動物、爬虫類に比べ、魚由来のクルマ名は少ないようです。そのさかなカーに遭遇したのは、イタリア・コモ湖畔のメルセデス-ベンツ先進デザイン・スタジオでした。ここに立ち寄ったのは2006年発売の新型Sクラス W221試乗の途中でした。17世紀建築という瀟洒な館でデザイナーたちが未来を探索していました。
脱線しますが、W221の印象は強烈でした。まず、ナウだともっていたフロアのATセレクターレバーではなく、ステアリングコラムから生えた短いレバーに変わったこと、ミリ波レーダーなる日本ではずーっと先と思っていた検知システムを用いた最新ディストロニック・クルーズコントロールのすごさ、合成音声ナビの英語の発音が不明瞭で、同じところをぐるぐる回ったことでした(アメリカ人友人も迷子仲間)。
さてデザイン・スタジオで発見したのが 「バイオニックカー」です。バイオニックとは、たしか1950年代の造語で、生物学的と機械を合成した新創造物のこと。1970年代後半のテレビシリーズ、『バイオニック・ウーマン』で有名になりました。サイボーグなる言葉もこの頃の造語だったと思います。
さて、ダイムラー-クライスラー(当時名)先進部門デザイナーたち、ミナミハコフグ、英名黄色ボックスフィッシュに着眼しました。サンゴ礁に生息する魚で、若い時期は鮮やかな色と黒い斑点が特徴で、鑑賞魚としても人気があります。危機が迫ると皮膚から毒液を放出し、他の魚に被害を及ぼすので、混合飼育はご注意を。
さて、デザイナーたち、ミナミハコフグがホンモノ、水槽の疑似サンゴ礁をひょこひょこ抜い、活発に泳ぐ姿から、優れたハイドロダイナミックス=空力と推測しました。そこで頭部が太く、テールをしぼりこんだデザインとしたのです。発表した空力係数Cd=0.19は、当時の少数生産車のベスト、米GMのEV1のCd=0.195より優れていました。
1.9Lターボディーゼル出力100kW、0-92km/h加速8秒、最高速190km/hの俊敏を誇りました。
コンセプトカーの身上の一つは話題性。メルセデス-ベンツ・バイオニックについても論議百出。「カワイイ!」、「ギャッ」、「ウッソ」などなどから、英王立学会、オランダ、アメリカ大学研究者からの反論まで出ました。研究者は、ミナミハコフグのサンゴ礁での俊敏性は、流体力学形状の洗練ではなく、むしろ根本的不安定とそれを克服する補機(尾びれなど)の巧妙な使いかたにあると論じました。いずれでもいいでしょう。バイオニック、愛嬌のあるデザインですよね。