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■ヤマハ発動機が目指す「感動創造企業」とは?
●楽器のヤマハとバイクのヤマハは別会社
ヤマハと言えば、楽器を思い浮かべる人も多いでしょうが、クリッカー読者ならバイクメーカーとの認識か、トヨタ2000GTを共同開発した!といったところでしょうか。前者はヤマハ株式会社、後者はヤマハ発動機株式会社で別の会社です。
もとを辿れば楽器のヤマハも二輪のヤマハ発動機も起源は同じとなるわけですが、その辺はまた改めてお伝えするとして、ヤマハ発動機はバイク意外にも色々やっています。
ヤマハ発動機は、バイクメーカー、二輪レース活動以外にも、4輪ではトヨタ2000GTの企画を実現させたとか、走りを良くするための「パフォーマンスダンパー」(二輪用もありますが)などはメーカー間を超えて採用されています。長い間トヨタのエンジンをチューニング、製造などもやってきています。
釣り好き、マリンスポーツ好きにはボートやヨット、船外機、水上オートバイなどのメーカーとしても知名度、シェアとも国内トップレベルです。
そして「パスパスパスーっとヤマ〜ハパス」というフレーズが耳から離れない50代前後の方も多いことでしょう。漕ぐ力を電気でサポートしてくれる画期的な自転車の草分けとしてヤマハPASは誕生し、もっとも有名な電動アシスト自転車ブランドと言っても過言ではないでしょう。
その他に意外なところではプールがあります。水を入れて泳ぐためのスイミングプールです。実は国内のFRPプールのほとんどがヤマハ発動機製だそうで、水漏れしない船体を作るFRP技術が生きている分野だそうです。
そんなヤマハ発動機の製品のひとつに「水処理システム」があるのはご存知でしょうか。
●ヤマハ社員は漁業を教えてた!?
実はヤマハ発動機は海外の売上が約9割(正確には2020年12月期時点⇒89.6%)。ヤマハ発動機・海外市場開拓事業部は、140を超える国と地域、欧州・アフリカ・中東・中米・南太平洋・カリブなどで活動を行っており、二輪車、四輪バギー、水上バイク、ボート、船外機、発電機、汎用エンジン、それに、水処理であるクリーンウォーターシステムなどを取り扱っています。
そのきっかけとなったのが、1960-70年代、日本政府のODA(政府開発援助)によってアフリカで行われた、ヤマハ発動機製品の導入です。70年代に入り、当時、欧米メーカーが進出していない船外機の業務需要に狙いを絞り、本格的にアフリカに進出。1975年より船外機「エンドゥーロ」の販売を開始しています。
この頃の営業マンたちは「売りっぱなしではいけない」と、漁業、河川の交通・運搬に使用される主に木造の手漕ぎボートの動力化へ向け、ボートへの取り付けの工夫や日本の漁法を教えていたのだそうです。そのため「早く漁場に到着して、新鮮なうちに魚を持ち帰ることが可能である」ことから教えたのだとか。当時のパワフルなジャパニーズ・ビジネスマン像が目に浮かびますね。
1977年から南イエメン(現イエメン)でJICA(独立行政法人国際協力機構)とともに「漁業開発」巻き網漁船の導入&漁業指導をおこなったり、漁法を紹介する「フィッシャリー・ジャーナル」なんてものまでも年に3〜4回発行してきました。
こうしてヤマハの船外機やボートは、その地域に溶け込んでなくてはならないものとなっていったのです。
ところで、世界的にも全国の水道から飲料水が供給される国というのは極稀だそうで、日本は数少ない飲み水に恵まれた国です。しかし、多くの東南アジア、アフリカ諸国ではそういうわけにはいかないのは想像に難くないところです。
●SDGsでもきれいな水の提供が目標に!
最近の流行語のように耳にすることとなったSDGsにも、その6番目に「2030年までに、すべての人々の、安全で安価な飲料水の普遍的かつ衡平なアクセスを達成する」という目標があります。
世界人口のおよそ3割にあたる、22億人が安全に管理された飲み水を使用できていないのだそうで、その人々とは、例えば、人や動物の排泄物から十分に保護されていない井戸、泉、川、運河といった水源から得ていたり、自宅から待ち時間も含め30分以上の時間をかけないと水を汲むことができない地域に住んでいたりするのだそうです。普段、蛇口をひねるだけで、いくらでも飲み水が出てくる我々がいかに幸せかがわかります。
ヤマハ発動機では、そういった水事情に恵まれていない国々へ、「ヤマハクリーンウォーターシステム」を提供していますが、そのきっかけとなったのは、1974年にインドネシアに二輪製造工場を設立したことに起因します。1980年代に駐在員からの「水道水が茶色く濁って困っている」という声に応えるため、井戸・水道水を浄水する家庭用浄水装置の開発に着手、1991年には家庭用浄水器を販売開始します。
2000年になると、浄水器を買える富裕層でなく、浄水器すら買えない低所得層、農村部の人のほうが安全な水へのニーズは圧倒的に高いということで、河川などを利用したコミュニティーに安全な水を提供する目的の浄水装置の開発を開始。2010年にはインドネシアで「クリーンウォーターシステム」を販売開始、2012年にグローバル展開して、2021年現在は東南アジア、アフリカなどの15ヵ国42基が稼働中だそうです。
システムは、泥やゴミを取り去り、バイオ槽で藻類の光合成による溶存酸素を増加させ、緩速ろ過槽の表面による微生物濾過膜と砂槽による金属、細菌の除去を行い、次亜塩素酸による殺菌消毒を行うというシンプルなもの。
最後の殺菌消毒を行うための次亜塩素酸=塩素パウダーは安価なもので現地調達とし、隔週でタンクへの補給が必要となります。タンク類は主にインドネシアから、砂や砂利は最適なものが必要とのことから、意外にも日本から運んでいるんだそう。
その「クリーンウォーターシステム」の特徴は、凝固剤やフィルターを使用せず、砂や砂利の交換も不要でランニングコストが低い。メンテナンスが容易。そして住民による自主運営が可能ということです。また、どうしても必要となる水を汲み上げるポンプ動力の電源は、ソーラーパネルによってまかなうことも可能です。
システムは大型、小型の二種類があり、大型で8000L/日、小型のもので2500L/日の処理能力があります。目安としてこれは、大型のものだと1家族5人として約400世帯、小型だと同じく約125世帯に対しWHOの基準に準拠した飲み水をまかなえるのだそうです。
設置したらどういうことが起きるか。まず、衛生意識の向上。下痢、疾病、皮膚病の減少。そして女性や子どもの水汲み、水運びという水労働からの開放。さらには近隣の村への水宅配ビジネスに繋がることもあるとか。
ヤマハ発動機では設置後も、集落内に管理委員会の必要性を唱えたり、ある程度のメンテナンス、塩素パウダーの購入や投入のための運営費として水利用料の徴収制度を教えたり、病気が減った数などの調査を行うこともやっており、ここでも「売りっぱなしではダメ」精神が生きているようです。
●社員が現地で寸劇によって水の重要を伝える
そんな「クリーンウォーターシステム」導入にあたり、とても興味深いエピソードがあります。
日本人がほとんど訪れなさそうな、水事情も電気事情も当然良くはない場所で、まずはいかにきれいな水が必要であるかを現地の人々に理解してもらうかが重要です。なぜなら、きれいな水を普段使える経験がなく、そのメリットがわからないことには、水処理システムを導入しようとか、運用していこうという気になるはずがありません。結果、知らないうちに罹ってしまう病気も減るわけがありません。
そこで、そんな不便な現地でヤマハ発動機社員が取った行動は、インターネットにもタブレットにもテレビにも頼らず、紙芝居と寸劇によって「水が悪いとお腹を壊したり、病気になったりするんだよ」とパフォーマンス。子どもたちにも好評だっただけでなく、担当者もとてもやりがいがあり、満足感の高い仕事だったそうです。
こういう身体を張った活動をしているとは驚きでした。インターネットも携帯電話も生まれる前、国際電話だってそう簡単に繋がらなかった時代のインドネシアに二輪製造工場を設立した1974年頃であれば、現地人と打ち解けるためのそういったエピソードもありそうだな、と想像しますが、昭和が2つ前の元号になった令和の今だって、それはまったく変わっていないようです。
考えてみれば当たり前。まだ見ぬものを理解してもらうには、眼前で誠心誠意、身体を張って表現するのが最善で最良の手段なのは、時代とともに変化するものではないはずですね。
蛇口をひねれば当たり前に飲み水が出る。ネットに繋げば簡単に情報が得られる。そんな当たり前が世界中ではまだまだ当たり前でないことを我々はつい忘れがちです。なにもかもが簡単になったと思える時代だからこそ、そうではないまだまだこれから伸びゆく地域に出向いて、現地の人に幸せになってもらうのは、仕事という範疇を超え「人がやること」としてとてもやりがいを感じ、達成したときには自身も幸せを大いに感じられる瞬間でしょう。苦労は多いと思いますが、それに携われた人を羨ましく思えます。
「感動創造企業」を企業目的とするヤマハ発動機の製品ユーザーにも、それを創り、届ける社員にも得られる感動のひとつが、「クリーンウォーターシステム」の誕生、普及活動から見えてくる気がしました。
(クリッカー編集長 小林和久 資料提供:ヤマハ発動機)