【スーパーフォーミュラ2022年第4戦・オートポリス】予選順位からは「逆転」。しかし「この日、最強」だったからこその勝利 〜両角岳彦のデータと観察で“読み解く”自動車競争

■レーシングドライバーは、ピュア・アスリートだ!

●切れ味が鈍かった土曜日から一転…

「“道”が見えました」。戦いを終わって、勝者としてのステージに立つ直前、その楽屋がわりのテントで顔を合わせた私が「スタート、良かったね」とかけた言葉に、平川亮はこの一言を返してくれました。それを聞いた私としては、これでこの日の彼のパフォーマンスが「胸に落ちた」のです。

スーパーフォーミュラ第4戦オートポリス・予選PP
土曜日の予選、他を圧倒する1周の速さを見せつけたのは野尻智紀。この時点では優勝候補最右翼だった

そこに至るストーリーとして、平川は前日の2ステージの予選で12車に絞られるQ2には進出したものの、そこでは自身のQ1のタイムを削ることができず、予選順位は8位。路面にタイヤ・トレッド表面の溶けたゴムが貼り付くにつれてラップタイムが良くなってゆくものなのだけれど、この時はQ2でそれぞれがQ1で記録したタイムを更新したのは4車のみ。午後も後半になって路面温度が下降傾向にあったからか、それにしてもタイヤの振る舞いというのは何ともよくわからない、難しい。

このQ2・7分間では複数回のアタックはできず、1周だけのアタックに集中するしかない。実績としてはそれが決して不得手ではない平川なのだが、このQ2の1周をポールポジションを獲得した野尻智紀のタイムと比較すると、短くて下り、コーナーの少ないセクター1で0.120秒(オンボード映像を確認すると1コーナーの飛び込みでリアが流れて修正している)、登ってヘアピンを回り込み「ジェットコースター・ストレート」を駆け下るセクター2では0.422秒(このコースでは数少ない高速旋回の登り左100Rでも駆動旋回でリアが滑り、ステアリングで姿勢を修正するとともにアクセルの踏み込みを抑えざるをえなくなっている。たぶんこのロスが大きい…)も、上り勾配を駆け上がりつつ右・左とコーナーが次々に現れるセクター3でも0.279秒と、まさに満遍なく遅れをとってしまった。

旋回のターンインでも、また旋回の中での駆動力投入でも、リアが流れる症状が複数回出ていることからは、リアタイヤの“熱入れ”が足りなかったか、タイヤが発動しにくいこの時の状況に対してセットアップを「よく曲がる」方向に少しだけ向けすぎたか。いずれにしてもトップから12車の1周アタックのタイムが1秒差の中に詰まるスーパーフォーミュラの予選の戦いでは、この遅れの積み重ねが順位結果にシビアな形で現れてしまうわけで。

改めてこのQ2の順位表を見返すと、野尻だけが頭ひとつ抜け、2位から7位までが0.189秒の幅の中。2位・宮田莉朋と3位・牧野任祐の差は1000分の5秒、5位・三宅淳詞と6位・S.フェネストラズの差は1000分の2秒という、いかにもスーパーフォーミュラらしい激戦であり、その7位と平川の差、0.363秒は、いささか「大差」と言わざるをえません。マシン・セッティングとドライビングの両方で、この「1周・一発勝負」には“負けた”平川ではあったのです。

その結果、スターティンググリッドは4列目・8番手。ただでさえ追い抜きが難しい今日の純レーシングマシンで、しかも競り合いを仕掛ける場所の少ないここオートポリスでは、上位入賞であってもちょっと大変だろうな…と、スタートを前に私が考えていたのも、あながち的外れではなかったはず、です。

●アスリートとしての「ゾーン」へ

その「予想」を一変させたのが、平川のスタート、そしてタイヤがまだ暖まらず、トレッド表面がネバネバした溶けゴムとなって路面に粘着する、本来の「グリップ」がまだ発揮されない1周目のドライビングでした。

2022年スーパーフォーミュラ第4戦オートポリス・スタート
スタートから一気に加速した車群が1コーナーに向けてブレーキング、ターンインしようという瞬間。この時、20平川は6番手、55三宅の斜め後ろに接近。ここからの下りセクションで外側にいる15笹原もまとめて抜き去る

平川のグリッド・ポジションは偶数順位ということで、ポールポジションの野尻を先頭に並ぶ右側列に対して半車身後ろにずれた左側列の前から4番目。

スタートシグナル5連レッドライトが全消灯した瞬間の平川のクラッチミートはジャストタイミング。この蹴り出しからの加速で、まず直前のフェネストラズに左側から並びかけて前に。そこから前を走る5番手・三宅、その左を走る4番手・笹原右京の2人がさらに左へ、1コーナーに向けてアウト側へと動いたことで空いたイン側へ斜めに切り込んでいった。

「道が見えた」のはこの時。「(1コーナーに向かって)アウトには行かない、と思ってました(混戦の中で“押し出される”可能性が高い)」と振り返った平川。

この1コーナーの回り込みで、直前に入ってきた三宅がリアを滑らせてアウトに流れ、平川はその隙を突いて並びかけたまま下り直線区間を駆け下り、右へのターン3、そこから切り返して左へ折れてゆくターン4-5で、わずかに速度が落ちた笹原と、その後ろに詰まった三宅の2車を一気に抜き去る。次のターン6は右へのヘアピンなのでそのインに向かって2車を従える流れになった。これで4番手。

「ターン2で1台、ターン3で1台、あと第2ヘアピンでもう1台(宮田)抜きました。それで3番」と、平川自身がスタートからのこの50秒間を自らの言葉で端的に“リプレイ”してくれた。このクラスのドライバーになると、さすがにどんなにシビアな状況で運転しつつも、“考え、記憶する”脳の領域は常に活動している、ということでもある。

それ以上に、ここまで明瞭な映像が脳内にメモリーされているのは、彼自身がアスリートとして、いわゆる「ゾーンに入った」状態、後で記憶を再生するとスローモーションに感じられるような、昨今流行りの台詞を使うなら「全集中」に入り込んでいたから。記憶した映像をリプレイする瞬間、視線を遠くに投げながら意識は彼自身の中に入り込んでいく、その平川の表情から、今日のレースはスタートから、そんなアスリートならではの特別な時間になっていたことがはっきり伝わってきたのでした。

●タイヤのグリップと消耗を予測するデータが足りない。

スタートから半周、平川の前を走るのはまず牧野、そして先頭を行く野尻、この2車だけになった。SFでなくても今日のサーキットレースではなかなか見られない、一気の5台抜き。しかしその背後では、前日にクラッシュしてエンジン交換、そのペナルティで最後尾スタートとなっていた大湯都史樹がターン3でコースアウト、クラッシュバリアに突っ込んでしまっていた。

スーパーフォーミュラ第4戦オートポリス・2番手へ
1度目のSC先導走行から解放された直後、4周目に入るメインストレートで20平川はOTSをちょうど良いタイミングで使って5牧野を抜き去る

この車両排除のために1周目を回り切ったところからセーフティカー先導走行に。このSCランは2周で終わって戦闘再開、1周を回ってきた5周目に入るストレートで平川はオーバーテイク・システムを作動させてスピードを乗せ、逆にその手前の上りセクションから明らかにペースが上がらない牧野を1コーナーへのアプローチですっきりと抜き去る。

と、その後方でこの5周目、15番手を争っていた小林可夢偉と坪井翔がターン2先で接触。姿勢を崩した小林車がコースアウト、外側のガードレールにぶつかってから跳ね返る動きで、コース上に戻って動けなくなってしまう。これで2回目のセーフティカー導入。今度は6周目から9周目までの4周回をSC先導で走り、10周目に入るところで競争状態に戻るグリーンフラッグが振られた。

こうしてレースが改めて動き始めたところで、少なからぬマシン&ドライバーが「思ったようにタイヤがグリップしない」状況に直面することになる。予選最速、最前列から問題なくスタートを決めて、このまま「逃げ」に入るかと見えた野尻にしても、じつはこの週末の走り始めとなる土曜日午前のフリー走行、さらに1周のタイムはきっちり出せたけれども予選を通して、彼の精密な身体+脳センサーは「タイヤがグリップする感覚がもうひとつしっくり来ない」状態だったという。レースでもそれが次第に強く現れて周回のペースがなかなか上がらない状況に直面する。

同じ車両で、同じコンパウンドのタイヤを使い、国内の決して多くはないサーキットを転戦する。その中で、データも蓄積してきているのだが、なぜかその時々に、コースに、簡単には特定できない微妙な変化があっただけで、タイヤとコース路面の粘着状態が変わってしまう。だからモータースポーツは筋書き通りには行かないし、だからこそ飽きることなくおもしろい。

ちなみに私が日々クルマを“味見”する中でも、同じようにタイヤの微妙な変化や差異を体感することは様々にある。短い時間の中で100分の何秒かの積み重ねを競っているのではないので、そんなにシリアスなことにはならないけれども。皆さんのクルマとの付き合いの中でも、タイヤを起点に気づかないほどの、でも時々は「あれ?」と思うような、変化や現象が起きている可能性もあるのです。

話をオートポリスとスーパーフォーミュラに戻すと…じつは2019年シーズンにモデルチェンジした車両としてSF19が導入されてから年に1回ずつ、4回目の訪いとなるこのコースでは、レースがドライ路面でできたのはまだ2度目。2019年は雨で決勝レース中止、2021年も雨と霧で10周余りしか走れずに中断。阿蘇外輪山の山並みに広がるコースゆえの天候の悪戯に翻弄されがちなのです。

でも晴れれば、この日のように観るのにも走るのにも最高の舞台になるのですが。つまり、ここでSF19+ドライタイヤで走るとどうなるか、その経験値とデータはどこのチームも持っていない。しかも今年はリアタイヤの断面形状が微妙に変わって、それが消耗を早める方向に働くらしい、のだし、さらにこの決勝レース直前には路面温度が5月としては異例な45度ほどにまで上昇していて、これもいうまでもなくタイヤと路面の摩擦に影響するはずだけれども、その経験値もまたない。そういう状況だったのです。

●ピットストップに“消費”するギャップを作れるか。

ここで今のSFでは、レースの中でタイヤ4輪交換を、10周目を完了した後から最終周回前までに行うことが定められています。その10周目にピットに飛び込んできた車両が3車。おそらくタイヤの消耗が早いことが予想されている中で、まだ残り3/4の時点で履き替え、そのタイヤで走り切ろうというのはちょっとギャンブル。でもそれぞれの事情でここで状況の打開を図り、もし少し先でまたセーフティカーが入るようなことが起これば、そこで前に出られるという、他力本願も含めた戦略を選ぶ。これもまたレース。

でもこの時、平川に抜かれて3番手に下がった牧野もピットイン、早期タイヤ交換に賭けた。野尻、平川に先行されたのでそのまま後ろについて走り続けるより、フレッシュなタイヤに履き替えて、ピットアウトすると前方に車両がいなくて気流の乱れが少ないところに出るので、そこでペースを上げよう、と考えたのか。レース後のチームリリースにはそういう戦略だったことが記されていました。

上位入賞10車のラップタイム推移をプロットしたグラフを見るとわかるように、ここでピットから出てすぐに牧野は1分30秒フラット前後という、まだ燃料搭載量が多い(重い)状態としてはそれなりに良いラップタイムを2周続けている。

野尻はこれに「反応」した。ここで先にピットイン、タイヤ交換した側が速いタイムを続けると、ライバルとしては自らがピットインするときにそのピットロード走行のロスタイムと作業のための停止時間を合わせた以上のギャップを開いておかないと、コースに戻った時に逆転されてしまう。これを俗に「アンダーカット」と言っている(逆にコースに残った側が速く走ってギャップを拡げ、ピットストップ後に前に出るのが「オーバーカット」)。野尻陣営としては牧野との間で位置関係が逆転する前に、と15周完了のタイミングでマシンをピットロードに向けた。これもピットストップがあるレースでは定番のタクティクス。

2022年スーパーフォーミュラ第4戦オートポリス・ラップタイム推移
上位入賞10車の42周を走った各周のラップタイムを整理してみる。SC先導走行の後から、#20平川のラップタイムが1セット目、交換後の2セット目のタイヤを通して安定して速いことが現れている。#4フェネストラズ、#55三宅も中盤のペースは良く、タイヤを履き替えた直後はそのグリップを活かして速いラップを出す。逆に#1野尻、#5牧野など表彰台を逸したメンバーはタイヤの消耗が早くペースが落ちてしまっている

でも、平川はコースに残って周回を続ける。15周目に前の野尻がいなくなってトップに立ったところから、4周にわたって全体で最も速く、とくにタイヤを履き替えた野尻、牧野に対して0.7~0.9秒も速いラップタイムで走った。そしてもうひとつの、周回ごとに平川が計時ラインを通過した瞬間を基準に、他の各車がどれだけの差で走っていたかを示すグラフ(「ギャップチャート」という呼び方もある)を見るとわかるように、19周完了で、この時点で直接の(すぐ前後にはいない)ライバルとして想定される野尻に対して32秒のギャップを開き、20周完了でピットロードに飛び込んできた。

ここオートポリスでピットロード走行+タイヤ交換で失う時間差は31~32秒。野尻は逆にその直前にピットイン・タイヤ交換を行ってコースに戻ってきた宮田と接近し、前に出るなどしたため、20周目に逆にラップタイムが落ち、そこでOTSを作動させてストレートを加速してきたものの、平川がその前に戻ることに成功。これでタイヤ交換義務完了組の中では、平川-野尻-宮田-牧野という並びになった。

2022年スーパーフォーミュラ第4戦オートポリス・ギャップチャート
優勝した#20平川が各周の計時ラインを通過した瞬間を基準に各車のタイム差をプロットしたグラフ。0(スターティンググリッド)→1周完了の間で平川より前にいた5車の線が下降・交差。この周で抜いてきたことを示している。2回のSC先導走行の後、各車のラインが1周で大きく下がっているのはピットストップ。平川のピットストップは20周完了。その直前、#1野尻とのギャップは32秒あった。この後、ピットストップを遅らせた3車の線が平川の上に出るが、#4フェネストラズ、#55三宅ともに平川に対して30秒を越す間隔は作れず、その後方を走る野尻、#37宮田とのギャップを注視してピットインのタイミングを決めたことがわかる

平川としては、周囲の動きにも恵まれたが、タイヤ消耗がおそらくレース距離の半分ぐらいで明確なラップタイムの低下に現れてくるのでは…という予想に対して、ちょうどレース距離の1/2、いわゆる「均等分割」での履き替えになり、ピットアウトからフレッシュなタイヤが作動温度領域に入ったその最初のところで高い粘着力を発生する、いわゆる「一撃グリップ」も活かして21~22周目に彼としては最も速いレースペースで走り、そこで野尻他を引き離してからは終盤に向けてタイヤを温存すべく、ちょっとペースコントロール。

平川とコンビを組む大駅俊臣エンジニアによれば、「(まだピットインしていない中で先頭に立っていた)サッシャ・フェネストラズのペースが良く、残り周回が少なくなったところでタイヤを履き替えて速く走るだろうと予測できたので、『終盤にサッシャが迫ってくるはずだから、それに備えてタイヤを温存しておいて』とは伝えました」とのこと。

まさにレースの終盤1/3はそのとおりの展開になった。フェネストラズは28周で、その直後につけて同じようなペースで周回を重ねていた三宅はさらに引っ張って残り10周となった32周で、それぞれピットストップ。新品かそれに近いフレッシュなタイヤを、残り周回も少ないので思い切り使って、まずは速いラップで走ってみせた。

スーパーフォーミュラ第4戦オートポリス・ゴール
42周を集中して走りきった20平川が最初にチェッカードフラッグの下を駆け抜けた

ただギャップチャートを見れば、この2車ともターゲットは平川よりも、ペースが上がらないまま周回を重ね、平川に対して差が広がってゆく野尻とその直後の宮田であって、自分たちから見ればピットストップのためのギャップが必要な32~33秒が確保できたところでピットイン、という判断をしていたことが浮かび上がる。

こうして平川は、アスリートとしての集中力を自らの武器にした最初の1分間で獲得したポジションと、そこからはタイヤのグリップダウンに悩まされずに走り続けられたマシンを得て、この1戦を制圧。私としては、このストーリーがしっくりと収まる「良い競争」を見せてもらった、と納得の思いを残して、夕焼けのオートポリスを後にしたのでした。

(文:両角 岳彦/写真:JRP)

【関連記事】

  • スーパーフォーミュラのレースをもっと楽しむための基礎知識。第4戦オートポリスの「レース・フォーマット」
    https://clicccar.com/2022/05/20/1187677/
  • 【スーパーフォーミュラ2022年第3戦・鈴鹿サーキット】ラスト2周の勝負所、ドラマをもたらしたウェットタイヤ・セッティングを解析する〜両角岳彦のデータと観察で“読み解く”自動車競争
    https://clicccar.com/2022/05/05/1183192/
  • スーパーフォーミュラのレースをもっと楽しむための基礎知識!! 第3戦鈴鹿サーキットの「レース・フォーマット」
    https://clicccar.com/2022/04/22/1179894/
  • 【スーパーフォーミュラ2022年第2戦・富士スピードウェイ】「タイヤ」を感じ取りその振る舞いを予測できるかが「鍵」。〜データと観察で“読み解く”自動車競争
    https://clicccar.com/2022/04/21/1179208/
  • 【スーパーフォーミュラ2022年第1戦・富士スピードウェイ】一発集中の速さを見せる新鋭を百戦錬磨の強者が退ける。〜両角岳彦のデータと観察で“読み解く”自動車競争
    https://clicccar.com/2022/04/21/1179201/
  • スーパーフォーミュラ2022年シーズン開幕! レースをもっともっと楽しむための基礎知識!! 第1戦・第2戦 富士スピードウェイの「レース・フォーマット」
    https://clicccar.com/2022/04/08/1175912/

この記事の著者

両角岳彦 近影

両角岳彦

自動車・科学技術評論家。1951年長野県松本市生まれ。日本大学大学院・理工学研究科・機械工学専攻・修士課程修了。研究室時代から『モーターファン』誌ロードテストの実験を担当し、同誌編集部に就職。
独立後、フリーの取材記者、自動車評価者、編集者、評論家として活動、物理や工学に基づく理論的な原稿には定評がある。著書に『ハイブリッドカーは本当にエコなのか?』(宝島社新書)、『図解 自動車のテクノロジー』(三栄)など多数。
続きを見る
閉じる