ジャガー・カーズの前身は、今から94年前に創業の側車(オートバイのサイドカー)屋まで遡れる。けど、そこまで振り返ると物語が壮大に過ぎて、今のジャガーとの脈絡図り難くなる。
クルマの側から眺めて今のジャガーの基礎体系を固めたモデルは、いささか乱暴な言い方だけど1968年に発表されたXJ6(&12)シリーズじゃないか。
歴代ジャガー・モデルに共通するコンセプトはGrace(優雅さ)、Pace(速さ)、Space(広さ)って事だが、XJはまさに何処を切っても、そつなくそれ等の持ち味を備えていた。ただしそれは、70年代以前の価値観に照らしてだけれど。
此奴ぁ86年まで18年間もシリーズを重ねて作り込まれたんもんだが、同時にそれはイギリスの経済不況の只中で築かれた足跡だから、輝きだけで無く多くの時代の影も背負いこんだ作品て事も言える。
まぁ工業製品として診ると、電気系統の脆弱さとか、日本の気候ではオーバヒート例もかなりあって、全般に信頼性は褒められたものでは無かったなぁ。でも、WW2を境に徐々に失われて行った幾つかの「英国製高級車ならではの風情」を、比較的身近に感じさせる存在として初代XJは、大きな役割を果たした。同時代のR.Rやベントレーも「信頼性の内実は大差ないレベル」なんだけど、価格は一層高かったから。
XJ6&12シリーズこそ70〜80年代のイギリスを代表できる「現実的な高級車?!」だった点は、おそらくは誰も否定できないと思うけれど。
このXJに、機械的信頼性がもたらされるのは86年発表のXJ40かな。これが実質的に創業者ライオンズの承認した最後のジャガーだね。その後XJは、94年のX300系を経て、2003年にフルアルミモノコックボディのX350に発展する。
で、ここまでのXJジャガーの立ち位置、日本車でいうところの「いつかはクラウン」に近いかも。
まず違う点から言うと、ジャガーはドライバーズカーの性格が強く、クラウンは概ねリヤパッセンジャーサイドのクルマという感じ。搭載エンジンや装備によって価格差はかなり幅が大きく、上級モデルは専ら個人所有車に、ベーシックから中級モデルはジャガーの場合、カンパニーカーって呼ばれる「企業の管理職級に貸与される社用車」需要に生産が支えられていた。
クラウン等が、その頃の日本を代表する高級車だった一方、タクシーやハイヤー等の特定需要に支えられていたのに似ているだろう。
以上のベクトルが明確に変化し始めたのは、比較的最近のこと。
XJ系で眺めれば09年に発表された現行X351系からだけれど、それはむしろ、その前年に発表された一回り小さいX250(初代XF)の方に、より意味が大きかった。
経営母体がいくつも変転したジャガーだけど、フォードに時代を経て現在のタタ・モータース傘下に収まったのを機に、以降ジャガーのモデルコンセプトはかなり大きな方向転換を図ってる。
一言で言えば、それまでのオフィシャルやビジネスライクなスタイル重視とは趣が違う、プライベートカーとしてのカジュアルでスポーティなスタイリスト、とでも言おうか。初代XFは、まさにその先鞭を打ったモデルだろうな。
勿論、ドライバーズカーである事の軸足は何一つ外さない。のだけど、ジャガー全体のイメージがそれ以前よりモダーンで軽快、かつ様々なステージにマッチできるクルマへと柔軟に変貌を遂げたわけだ。
その一環として、より広いフィールドでジャガーならではの持ち味を満喫させる、舗装路から踏み出せるジャガー初のクロスオーバーモデルが、「F-PACE=エフ-ペイス」として生まれ出たって話だ。
勿論そこには、Grace、Pace、Spaceという、ジャガーの基本理念が、新しい時代と多様な環境にマッチできる形としてアレンジされ、確と受け継がれている。
(鈴木誠男)