●数字を追わない「正直」なスタイルを模索。新型フィットの心地よいデザイン
「心地よさ」を前面に打ち出す新型フィットは、たしかに先代とデザインの方向性を大きく変えました。では、その心地よいスタイルはどのように導き出されたのでしょうか? エクステリアデザインをまとめた白氏に話を聞きました。
── まず最初に、造形上のキーワードである「用の美」は1920年代以降の民藝運動で用いられた概念・表現ですが、今回新型の開発でこの言葉を選んだ意図はどこにありますか?
「新型は4代目になりますが、そもそもフィットとはどういう存在なのかをあらためて考えたとき、やっぱりユーザー、人の役に立つためのものだろうと考えました。つまり「人の用」とも言うべき使い易さを持っているクルマですね。過去3代で築き上げたそのブランドを堅持しつつ、そこに新たな価値を加えたい。「用の美」はその象徴であって、必ずしも当時の民藝作品自体をモチーフにしたわけではないんです」
── 新型は「数字を追わないこと」を開発姿勢としましたが、これがデザインに影響することはあったのでしょうか?
「ありましたね。新型には「心地よい」というテーマもあって、これは安心とかリラックスなど人によって解釈が異なるのですが、少なくとも「見たこともない何か」じゃないだろうと。燃費や空間設計など、数字を前提とした従来の発想だと、いわゆる「正常進化」に陥ってしまうんですね。そうではなくて、もっと「正直」なカタチを打ち出すべきだと考えました」
── 新型は「柴犬」というキーワードが話題ですが(笑)、そもそも柴犬の持つ「日本らしさ」とは何を指しているのですか?
「実は、ニューヨークで偶然2代目と3代目のフィットを見たとき、周囲から「浮いて」見えたんですね。こんなにコンパクトなのに、必要なものがすべて揃っているのは実に日本的で、まさに「おもてなし」を感じた。同じコンパクトでも、たとえばフィアット500などとはまったく違う。そういう「クルマとしての思いやりのようなモノ」と言えるでしょうか」
── いわゆる「概念モデル」で全体をシンプルに表現しましたが、フロントに奥行きや立体感を与えたのはなぜですか?
「カタマリ感のあるボディとして、新型はリアエンブレムからフロントのエンブレムに向けて真っ直ぐに重心が通っている。その先端としてのフロントフェイスがグラフィック的では表現として弱く、ここは重心の勢いをしっかり受け止める立体の強さが必要なんですね。ランプ内も奥行きのサイズは変わっていないのですが、表現として生物の目のような深さ感が出るよう、内部のグラフィックを最後まで検証しました」
── カタマリ感を強めるにはピラーも太い方がよさそうですが、新型のAピラーは視界確保のために非常に細い。そのバランスをどう考えましたか?
「確かにピラーが太い方が一体感は出しやすいですね。今回、Aピラーはフードのカットラインと一致させてあたかも前方に突き刺さる表現としました。一方、リアピラーは逆台形で下向きに引っ張られ、その力をフェンダーに載せている。つまり、キャビンをテンションの掛かったテントで覆っているイメージで、結果、より強い一体感を出しているんです」
── 新型のシリーズのうち「クロスター」のみフロントの形状が異なりますが、これはいろいろ検討された結果ですか?
「いえ、これは最初からまったく別にすると考えていました。クロスターはシリーズの中でもターゲットが異なっていて、心地よさにアクティブさも加味したい。なので、バンパー表現にはあえて「従来のクルマ感」を出しています。もちろん、よくある「なんちゃってクロス」ではなく、プロテクターの細かな造形にもコストを掛けるなど、かなり完成度を上げています」
── 最後に。新型フィットのほか、「N-WGN」や「Honda e」など、ホンダのデザインが従来と大きく変化しています。フィットを含め、この変化は何を意味しているのでしょう?
「そうですね、いままでが間違いだったというより、あくまでもホンダの原点に戻るということでしょうか。単に「スポーティ」が重要なのではなくて、これまで積み重ねてきたことに立ち戻ると。ただ、こうしたシンプルな表現はいわばスッピンでの勝負で、誤魔化しがきかない高度な作業です。実は、今回フィットは他社をまったく意識せずに開発したのですが、そうした姿勢も大切になるかもしれませんね」
── 単に懐かしいということではない、時代に沿ったシンプルな造形を期待しています。本日はありがとうございました。
[語る人]
株式会社本田技術研究所
オートモービルセンター デザイン室 テクニカルデザインスタジオ
研究員 デザイナー
白 鐘國 氏
(インタビュー・すぎもと たかよし)