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■誰もが悩む、高齢者の移動手段不足
御存知の通り、少子高齢化に於ける移動手段の不足が、多くの地方自治体で問題となっています。
高齢化で運転が困難になってもそれほど不便にならないのは、公共交通機関が発達している大都市くらいのもので、それ以外の地域の多くは移動手段が脆弱にもかかわらず、高齢者による事故が散見されることもあり、「歳を取ったら運転免許返納すべきでは?」という風潮にもなっています。
しかし、いざ運転ができなくなる生活を思うと、買いものは? 通院は? いま高齢を自認しながら運転しているひとの中には「自分もいつ事故を起こすかもわからないから、本当はクルマも免許も手放したい」と、やむを得ず運転している人もいるのではないでしょうか。
いっぽう、自治体は自治体で、公共交通機関をなかなか充実させられずにいるのが現状です。都会と異なり、空きのタクシーを流しているわけじゃなし。駅は遠いし、利用者減でバスは赤字路線廃止…悩みは尽きません。
●ダイハツ版・少子高齢化への解決策誕生
この問題の解決に挑む自動車メーカーはいくつかありますが、ダイハツ工業の取り組みはひと味違います。
(2020年)4月22日、ダイハツ工業が、福祉介護・共同送迎サービス「ゴイッショ」の販売開始を発表。
といっても、その対象は、ダイハツ車ユーザーでもなければダイハツ以外のクルマユーザーといった個人ではない、地方自治体です。
どこの自治体も、交通機関の不足による高齢者の送迎に、公的に着手はしていても、コストや人手不足といった点で多くの問題を抱えています。
このような悩みに対して、ダイハツ&「ゴイッショ」はどう立ち向かっていくのか?
まず先に、その中身について見ていきます。
ダイハツが掲げる「ゴイッショ」の特徴は2つ。
1.介護送迎に特化した人材が、「調査・検討」から「運行」までを一貫してサポート。
2.複雑かつ相反する送迎ニーズをすり合わせる介護送迎専用のアルゴリズムを搭載したシステム。
「ゴイッショ」を運用するまでの道のりは3ステップあります。
【ステップ1】 調査・検討サポート
これは、その地域にこのサービス(=ゴイッショ)が必要なのかどうかを、ダイハツと自治体が検討する段階です。
実際に介護施設を訪ね、何か困っていることはないかを洗い出して明確化し、「ゴイッショ」を導入した場合のシミュレーションから調査結果などをまとめて関係各所に報告。その結果からステップ2への移行可否を判断するというものです。
ここには約3ヶ月の時間をかけるといいます。
【ステップ2】運行準備サポート
ステップ1をパスしたら、共同送迎が適正に運行できる環境・体制づくりを一緒に推進するステップ2へ。
ステップ2では、運行開始に向けたロードマップ・収支計画策定支援、運営フロー、マニュアル化構築支援。同時にドライバーの研修も。運転するだけではなく、乗降をはじめとする介助の知識、はては法的な知識も必須となります。
ほかに介護施設との調整・交渉の支援、地域交通事業者との調整・交渉支援、各種必要な資格取得に関する支援…なるほど、未知のことをいざ始めようとするとしなければならないたくさんのことが出てくることがわかり、このステップ2に費やす時間が6ヶ月程度というのもうなずけます。
【ステップ3】運行サポート
準備が完了したらいよいよステップ3で運用開始。開始したら日々の運行をサポート。共同送迎運行管理システムの提供、サービスの拡大、発展に向けた支援を継続的に行います。
●独自に作成されたアルゴリズムの運行管理システムを大活用
「ゴイッショ」運用開始後は、独自に作ったアルゴリズムによる運行管理システムを活用し、サービス運用することになります。
まずはパソコンから施設情報、利用者情報、車両情報を入力、独自のアルゴリズムに基づいて、無駄のないルートをシステムが検索し、誰をどこで何時ごろ乗せるのか、ゴイッショする乗客を効率よく載せることのできる道すじを画面上に地図表示。
運行開始後も、運行管理者は引き続きパソコンで、ドライバーはスマートフォンで、それぞれ現在の運行状況を管理できるという仕掛けです。いまどの車両がどこを走行中か、何事もなく走っているかなど、リアルタイムで確認できるわけです。
自身での移動が困難なひとのための移動支援は、多くの場合これまでは各々の介護施設が、介護サービスのうちのひとつとして行っていました。
送迎のほか、直接介護、間接業務…現場で働く介護職員の仕事もいろいろあるわけですが、介護現場に於ける業務割合は、多い方から順に「直接介護」「送迎」「介護準備作業」「間接業務」となっています。
ところが介護職員の負担がこの割合そのままの順序になっているかというとまったく別の話らしく、「送迎」が1位に繰り上がります(後述・香川県三豊市の場合。)。
ではこの施設の自前による送迎をやめ、送迎業務を、運営団体や運行団体をも交えた外部に委託するとどうなるか。「関係者が増えることで情報連携が複雑化」「施設・利用者の相反するニーズが発生」と、これはこれで「船頭多くして船山に登る」状況に陥ってしまうわけです。コスト増の問題も立ちはだかります。
整理すると、問題点はふたつ。
・「送迎」が介護職員負担の1位である。
・その負担低減に「送迎」を外部委託すると、「送迎」業務が複雑化する。
この2点を解決できれば、逆に「介護サービスに於ける送迎業務」の新しいスタイルを確立できることになります。
「送迎」を外部委託して介護職員に覆いかぶさる負担を減らす。外部委託しても複雑化しない…この2つを両立できないか?
●「ゴイッショ」を理解するには「らくぴた送迎」を知らなければならない
ここまで「ゴイッショ」の中身を紹介しましたが、これだけでは「ゴイッショ」が何なのかがわかりにくいと思うひともいると思います。
ダイハツが、どの段階で、なぜこの2つの問題をあぶり出しにできたかを理解するには、2018年10月に販売開始した、通所介護事業施設向け送迎支援システム「らくぴた送迎」に触れなければなりません。
これは通所式介護施設に向けた、送迎業務を支援するシステムで、スマートフォンやPCを用い、送迎計画や、送迎中の施設とドライバーの連携を可能とするシステム提供サービスです。
それまで水面下に潜んでいた介護現場の送迎に関する悩みとして「送迎計画は複雑で、計画立案は熟練のスタッフに限られてしまう」ことのほか、送迎車は大きめの車両であることが少なくないことから、「運転できる人は限られる」「車両コストが高い」「運転が不安」「自宅前までクルマを寄せられない」といった項目も挙げられていました。
その悩みを、「送迎」のシステム化で解決できないかと発想して生まれたのが、スマートホンなどを用いた簡易テレマティクスサービス「らくぴた送迎」です。
効率の良い送迎計画作成を、誰でもが入力できるシステムに任せられ、現在の情報を自分の手のひらで得られるなら、何もシステム据え付けの専用車両など不要。送迎者自身のクルマさえ送迎車にもできるわけです。運転の不安だって抱きようがありません。大型車では入れない場所にも迎えに行けるようになるかもしれません。
要するに送迎車が大型車のときには、「利用者は大型車のところまでは自分で行かなければならない」という、どこか不完全さがつきまとった「送迎」が、小さなクルマに置き換えればドアtoドアの送迎も可能になるのが「らくぴた送迎」なのでした。2018年発売以来、現在では全国で200箇所もの施設が活用しているといいます。
ただし「らくぴた送迎」は、介護施設個々に向けたサービス。「これいいな」と思った施設が手を伸ばすものでした。
「らくぴた送迎」を続ける間に、ダイハツは別の介護問題をも見出したのでしょう、個々の介護施設ではなく、地域全体にまで視野を拡げ、介護送迎の問題解決に取り組み始めました。
その問題とは「介護職員の不足」。いまでさえ悩みとなっている人手不足は、先々さらに深刻化することが明白なのは、みなさんも報道でご存知でしょう。
ここでダイハツは、人材不足をカバーするための、2つの仮説を立てました。
1.介護現場から送迎業務を切り離すことで介護職員の負担軽減につながるのではないか。
2.送迎を地域一体で共同化することで、さらなる効率化ができるのではないか。そして送迎を行っていない時間帯での車両の有効活用ができるのではないか。
当然ですが、「らくぴた送迎」での反響は、それまでの悩みの裏返しのものでした。
すなわち「大型車ではなく、小さいクルマが使えるようになったので運転手が確保しやすくなり、大型車ゆえのムダもなくなった」「自宅まで迎えに来てくれる」「細い道でも入れる」など、機動性が高まったわけです。このうれしい反響と併せて仮説の妥当性を確認するため、2019年、ダイハツは香川県三豊市と手を組み、40の介護施設の協力とともに実証事業をスタートさせました。
約3年の年月を経て得られたのは、
・1日平均75分の送迎業務を削減できた。
・送迎業務を地域全体で行うことで車両台数を20%削減できた。
の主に2つでした。
と同時に、別の課題も出てきました。それがさきに書いた「あぶり出し」になった問題2つ。
すなわち「介護職員の負担に思う1位が送迎であること」、そして「送迎の外部委託による複雑化」です。
そう、「ゴイッショ」は「らくぴた送迎」サービス、そして「らくぴた送迎」で得たノウハウと、2つの仮説を携えて行った、香川県・三豊市との実証実験を経て生まれたサービスだったのです。このプロセスを知らなければ「ゴイッショ」の存在意義は理解できません。
この2つの問題解消に向けて生まれた「ゴイッショ」、スマートホンなりPCなりを用いた既存の送迎システムと何が違うか?
何がというよりは、そもそもの成り立ちが違います。既存の「送迎」が、昔からの「送迎業務」にスマートホンやPCを導入して効率化としていたのに対し、こちら「ゴイッショ」は、気づいたら複雑化していた「送迎」という業務を、そのあり方からリセットし、イチから組み直してシステム化した、新しい送迎スタイルと考えればいいでしょう。
その新生「送迎システム」運用への一連の流れが、さきに挙げた3つのステップなわけです。
「ゴイッショ」に於けるダイハツの役割は、ステップ1、2ではアドバイザー的な役も担いながら、全ステップを上から俯瞰し、監視&サポートすることと考えてよさそうです。
ステップ1では自治体と調査・検討を「ゴイッショ」し、ステップ2では、運用に向けた準備を「ゴイッショ」する。
ステップ3は、「介護施設」「利用者」「運営団体(自治体)」「運行団体(タクシー会社など)」「ドライバー」の5者がいることで複雑化を呈していた日々の運行を、5者はそのままにシステムで一元化してサポートすることで「ゴイッショ」。
「ゴイッショ」の内容を見るに、「送迎」を外部委託して介護職員に覆いかぶさる負担を減らす。そして外部委託しても送迎業務を複雑化しない…相反するこの2つを、「ゴイッショ」の誕生でいちおうの解決を見たといいたいところですが、その判断が本当にできるのは筆者のような外野ではなく、「ゴイッショ」に関わる自治体や介護職員のひとたちです。
そしてその評価は、半年、1年という時間が流れた後に現れるでしょう。好評になることを祈るばかりです。
筆者がおもしろいと思うのは、「らくぴた送迎」サービスを提供する中で問題点を見出したときの着想が、「いっそ介護現場から送迎業務を切り離したらどうか」だったことです。
そもそも「らくぴた送迎」は、当の介護現場の送迎を支援するサービスだったはずなのに、その存在意義を自らぶち壊しにするかのような着想をするとは! その自己否定的着想が出発点になって次の「ゴイッショ」に帰結したというのが、なんともパラドクシカルでおもしろい。
「切り離す」と最初に口にしたひとの周囲で「え、え~っ? なにいうの?」と目を丸くするダイハツの人々の様子が目に浮かぶようです(そんなことはなかったでしょうが…)。
●「ゴイッショ」の将来像
最後に、ダイハツが掲げる「ゴイッショ」の目指す姿を解説しましょう。
「共同送迎を移動のプラットフォームにしたい」
至ってシンプル。この一文だけです。
三豊市との実験では、送迎の効率が上がればクルマの空き時間を設けることができ、利用者への買い物サポートやお弁当の配達など、別の業務にクルマも人も充てられるといったこともわかり、実際に行いもしたようですが、こういった見えてきたことも本格採用しながら、少子高齢化の筆頭課題である「移動困難」の解消に望んでいく構えです。
ダイハツでは、「ゴイッショ」に関心のある自治体に向けたオンライン説明会を実施中。次回は(2022)年5月26日(木)の予定で締切は前日5月25日(水)と、ギリギリまで待ってくれるようですので、興味ある自治体の方、まずは「ゴイッショ」ホームページを覗いてみてはいかがでしょうか。
(文:山口尚志 写真:ダイハツ工業)
★福祉介護・共同送迎サービス「ゴイッショ」
・提供方法:ダイハツ工業から、地方自治体・送迎業務を受託する運営団体へ直接提供
・問い合わせ窓口:072-747-2193
(受付時間:月~金 9:00~12:00・13:00~17:00(祝日、GW、夏季・年末年始休暇など、ダイハツ指定休日を除く)
【関連リンク】
ダイハツ工業ゴイッショホームページ
https://www.daihatsu.co.jp/goissho/