【訃報】トヨタ自動車顧問 豊田達郎氏が死去(88歳)部品共通化などで尽力

トヨタ自動車が1月6日、同社顧問(元社長)の豊田達郎氏(88歳)が肺炎で2017年12月30日(土)19時20分に亡くなったと発表しました。

豊田達郎氏は「発明王」豊田佐吉の孫で、父はトヨタの創業者 豊田喜一郎氏。兄は名誉会長の豊田章一郎氏で、豊田章男社長は甥(おい)にあたります。

東京大学工学部機械工学科を卒業して1953年4月にトヨタ自動車販売㈱に入社。

1980年9月にトヨタ自動車工業㈱取締役に就任後、1984年には米GMと設立した合弁会社「NUMMI」(New United Motor Manufacturing)の初代社長に就任し、米国市場の開拓に尽力。

1988年にトヨタ自動車㈱副社長に就任後、1992年9月から3年間に渡り、同社社長を務め、バブル経済の崩壊や円高進行で新車販売が低迷するなか、部品の共通化などで原価低減を精力的に推進しました。

葬儀は妻の豊田絢子さんを喪主に、近親者で内々に執り行なわれ、後日「お別れの会」を開催するそうです。

連絡先は同社のトヨタインスティテュート(元秘書部)とのこと。

Avanti Yasunori

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大手自動車会社で人生長きに渡って自動車開発に携わった後、2011年5月から「clicccar」で新車に関する話題や速報を中心に執筆をスタート、現在に至る。幼少の頃から根っからのクルマ好きで、免許取得後10台以上のクルマを乗り継ぐが、中でもソレックスキャブ搭載のヤマハ製2T‐Gエンジンを積むTA22型「セリカ 1600GTV」は、色々と手を入れていたこともあり、思い出深い一台となっている。趣味は楽器演奏で、エレキギターやアンプ、エフェクター等の収集癖を持つ。