●好きなことだから学ぶのが楽しい
とかく男の世界と思われがちなモータースポーツの世界。ところが最近は競女カップやWシリーズなど、ドライバーを女性限定にしたカテゴリも発足するなど、モータースポーツに関わる女性も増えてきました。
そんなモータースポーツの中でも、ドライバーとしてではなく、あくまで主役を支えるかたちでモータースポーツに関わっている女性たちは、一体どんなところにモータースポーツの魅力を感じているのでしょう?
そんなちょっとした疑問を、実際にモータースポーツの現場にいる女性に聞いてみようというこの企画。
今回は全くの異業種からこの世界に飛び込んできた異色の経歴を持つ、池田久美子さんにお話を伺いました。
── まずは池田さんのお仕事内容を教えていただけますか?
「はじめまして、池田久美子と申します。私は今シーズン、スーパーGT33号車 X Worksのチームマネージャー兼通訳をやらせていただいています。基本的な業務内容としては、一般的なマネージャーさんと同じようにチーム全体の移動や宿泊などの手配だったり、レース前のGTAさんとのやりとりやレース当日の参加受付などがメインなのですが、プラスうちは海外チームなので首脳陣が香港やドイツの人間ということで、GTAさんとのやりとりの中で通訳や翻訳をやらせていただいています。」
── どちらかというと後者のほうがメインの業務になりますか?
「最初この業界に入った頃はやはりマネージャーとしてよりも通訳としてというほうが大きかったと思います。もちろんどちらの仕事も大切ではあるのですが、自分の技術を生かしてやらせていただいているという意味ではやはりその部分が大きいのかなと思います。」
「特に今年はコロナの影響もあって、どうしても海外から人が入って来れないものですから、GTA無線の通訳ですとか、よりメカニックサイドというか実際に走ることに対してのサポートも多く、本当に色々経験させていただいてありがたいなと思っています。」
── レース業界にはどういう経緯で入ってこられたんでしょう?
「最初のきっかけはなかなか変わっていると思うんですけど、元々私はフランス語の翻訳通訳を生業としていたのもあってフランスに留学、滞在していたんですが、ビザの関係で帰国しなければならなくなった事があったんです。もうかれこれ10年ほど前の話なんですが、その当時mixiっていうSNSがあって、帰国した時たまたまそのmixiの中にある車好きのコミュニティの中でWECとF1とWTCCの通訳アテンドの募集っていうのが出たんです。」
── それはどこかのチームからっていう事ですか?
「それが、私も最初怪しいところだといけないと思って調べたら、フランスに本社のあるプロスポーツの遠征をサポートする会社があるんですけど、その中国支社の代表の方がそれを書き込んでいたんですね。私はその頃フランスに戻りたいと思っていたので、その仕事がうまくいったらその会社が本社にわたしを呼んでくれるんじゃないか、もしかしたらビザが取れるんじゃないかと思ってダメ元で応募したら採用していただけたんです。」
── なるほど。そういうコミュニティに参加していたっていうことは元々クルマもお好きだったんでしょうか?
「そうですね、クルマは好きでした。ただ家族で私だけがクルマ好きだったので、サーキットに連れて行ってもらうとかっていうことはなかったですね。」
── いつ頃からクルマがお好きだったんですか?
「中学生の頃からですかね。F1が地上波でやってた頃はもちろん観てました。ただ夜中にやっていたので、そういうものに興味のない父には『早く寝なさいっ!』って怒られたりして。それでもやっぱりリアルタイムで観たかったので怒られながらも一人で観ていましたね。ただ、クルマは好きですけど自分がこういう世界に身を置くようになるとは思ってもいませんでした。」
── それで実際にその通訳アテンドの仕事はどんな感じだったんでしょう?
「初仕事は2012年の鈴鹿F1で小林可夢偉選手が表彰台に乗った時でした。その翌週には富士スピードウェイで開催初年度のWECも同じようにアテンドさせていただきました。その時、夕方の走行が終わったあとの時間帯にピットロードを写真を撮りながら歩いていたんです。そうしたらとあるチームのスタッフさんに呼び止められて。この世界のことはまだほとんどわからない状況だったのもあって最初はなにか撮っちゃいけないものでも撮っちゃったのかなとか何かやったらいけない事でもしてしまったかなとか思っていたら、イタリア人のスタッフが一緒に写真を撮りたいって言ってるんだけどって言われて(笑)」
── (笑)要は軽いナンパですね
「そうそう(笑)こっちは怒られるのかなって思っていたらそういう感じで結局そういうラテン系の明るい人達で、そこでいろいろ話をしていたら、たまたま手伝いに来ていた日本人のメカニックさんがいて、『もしそうやってレースが好きなんだったら、言葉が話せる人はこの業界には少ないし、そういう人にいてもらえると助かるので、もしよかったら(仕事として)やってみない?』ってお声がけいただいたんです。」
── そこでスカウトされたってことですね
「そうですね。ただお恥ずかしい話なんですがその時はレースの事は何もわからなかったので、まずはその日本人のメカさんのいるスーパー耐久のチームでレースがどういうものかとか、マネージャーがどういう事をするのか、どういう流れなのかっていうのをイチから勉強させていただきました。そうやって勉強させていただいた時にいろんな方ともお知り合いになれて、その繋がりからご紹介いただいて2014年よりスーパーGTでヒトツヤマさんのところにお世話になるようになりました。」
「ヒトツヤマさんのところでも当時リチャード・ライアンがドライバーとして参戦していて英語のコミュニケーションで困っていたのと、WRTという海外チームとのコラボレーションもあってフランス人のエンジニアやメカニックが来ていたので、その通訳とサポートを兼ねて5年間お仕事させていただきました。」
「その他にも日本人ドライバーさん達が現地チームからデイトナ24時間に出場した時にもサポートしてもらえると助かるという事で連れて行っていただいて初24時間レースも体験させていただいたり、去年はスーパーGTで720号車のマクラーレンのチームでアレックス・パロウとイギリス人のエンジニアのサポートをさせていただきました。」
「本当に私は凄く人に出逢う運というか、助けていただく運にとても恵まれているタイプだと思っていて、何かこう自分が困ったりしている時には本当にいろいろな方にお声がけいただいたり助けていただいて、気付いたらこういう形でお仕事させていただいているっていう感じなんです。」
── すると2012年から今年で9年という事ですね。フランスに戻りたかったと仰っていましたが、なぜ今でもここにいるんだと思いますか?
「そうですね。まずマネージャーと一言で言っても、もちろん優秀な方がたくさんいらっしゃるなかで、自分自身の特技を活かしながらだんだんやらせていただける事が増えてきて、自分の知識や経験が増えていくのが楽しかったですし、レースっていうのは結果が出る出ないっていうのはその時次第なんですけど、チームの一員として少しでも力になれるっていうのはやりがいがありますよね。」
「それから、私の場合は特に外人ドライバーとは仕事柄コミュニケーションを密に取ったりしますし、特にリチャードは長かったので本当にいろんな相談事もしていました。そういう絆っていうのもすごくやってて良かったなと思っています。」
「去年はスーパーフォーミュラでも無限さんにお世話になって、ご存知の通り去年はドライバーが2回も代わってそういうのも大変でしたけど、去年サポートしていたアレックス(・パロウ)とパトリシオ(・オワード)の2人が今シーズンはインディで頑張っていたり、SFの去年の最終戦に参戦したユーリ(・ビップス)はマカオGPでも活躍してF1チームのテストドライバーにも抜擢されて、なんか自分の子供たちが色々な同じステージで頑張ってるみたいな感じもしてすごく嬉しく感じています。」
「あと最近ではWTCRの時にはフランス人ドクターのアテンドで管制にも入れていただいたりとか、WECだとACOとのやり取りもあって主催者側のサポートもさせていただけますので、サーキットさんからメールの翻訳の依頼をいただく事もあります。」
── なるほど。レース業界ひとつとってもいろんなお仕事があるんですね
「この業界って普通に言葉ができるだけではダメで、専門用語があったり状況をわかってそれを伝えるって事が必要なんですよね。例えばイエローフラッグが振られるっていう事がどういう事かみたいな。だからものすごく言葉ができる人よりレースを知っている上で言葉ができる人が正直強い部分はあると思います。そういう意味ではレースが好きだからこそ勉強もするし正直苦にならないんですよね。だからお仕事させていただいてると、こんなに楽しい状況で色々経験させていただいてプラスお給料までいただけるなんてありがたいなって思います。」
── それは確かに辞められないですね(笑)
「レースですから結果が出るのがもちろん一番なんですけど、そうじゃなかったとしてもドライバーさんとメカさんとか、主催者サイドとチーム側とか、一緒にお仕事している人達が「ありがとう」とか「助かった」とか「こういうのやってもらえると嬉しい」っていうのを、言葉の問題で相手に伝えたくても伝えられない時に、ただ訳すだけじゃなくてうまく循環するための潤滑油のような立場に私がいると思っているので、それがうまくできた時にはやっていてよかったなと思います。」
── それは人と人との繋がりの架け橋のような存在って事なんでしょうね
「その通りだと思います。やはり人と話すのは好きですし、ドライバーさんに限らず国によってお国柄があって個性があったり元々の性格もあるんでしょうけど、言葉ができる事でそういう色んな国の人と一緒に仕事ができるっていうのもありがたいです。」
「過去に一緒に仕事をした人達の中には今でも連絡くれたりする人もたくさんいて、『今はここのサーキットに来てるよ』とかドライバーさんだったら『勝ったよ!』とか連絡くると『私も今ここだよ』とか『お互い頑張ろうね』とか、もちろんドライバーさんが勝ったら本当に嬉しくなります。この仕事に就いていなかったらそういう人たちとの繋がりがまったくないわけですから、本当に人生ってわからないですし、やっぱり好きな事を追い続けてよかったなと思います。」
──それでは最後に、池田さんと同じくクルマ好き、レース好きな方々に一言メッセージをお願いします
「私は元々クルマ業界の人間ではありませんでしたが、まさか自分の特技がこうして自分の好きだったクルマやレースの現場で活かすことができて本当に嬉しいし楽しくお仕事させていただいています。レースやクルマとは全く繋がりがなさそうな事でも実はレースやクルマ業界にとって役に立ったり必要な事っていうのは意外とあると思います。なのでアンテナを張っていたり、やっぱりサーキットっていう現場に来ることで気づいたりひょんなきっかけで繋がれたりすることもあると思うので、ぜひそういうことも少しだけ気にしながらレース観戦を楽しんでもらえたら、より一層レースが楽しめるのかなと思います。」
異業種からの転身にはいくつもの偶然や出会いがあって、自身の特技が人の役に立ってさらにその輪を広げる、まさに幸福のループを生み出す素になるんだっていうことを実感させてもらった今回のインタビューとなりました。皆さんも是非、その好きっていう気持ちを持ってモータースポーツに携わってみませんか?それでは次回もお楽しみに!
(H@ty)