北米進出とサーマルリアクター【マツダ100年史・第16回・第5章 その1】

【第16回・2020年7月16日公開】

1960年代後半、東洋工業のロータリーエンジン車は、国内で順調に台数を伸ばしました。この勢いで、より大きな市場である米国進出を目論見ますが、当時の米国の厳しい排ガス規制をクリアすることは困難でした。
米国規制をクリアするために開発されたのが、排気に新気(酸素)を投入して課題のHCとCOを燃焼させて低減する「サーマルリアクター(熱反応器)」です。これにより、1970年6月の「ファミリアロータリークーペ」を筆頭に、翌年からロータリーエンジン車を次々と投入し、米国でも圧倒的な人気を獲得しました。

第5章 排ガス規制とオイルショック(ロータリーの歴史2)

その1.北米進出とサーマルリアクター

●北米進出の課題

ロータリーエンジン車は、1967年のコスモスポーツに始まり、ファミリアシリーズ、ルーチェ、カペラと立て続けのフルラインナップ攻勢で、国内の販売台数を大きく伸ばしました。
この勢いで東洋工業は米国進出を計画しましたが、課題は排ガス規制対応でした。
当時すでに米国では自動車が原因とされる大気汚染が社会問題となっており、厳しい排ガス規制が施行されていました。しかも当時のロータリーエンジンの排ガスは、レシプロエンジンと比べるとNOx(窒素酸化物)は半分程度でしたが、CO(一酸化炭素)とHC(炭化水素)は5~10倍と多く、排ガス低減が至上命題でした。
東洋工業は、ロータリーエンジンの開発当初から排ガスの問題を認識し、早くから排ガス低減に取り組んでいました。燃焼の改良や、触媒などの後処理技術の改良を試み、サーマルリアクターによってHCとCOを低減する手法を見つけ出しました。

●サーマルリアクターとは

浄化性能の優れた触媒が存在しない時代に考えられたのがサーマルリアクターです。
サーマルリアクターとは、排気ポートの下流に装着した断熱性の高い集合容器(熱反応器)、またはシステム全体を指します。熱反応器にエアポンプからの新鮮な空気(酸素)を投入することで、未燃焼のCO とHCを燃焼させるシステムです。
サーマルリアクターは、一般的な「2次空気供給システム」の一種と位置付けられ、2次空気供給システムは、排気の脈動を利用して排気ポートへ新気を投入、あるいはエアポンプで強制的に新気を投入するシステム全般を指します。
サーマルリアクターでは、新気によるCOとHCの燃焼を、より促進するための熱反応器を備えるシステムと考えることができます。この方法で、COとHCを80~90%低減することができ、米国の排ガス規制に適合する目途が立ちました。

●ロータリーエンジン車の米国進出と成功

1970(昭和45)年、サーマルリアクター装着した「ファミリアクーペ」が、米国連邦政府の排出ガステストに合格して、生産を開始しました。
翌年には、「カペラロータリー」、「サバンナ」、「ルーチェロータリー」などロータリーエンジン車を中心に次々と米国市場に投入しました。

カペラ ロータリー。
カペラ ロータリー。
サバンナ。
サバンナ。
ルーチェ ロータリークーペ。
ルーチェ ロータリークーペ。

米国での販売台数は、1970年に2098台、1971年が20470台、1972年が57851台、1973年には11万9004台と爆発的に販売を伸ばし、その大半はロータリーエンジン車でした。
当時はガソリンが安く、燃費を気にしない大排気量エンジン車が一般的だった米国市場で、小型ながらハイウェイで力強い動力性能を発揮するロータリーエンジン車が人気を得ていたのです。特に新開発の最高出力120PS の12A型エンジンを搭載した「カペラロータリー」は、最高速度190km/h、ゼロヨン(0-400m)は15.7秒と、同クラスの中では圧倒的な動力性能を誇りました。
これによって1972(昭和47)年、米国のロードテスト誌による「インポート・カーオブザイヤー」を受賞するなど、海外で高い評価を受けました。
北米進出の朗報を聞いた後の1970年11月、松田恒次社長は永眠し、次期社長には長男の松田耕平が48歳の若さで就任しました。

(Mr.ソラン)

第17回につづく。


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この記事の著者

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Mr. ソラン

某自動車メーカーで30年以上、自動車の研究開発に携わってきた経験を持ち、古い技術から最新の技術までをやさしく解説することをモットーに執筆中。もともとはエンジン屋で、失敗や挫折を繰り返しながら、さまざまなエンジンの開発にチャレンジしてきました。
EVや燃料電池の開発が加速する一方で、内燃機関の熱効率はどこまで上げられるのか、まだまだ頑張れるはず、と考えて日々精進しています。夢は、好きな車で、大好きなワンコと一緒に、日本中の世界遺産を見て回ることです。
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