「水素エンジン」カローラ、スーパー耐久3戦目の挑戦は「水素を運ぶ」?

■豊田章男社長曰く、水素エンジンは意志ある情熱

9月18日(土)〜19日(日)、鈴鹿サーキットで開催されたスーパー耐久レース第5戦。

水素エンジンを搭載したカローラスポーツは、この鈴鹿戦で3戦目のチャレンジをしました。今回のチャレンジでは水素を「使う、作る、運ぶ」という3つの要素の中から、特に「運ぶ」を重点テーマとしています。

水素エンジン搭載のカローラスポーツ
水素エンジン搭載のカローラスポーツ

18日(土)には、水素エンジン搭載カローラスポーツをドライブするMORIZO選手ことトヨタ自動車社長の豊田章男氏も登壇する記者会見が行われました。

トヨタ自動車 豊田章男社長
トヨタ自動車 豊田章男社長

豊田社長はカーボンニュートラルの選択肢として、EVだけにこだわらず、内燃機関として水素を燃焼させる水素エンジンも視野に入れることで、これまでの自動車業界を支えてきた関連企業の550万人の雇用を守るもの、としています。

その水素エンジンは、これまで基礎研究の段階であったところをスーパー耐久に参戦するということで研究の場を広げ、開発速度を一気にスピードアップしていくという狙いがありました。

GRカンパニー佐藤プレジデント
GRカンパニー佐藤恒治プレジデント

GAZOO RACINGカンパニーの佐藤恒治プレジデントによれば、デビュー戦だった富士24時間レース(5月21日-23日)ではベースエンジンであるGRヤリス用1.6L・3気筒ターボのG16E-GTSにインジェクターを水素対応としたものを搭載して、GRヤリスよりも10%低い出力となっていたところ、この鈴鹿戦ではG16E-GTSエンジンのノーマル状態である272馬力は出ているとのことです。

タイムとしては富士戦ではST-5クラスと同等だったところが、鈴鹿戦ではST-4クラスのタイムと同程度となっているようです。

水素エンジン搭載のカローラスポーツ
水素エンジン搭載のカローラスポーツ

ST-2クラスのGRヤリスと同程度の出力を出しているのにST-4クラス並み?と思われるかもしれませんが、参戦マシンにはリアシート部分を埋め尽くす水素タンクや様々な計測機器が搭載されているので、マシン重量的にはかなり重い状態となっているためにこのようなタイムとなっているとのことです。

水素エンジン
水素エンジンは既存のエンジンを改造したもの

また水素の充填時間が富士戦では5分程度だったところが、充填方法や充填経路の二重化などで約半分の2分30秒ほどに短縮しているところも開発の成果だということです。

また、この開発の進展に加え、水素エンジンでのプロジェクトに賛同するパートナーも増えてきており、トヨタ社長曰く「意志ある情熱の成果」とのこと。

●水素を「運ぶ」分野で川崎重工がパートナーに

今回の記者会見で最も大きな発表は、この水素エンジンのプロジェクトに川崎重工が賛同しパートナーとなったことです。

川崎重工 橋本康彦社長
川崎重工 橋本康彦社長

川崎重工株式会社の橋本康彦社長によれば、日本の電源開発株式会社(J-Power)がオーストラリアで褐炭に由来による水素を開発し、その輸送を川崎重工が建造した液化水素専用船「すいそ ふろんてぃあ」で日本へ運ぶというミッションを担うとのことです。

褐炭とは水分を多く含んだ石炭のことで、そのままでは燃料としては役に立たず、乾燥させると粒子状となって自然発火してしまうという厄介な素材です。しかし、ここからは水素を取り出すことができ、その際に発生する二酸化炭素も個別で回収できる技術が確立されているので地上にばらまかずに済むというものです。

その水素を取り出す際の動力源も、川崎重工が作る水素ガスタービンによる電力を使用し、また液化に必要なマイナス253度という温度もこの電源で作り出します。この技術で大量生産した水素を大型船舶で日本へ運べば、水素ガスの単価が一気に引き下げられ、使う側も用途が広がっていくという目論見が成り立ちます。

輸送に使用されたバイオ燃料ディーゼルトラック
輸送に使用されたバイオ燃料ディーゼルトラック

また、水素を日本国内で輸送する手段としては、現状の大型トラックやトレーラーヘッドに水素を使用したものが無いため、植物由来のバイオ燃料を使用したディーゼルが使用されています。

バイオ燃料も進化は著しく、これまでの穀物由来のものに加えて食用油の廃油を生成したバイオ燃料もあり、また開発段階では藻類や菌類によるバイオディーゼル燃料もあります。こちらも空気中の二酸化炭素を吸収した植物を再利用するという面で、カーボンフリーの一助となっています。

水素FCVの輸送トラック
水素FCVの輸送トラック

また中型や小型のトラックではすでに水素燃料電池車(FCV)が実用化されていますので、機材搬入などにはこのFCVトラックが使用されています。

今回の水素を「運ぶ」というテーマの中では徹底的にカーボンフリーが貫かれていたのです。

●未知の燃料に寛大なスーパー耐久

水素エンジンのカローラスポーツが走っていることで注目が集まるスーパー耐久。上はSUPER GTと同じFIA-GT3マシンから、下は1.5リッターのコンパクトカーまで全9クラスが混走する世界でも稀なシリーズ戦です。

水素充填の様子
水素充填の様子

水素エンジンのカローラスポーツがスーパー耐久に参戦する場合、パドック内に移動式の水素ステーションを設け水素を充填します。

移動式水素ステーション
移動式水素ステーション

あらゆるサーキットレースでこのような特例措置を行うのは、スーパー耐久だけといってもいいでしょう。

ディーゼルエンジンのマツダデミオ
ディーゼルエンジンのマツダデミオ

スーパー耐久がガソリン以外の燃料の使用を認めるのは水素が初めてではありません。それ以前には、ディーゼルエンジンのマツダデミオやアクセラの参戦を認め、デミオは2021年もシリーズ参戦しています。

水素エンジン搭載のカローラスポーツ
水素エンジン搭載のカローラスポーツ

自動車黎明期では、レースが自動車開発の現場として活用されていた時期がありました。水素エンジンやディーゼルエンジンの活躍により、再びレースが自動車開発の現場として脚光を浴びています。

自動車100年目の大改革と言われる昨今、まさに次世代エネルギーの黎明期と言えるのではないでしょうか?

(写真・文:松永 和浩

この記事の著者

松永 和浩 近影

松永 和浩

1966年丙午生まれ。東京都出身。大学では教育学部なのに電機関連会社で電気工事の現場監督や電気自動車用充電インフラの開発などを担当する会社員から紆余曲折を経て、自動車メディアでライターやフォトグラファーとして活動することになって現在に至ります。
3年に2台のペースで中古車を買い替える中古車マニア。中古車をいかに安く手に入れ、手間をかけずに長く乗るかということばかり考えています。
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