好調で、多くのディーラーで売り切れが続出。標準グレードを2023年第2四半期以降に前倒して発売する」と発表しました。2023年1月現在は予約受付中です。
標準グレードもプロとライトの2グレード構成で、装備面などは基本的に同一です。搭載されるバッテリーの容量も同一ですが、マネージメントシステムの改良によって、一充電走行距離がWLTCモードでライトが388kmから435kmに、プロが561kmから618kmに伸びています。
また、買取価格保証型残価設定ローン「フォルクスワーゲン ソリューションズ」の5年後特別残価設定は廃止され、通常プログラムとなったほか、普通充電器設置費用補助も終了。PCAについてはVW販売店のみが入会金と毎月60分までの充電器使用料を1年間無償に変更されたうえで、車両本体価格はライトが514万2000円、プロが648万8000円となりました。
●フォルクスワーゲンID.4のまとめ/インフラが整えばゴルフの後継になり得るモデル
フォルクスワーゲンは、第二次世界大戦が終わると、1941年からタイプIと呼ばれるクルマを製造します。これがいわゆるビートルです。ビートルは世界中で大ヒットとなりましたが、時代の変化とともにその使命を終了、1974年から徐々にFFのゴルフに移行します。
ビートルからゴルフに移り変わった際、『ゴルフはビートルに取って変わることができるのか?』と言われました。答えは時代が証明しています。ゴルフはコンパクトカーのベンチマークとなり、今も世界中で多くのユーザーに歓迎されるモデルとなりました。
そして2019年にフォルクスワーゲンはID.3を投入。2020年には中核モデルとなるID.4を上市します。果たしてID.4はゴルフの代わりになれるのでしょうか?
現時点ではインフラの問題などもあり、まだゴルフの代わりとなったと言い切れません。しかし、その素質は十分にあると感じました。大きな感触を感じたのが、リヤにモーターを搭載したことです。リヤにモーターを搭載したことで、ハンドリングや小回り性能が非常にいいものとなっています。
RRのタイプ1からFFゴルフに変わる際、フォルクスワーゲンは冷却性や室内空間の確保のためにFFという選択肢を採りました。その後、フロントセクションにエンジンを搭載することは、衝突時の安全確保という面もあり、普遍的なものとなっていきます。しかし、BEVとなって床下にバッテリーを収めるようになるとキャビンの強度が格段に向上し、フロントに剛性体を収める必要がなくなりました。
フォルクスワーゲンはそうした部分をしっかりとくみ取って、モーターをリヤに配置しました。ここからは、足し算と引き算がしっかりできるクルマ作りを感じることができます。
タイプ1、タイプII以来、後輪駆動を作ってこなかったメーカーが、電動化をきっかけとしてあっという間に後輪駆動に移った変わり身の速さ。これこそが、フォルクスワーゲンの強みだといえます。
社会が本気で電気自動車を欲したら、ID.4はゴルフになること間違いないでしょう。
(文・写真:諸星 陽一)
●フォルクスワーゲンID.4 プロ主要諸元
・寸法
全長×全幅×全高(mm):4585×1850×1640
ホイールベース(mm):2770
トレッド 前/後(mm):1585/1570〈1560〉
車両重量(kg):2140〈1950〉
・リヤ電気駆動モーター
最高出力(kW(ps) /rpm):150(204)/4621-8000〈125(170)/3851-15311〉
最大トルク(Nm(kgm)/rpm):310(31.6)/ 0-4621〈310(31.6)/ 0-3851〉
・駆動用バッテリー
化学成分:リチウムイオン
容量(Ah):77.0〈52.0〉
セル数:-
・トランスミッション:1段固定式
・ドライブトレイン:RWD
・一充電走行距離(WLTCモード、km):618〈435〉
・シャシー
サスペンション(F/R):ストラット/マルチリンク
タイヤサイズ:前235/50 R20/後255/45 R20〈前後とも235/60 R18〉
ホイールサイズ:前20×8.0J/後20×9.0J〈前後とも18×8.0J〉
ブレーキタイプ(F/R):ベンチレーテッドディスク/ドラム
※〈 〉内はライト