目次
■車の冷却系システムとは
シリンダー内の燃焼ガスは2000Kにも達し、それらの熱を受けてシリンダーヘッドやピストン、シリンダーは高温になります。エンジン部品を適度に冷やす、また冷やしすぎず適度に温めるのが、冷却システムの役目です。
適正にエンジン水温を制御している冷却系システムの全体像について、解説していきます。
エンジンはどのように冷却されるのか
小排気量のオートバイには空冷式のエンジンもありますが、通常車は水冷式の冷却システムを採用しています。水は、最も比熱が大きく「温まりにくく、冷めにくい」特性があり、言い換えると水はもっとも熱を吸収しやすい物質です。
水冷エンジンでは、温度が上昇しやすい吸・排気弁やシリンダー周りに水通路(ウォータージャケット)を設けて、ウォーターポンプによって冷却水を循環させています。エンジン内部を冷却して高温になった冷却水は、フロントグリルのすぐ後ろに設置されたラジエターに送られます。ラジエターは、車の走行風によって冷却水を冷やしてからエンジンに戻して、循環させながらエンジン水温を80~85度に制御します。
エンジンのウォータージャケット
ウォータージャケットには、効率良く冷却する以外にも、冷態時には早期暖気を実現することが求められます。冷却水の流れのパターンによって、シリンダーヘッドとシリンダーブロックの2系統冷却やヘッド先行冷却など、さまざまな冷却方法が採用されています。
冷却水は、補機ベルトを介してクランクシャフトで駆動するウォーターポンプで循環させます。
最近はHEVを中心に、電動ウォーターポンプの採用も進んでいます。要求回転数で駆動させることによる冷却性能の最適化、駆動損失低減による燃費向上が大きなメリットです。
ラジエターと冷却ファンの役割
熱交換器のラジエターは、上下に設けられたタンク間を数多くのウォーターチューブ(水管)で繋いで、冷却水が移動する間に放熱して冷やします。さらに、ウォーターチューブ間にフィンを設けて、走行風への放熱を促進しています。
車速が上がるほど冷却性能は向上しますが、低速時やアイドル時は、走行風が少ないので冷却性能が低下します。冷却性を確保するために、通常はラジエター背面に電動冷却ファンを装備して熱を拡散します。
エンジン水温を制御するサーモスタット
始動直後はエンジン水温が低いので、暖気を促進するため、ラジエターを通さずエンジンのウォータージャケット内だけで循環させます。 その後エンジン水温が(80度前後)規定値以上になると、サーモスタットが開いて冷却水はエンジンとラジエター間を循環し始めます。
サーモスタットの開閉温度は、車やエンジンの特性で決定します。
サーモスタットは、通常はワックス・ペレット型が使用されています。ワックスが温度によって膨張することを利用して、バルブが開閉する機構です。 最近は、電動のサーモスタットも出現しています。
かつてはエンジンの耐久性を重視して、オーバーヒートしないことを最優先にエンジン水温を制御していました。最近は「サーマルマネージメント」という言葉がよく使われます。 エンジンの燃費・排出ガス・性能すべてを向上させるために冷却系全体を効率良く制御するのが、サーマルマネージメントです。
本章では、適切にエンジンを冷やし冷態時には急速に温める冷却系システムについて、詳細に解説します。
■エンジンの冷却とは
エンジンの内部には、ウォータージャケット(水路)が設けてあり、冷却水を循環させることによって高温化したエンジン内部や部品を冷やしたり、冷態時には温めたりします。
エンジン本体の冷却システムの仕組みや働きについて、解説していきます。
冷却性能が不足すると何が起こる?
シリンダー内の燃焼ガスは2000Kにも達し、それらの熱を受けてシリンダーヘッドやピストン、シリンダーは高温になります。冷却性能が十分でないと、以下のような問題が発生します。
・エンジン部品が許容温度を超えることによる急激な強度低下
・シリンダーやピストンの熱歪や熱膨張によるフリクション増大や摺動部の焼き付き
・潤滑油の粘度低下によるカーボンデポジット(堆積)や潤滑不良による摺動部の焼き付き
・燃焼温度の上昇によるプレイグ(過早着火)やノッキングなどの異常燃焼の発生
冷却水の流れ
燃焼室壁面やシリンダー内面などは、直接燃焼火炎と接触して表面温度が上がります。そのため、周辺にはウォータージャケットを設けて冷却しています。受熱した冷却水は、補機ベルトを介してクランクシャフトで駆動させるウォーターポンプで熱交換器ラジエターに送られます。
ラジエターで冷やされた冷却水は、再びエンジンに戻されてエンジンとラジエター間を循環します。エンジンとラジエターの間には、設定エンジン水温(80度前後)で経路を開閉するサーモスタットを装着して、エンジン水温を適正に制御します。
2つの冷却水制御方式
冷却水を制御する方法には、サーモスタットをエンジン出口に配置するインライン方式と、入口に配置するボトムバイパス方式があります。
・インライン方式
サーモスタットが出口(シリンダー上部)にあるので、エア抜きや取り扱いが容易です。始動後、水温が上がってサーモスタットが開いたときに、エンジン側とラジエター側の水温差が大きく、水温変動が大きいという課題があります。
・ボトムバイパス方式
サーモスタットの開閉がきめ細かくできるので、比較的容易に水温が制御できます。サーモスタットがシリンダーより下に配置されるので、エア抜きバルブが必要です。
コストはかかりますが、現状は制御性に優れたボトムバイパス方式が主流になっています。
ウォーターポンプ
ウォーターポンプは板金や樹脂製の渦巻き型のポンプです。エンジンと連動しているので回転が上がるほど流速が上がり、冷却性能が向上します。低回転時には流量は低下しますが、エンジンの発熱量も減少するため、熱量収支はバランスします。
最近はHEVを中心に電動ウォーターポンプの採用も進んでいます。要求回転数で駆動させることによる冷却性能の最適化、駆動損失低減による燃費向上が大きなメリットです。
ロングライフクーラント
車の冷却水は、水にエチレングリコールを主成分とするLLC(ロングライフクーラント)を30~50%程度混入して使います。
混合する目的は、寒冷時の凍結防止、金属やゴムホースの腐食や劣化の防止、ウォーターポンプで発生する気泡の抑制です。
かつては、ガソリンエンジンのノッキングを抑えるために、燃焼室の壁面温度を下げることに注力していました。一方で、冷やしすぎると冷却損失が大きくなり、熱効率が下がるというジレンマがありました。
運転状況や環境条件に応じてきめ細かく制御する「サーマルマネージメント」に注力して、冷却システムを設計しています。
■ラジエターとは
エンジンの発熱の一部を受熱した冷却水を、走行風で冷却するのが熱交換器ラジエターの役目です。走行風を受けやすいようにフロントグリルのすぐ後ろに設置され、冷却水の熱を放熱します。
エンジンの冷却性能を決定づけるラジエターの構造や性能について、解説していきます。
ラジエターの構造と重要な役目
シリンダー内の燃焼による発熱で高温になった冷却水は、ラジエターに送られて冷やされます。冷えた冷却水は、再びエンジンに戻され、エンジンとラジエター間を循環します。このエンジンとラジエター間の循環によって、冷却水は適正な温度に維持されます。
走行風が十分に得られない低速やアイドル時などで冷却性能が不足する場合は、ラジエターの後方に冷却ファンを装備します。
ラジエターには、プレートフィン型とコルゲートフィン型がありますが、車では小型軽量しやすいコルゲートフィン型が主流です。
アッパータンクとロアタンクを、数多くのウォーターチューブ(水管)で繋ぎ、チューブとチューブの間に波板状のフィン(コルゲートフィン)を設けています。また、フィン自体にルーバーを設けて放熱性能の向上を図っています。
冷却水の流し方には、上から下に流すダウンフロー型と、水平方向に流すクロスフロー型があります。日本ではダウンフロー型が一般的ですが、放熱性能に優れるクロスフロー型が高出力車を中心に増えています。材質としては、軽量なアルミ合金製が主流となっています。
ラジエターキャップによる圧力調整
ラジエターは、内部の圧力が約1~2kg/cm2かかるようにした加圧密閉式です。これは、圧がかかった分だけ沸点が高くなり、沸騰し難い分、外気温との差が大きくなって冷却効果が大きくなるからです。
冷却水は、走行とともに温度が上昇して、体積と圧力も増大します。そのままだとラジエターの破損にもつながるので、圧力が規定値以上になると上部に設置したラジエターキャップで余分な冷却水を逃がして圧力を保ちます。
一方で、車が停止して水温が下がるとラジエターの圧力も下がるので、今度は逆にキャップを通してリザーバーの水が引き戻されます。
冷却ファンの必要性
冷却ファンは、ラジエターの直後に設置します。走行風による冷却が期待できない低速やアイドル時、また外気が高温の場合に、ファンが回転してラジエターの熱を吸引して後方に拡散します。
ウォーターポンプと同軸にファンを装着したクランクシャフト駆動方式と、モーター電動ファンがあります。最近は、電子制御できる電動ファンが主流です。
そもそも横置きのFF車では、エンジン駆動の冷却ファンはラジエター直後に設置できません。エンジン駆動の冷却ファンは、FRのSUVなどの一部で採用されています。
ファンクラッチ
エンジン駆動の冷却ファンには、駆動損失を低減するために必要なときだけ駆動するファンクラッチ機構が付いています。ファンクラッチは、内部に充填されたオイルが熱によって膨張することで、クラッチプレートが断続する仕組みです。
半世紀も前の話ですが、低速でトロトロと登坂していると冷却性能不足によって、オーバーヒートすることがよくあったらしいです。
エンジンの出力が上がれば上がるほど、その分冷却性能も向上させる必要があり、高出力化とともに冷却性能も進化したと言えます。
■グリルシャッターとは
グリルシャッターは、フロントグリル背面に搭載したシャッターを開閉することによって、走行風を制御する装置です。ラジエターへの走行風を運転状況に応じて制御して、冷却・暖気性能と空力性能を最適化して、燃費を向上させる手法です。
車体の燃費向上手法のひとつとして注目されているグリルシャッターについて、解説していきます。
グリルシャッターの必要性
グリルシャッターは、ラジエターシャッター、アクティブシャッターとも呼ばれます。ポルシェなどのスポーツ車や多くの国産車、2012年にはトヨタがレクサスHEVからプリウスまで、HEV車を中心に積極的に採用しています。
エンジンの冷却水は、ラジエターが走行風を受けることによって冷却されます。冷却能力は、エンジンがどんなに厳しい条件でもオーバーヒートしないように設定されています。一方で、エンジン暖気運転や走行風が強い高速走行中には、過冷却の状況が発生します。
これを解決するのが、ラジエターへの走行風を制御するグリルシャッターです。
昔々の話ですが、寒冷地のトラックなどは、寒くなるとラジエターの一部を段ボールで塞いでラジエターが冷え過ぎないようにしていたそうです。制御性の良くない昔の車では、寒いときに冷えすぎて、走行してもなかなかエンジンが温まらないという状況があったようです。
グリルシャッターの狙い
走行風は、グリルとラジエターを通過して、エンジンルームに入って床下に流れていきます。この流れでラジエターとエンジンを冷却しますが、流れのパターンは空力性能に大きな影響を与えます。
グリルシャッターは、走行状況やエンジンの暖気状態に応じてシャッターを自動開閉し、最適な冷却・暖気性能と空力性能を実現します。冷却が必要な場合はシャッターを開き、暖気を促進したい場合はシャッターを閉じて走行風を遮断します。特に暖気運転中の燃費が弱点のHEV車では、グリルシャッターによる暖気促進は効果的です。
また、高速走行のような十分な冷却能力がある場合も、シャッターを閉じて空力性能を改善して、高速燃費を向上させます。
冬にHEVの燃費が悪化する理由
頻繁にアイドルストップを行うHEVでは、冷態時の燃費悪化が目立ちます。暖機運転中は、室内の暖房機能を維持するために、アイドルストップをしないように制御しているためです。発売当初のHEVには、冬季の燃費が良くないという評判がありました。
グリルシャッターの制御
グリルシャッターは、一般的には樹脂製でグリルの背面に搭載して、モーターによって自動開閉します。車速をベースに、外気温やエアコンの作動状況に応じて開閉制御します。
エンジンが十分に暖まった通常の走行状態では、グリルシャッターは冷却性能を重視して開いています。
グリルシャッターが閉じるのは、冷態時で暖気を促進する場合、また高速走行で過冷却を防止する場合などです。シャッターを閉じることによって、グリル前面で受け止めた走行風を床下に導き、整流効果によって空力性能を向上させる効果もあります。
また、エアコンの作動状況(冷媒圧)を検知して、車速や外気温に応じてシャッターを開閉制御します。
グリルシャッターの開閉によって、エンジンの冷却性と暖気性を両立できます。同時に、空力を改良することによって高速燃費を、暖気促進で実用燃費を改良できる有効な手段です。
比較的簡単な装置なので、国産車、輸入車を問わず、採用車が増えています。トヨタの新型「クラウン」や新型「プリウス」、レクサス「RX」、日産の「エクストレイル」、マツダの「CX-60」、ホンダ「CR-V」、スバル「フォレスター」などほとんどのメーカーが採用を進めており、今後も採用が増えることが予想されます。
■空冷エンジンとは
すでに自動車用エンジンとしては市場から姿を消して久しい空冷エンジンですが、現在主流の水冷エンジンに対してどのような特徴があるのでしょうか。
空冷エンジンは、自動車用として何が問題でなぜ消えていったのか、解説していきます。
空冷エンジンと水冷エンジンの違い
現在すべての自動車用エンジンは、エンジン内部に冷却水を循環させて冷却する水冷エンジンです。一方、空冷エンジンは外気や走行風だけで冷却するシステムで、市場からは消えていきました。
水冷エンジンでは、温度が上昇しやすい燃焼室やシリンダー周りにウォータージャケット(水通路)を設けています。エンジン内部を冷却して高温になった冷却水は、ウォーターポンプによってラジエターに送られます。ラジエターは、車の走行風によって冷却水を冷やしてからエンジンに戻し、循環させながらエンジン水温を80度程度に制御します。
空冷エンジンでは、外気で冷却するためシリンダーヘッドやシリンダーブロックに、放熱を促進するための冷却フィンを装着します。自然空冷と強制空冷タイプがあり、自然空冷は走行風だけで冷却し、強制空冷はエンジンで駆動する冷却ファンを利用して冷却します。
空冷エンジンのメリットと解決できなかった課題
空冷エンジンのメリットは、何といってもシンプルで低コストなことです。ウォータージャケットがなく構造が簡単で、部品点数が少なく製造も簡単です。
最大の課題は、冷却能力不足と気筒ごとの冷却性の不均一です。冷却性能が十分でないと、以下のような問題が発生します。
・エンジン部品が許容温度を超えることによる急激な強度低下
・シリンダーやピストンの熱歪や熱膨張によるフリクション増大や摺動部の焼き付き
・潤滑油の粘度低下によるカーボンデポジット(堆積)や潤滑不良による摺動部の焼き付き
・燃焼温度の上昇によるプレイグ(過早着火)やノッキングなどの異常燃焼の発生
空冷エンジンはなぜ消えたのか
水冷エンジンでは、運転状況によらず冷却水温が80度前後に制御されるため、エンジン各部の温度は安定します。空冷エンジンでは運転状況や冷却状況によって、エンジン各部の温度は変化します。
エンジンの温度制御ができないため、圧縮比が上げられず、燃費や出力、排出ガス性能は水冷エンジンに比べると大きく劣ります。また、エンジン内部にウォータージャケットがないため、シリンダー内で発生する燃焼音や機械音が直接放射され、エンジン音が大きいという課題もありました。
さらに、オイル温度と主要部品の温度が上がりやすくなるため、耐久信頼性についても水冷エンジンには太刀打ちできませんでした。
空冷エンジンの採用例
空冷エンジンにこだわった本田宗一郎の話は有名です。技術者の大反対を押し切って、部下との確執の中で1969年に「ホンダ1300」が発売されました。搭載された1300ccの空冷エンジンは、空冷式の弱点を露呈する形で市場の評価は得られず、早々に生産中止になりました。これを機に、ホンダは空冷エンジンから完全に撤退しました。
空冷エンジンで有名だった1964年発売のポルシェ911も、1998年には水冷式エンジンに変わりました。またフォルクスワーゲン・タイプ1も2003年に生産を止め、乗用車用の空冷エンジンは市場から完全に消えました。
すでに自動車用エンジンとして絶滅した空冷エンジンですが、「安かろう悪かろう」の世界から脱却できそうもないので、今後の復活は難しいと思います。
何事も成り行きでなく制御できないと、燃費や排出ガスの厳しい要求には応えられません。
■ピストンとは
燃焼温度が上がりやすい過給エンジンや圧縮比が高いディーゼルエンジンでは、ピストン温度が上昇しやすくなります。これらのエンジンには、ピストン冷却のためピストン裏面にオイルを噴射するオイルジェットが採用されています。
ピストンの冷却と潤滑を強化するオイルジェットの仕組みについて、解説していきます。
ピストンの冷却と潤滑
ピストンは、高速で往復運動しながら、その頂面は高温の燃焼火炎と直接接触します。その上、ピストンは冷却水を直接通して冷やすことができないので、エンジンの中でも冷却性や潤滑性が最も厳しい部品です。
燃焼によってピストンが受けた熱は、ピストンリングから油膜を介してシリンダー、ウォータージャケットへと放熱されます。ただし、これだけでは不十分なので、通常はコンロッド大端部にオイル穴をあけて、そこからピストン裏面にオイルを噴射するオイルジェットを採用しています。
また、燃焼温度が上がりやすい高出力エンジンでは、冷却用の通路とジェットプラグを新設して、さらに冷却を強化したオイルジェットを装備しています。噴射したオイルによって、シリンダーの潤滑も強化されます。
アルミ製ピストンが溶けない理由
ピストンは、通常アルミ合金製です。アルミは約660度で溶けますが、ピストンは最高で2000K以上の燃焼火炎と直接接触しても、溶けることはありません。ピストンを冷却することで、火炎とピストン表面にできる薄い空気の境界層が、溶解を防止しているのです。
水を入れた紙コップに火を近づけても、燃えない現象と同じです。
2つのオイルジェット方式
一般的に採用されているオイルジェットは、コンロッド大端部の小穴から、ピストン裏面に向かってオイルを噴射する方法です。オイルポンプから、潤滑のためにクランクシャフト軸受け部、コンロッド軸受け(大端)部へと圧送されたオイルの一部を、ピストン裏面に向けて噴射します。
さらに冷却効果を強化するオイルジェットは、ジェット専用のオイル通路を新設して、シリンダー下部に装着したジェットプラグからピストン裏面に向かって噴射します。高出力のガソリン過給エンジンやディーゼルエンジンは、燃焼温度が高くピストン温度が上昇しやすいため、採用しています。
オイルジェットでピストンを冷却すると、受熱によってオイル自体の温度が場合によっては5度以上上昇します。また、高出力エンジンはそもそも発熱量が大きいこともあり、オイル温度を低減させるためにオイルクーラーを搭載するケースが多いです。
クリーリングチャンネル付きピストン
ピストンの冷却をさらに強化する場合、オイルジェットに加えてピストントップランドの内側にドーナツ型のクーリングチャンネル(オイル循環路)を設けます。
オイルジェットは、クーリングチャンネルの入口めがけてオイルを噴射して、クーリングチャンネルを通って内面を冷却しながら反対側の出口から落下します。
最近のピストンは、軽量化のためにトップランド部やスカート部の駄肉をなくしています。そのため、一般の小型エンジン用ピストンでクーリングチャンネルを形成するのは難しく、多くはディーゼルエンジン用ピストンに採用されています。
ただし、F1などのレース車や高出力スポーツ車用のエンジンの多くは、オイルジェットとピストンのクーリングチャンネルを組み合わせています。
厳しい環境下で使用されるピストンには、冷却性と潤滑性を確保するためにさまざまな技術が組み込まれています。
オイルジェットは古くからある高出力エンジンのための冷却・潤滑強化技術ですが、最近はピストンを冷却してノッキングを抑える効果も期待して、NA(無過給)エンジンでも採用例が増えています。
■シリンダー上下の温度差制御とは
エンジンのシリンダー壁面は、周辺のウォータージャケットの冷却水(約80度)で冷却していますが、燃焼室に接しているシリンダー上部と下部の壁面には温度差が発生します。
シリンダー壁面温度の均一化を図る手法「ウォータージャケット・スペーサー」の仕組みと効果について、解説していきます。
シリンダー上下壁面に温度差が生まれる理由
エンジンの燃焼火炎が直接触れる燃焼室壁面とシリンダー壁面は、周辺のウォータージャケットの冷却水で冷却しています。シリンダー壁面の冷却水は、エンジン前方のウォーターポンプから圧送され、各気筒のシリンダー壁を冷却しながらシリンダーヘッドに向かって上方に流れていきます。
燃焼ガスの温度は、上死点近傍で最も高くなり、ピストンの下降とともに膨張して下がります。たとえシリンダー周辺の冷却水が均一に流れたとしても、シリンダー壁面温度は上部ほど高くなります。
シリンダー上下壁面の温度差の問題点
シリンダー上下壁面に温度差が発生すると、2つの問題が発生します。
1つ目の問題は、熱膨張によるシリンダー内径差です。シリンダー上部と下部の内径差が発生すると、ピストンの上下摺動によるフリクションが大きくなり、燃費が悪化します。最悪の場合は、ピストンの焼き付きが発生します。
2つ目は、上部の壁面温度が高いことでノッキングが発生しやすくなることです。ノッキングは、点火によって発生した火炎が燃焼室全域に広がる前に、高温になった混合ガスが自着火する現象です。壁面温度が高いほど、ノッキングは発生しやすくなります。ノッキングが発生しやすいと圧縮比が上げられず、燃費や出力にとっては不利です。
ウォータージャケット・スペーサー
エンジン内の冷却水の流れは、一般には熱流体のCAE技術などを活用して最適化しています。トヨタは、ウォータージャケットの流れを制御するウォータージャケット・スペーサーを採用しています。
スペーサーは、シリンダー周りのウォータージャケット下部の全周に挿入し、板バネ機構によって保温剤を内面に固定します。ゴム製の保温材は、冷却水温が80度になると膨張してシリンダー壁面に密着します。壁面にゴムが密着することで、シリンダー下部の壁面を保温します。
またスペーサーの挿入によって、下部ジャケットの流路が絞られるため、上部の流れが促進される効果もあります。
ウォータージャケット・スペーサーの効果
スペーサーの挿入によって、シリンダー上部の冷却水の流れが促進され、壁面温度が低下します。上部の壁面温度が低減することで、ノッキングが抑制されます。
ノッキングの発生が抑えられれば、圧縮比が高められ燃費と出力が向上します。
一方、シリンダー下部の壁面温度はスペーサーの保温効果によって上昇し、上下の温度差が縮小します。温度差がなくなることによって、熱膨張によるシリンダーの歪が軽減されてピストンとシリンダー間のフリクションが低減します。フリクションが下がれば、燃費は向上します。
ノッキングを抑えることは、ガソリンエンジンの永遠のテーマであり、温度が高い燃焼室壁面を積極的に冷却するのが基本です。また、シリンダーの歪みを抑えてフリクションを低減することも、古くから試みられている手法です。
ウォータージャケット・スペーサーは、その両方を同時に改良するユニークな手法です。
■シリンダーヘッドとシリンダーブロックとは
エンジンの燃焼室壁面やシリンダー内面、ピストン上面は、直接燃焼火炎と接触するため壁面温度が上昇します。そのため、周囲にはウォータージャケットを設けて、冷却水を循環させることで冷却しています。
エンジン本体の冷却を担っているウォータージャケットによる冷却手法について、解説していきます。
エンジン冷却の必要性
エンジンの燃焼室壁面やシリンダー内面、ピストンの壁面温度は高温になるため、周辺にはウォータージャケットを設けて冷却しています。ウォータージャケットで受熱した冷却水は、ラジエターに送られて冷やされ、再びエンジンに戻されます。
特に冷却が必要なのは、壁面温度が上がりやすいシリンダー上部と燃焼室の排気弁周り、ピストン頂面です。これらの部品の温度が過度に上昇すると、熱変形による壁面の亀裂や、シリンダー壁面の油幕切れに起因する潤滑不良が起こります。最悪の場合は、ピストン・シリンダー間の焼き付きが発生します。
また燃焼温度が上昇することによって、プレイグ(過早着火)やノッキングのような異常燃焼が発生しやすくなり、出力や熱効率も低下します。
シリンダーブロックの冷却水路
シリンダーブロックは、ピストンやクランクシャフトなどの摺動部品を支えているので、強度や剛性が必要です。また、中央部には高温高圧の燃焼ガスが圧縮膨張するシリンダーがあるため、シリンダー周りには冷却のためのウォータージャケットが設けられています。
シリンダーブロックはかつては鋳鉄製でしたが、現在は軽量化を重視してアルミ合金製が主流となっています。ただし、アルミは摩耗しやすいのでシリンダーだけは鋳鉄製を圧入しています。
エンジン前方に搭載されたウォーターポンプによって、冷却水はまずシリンダー周辺のウォータージャケットに供給されます。ウォーターポンプは、補機ベルトを介してクランクシャフトで駆動します。その後、全気筒のシリンダーを冷却しながら、上部のシリンダーヘッドへと流れていいきます。
シリンダーの素材
アルミは、鋳鉄に比べて比重が約1/3と軽く、熱伝導率も3倍以上と軽量化材料としては適しています。一方で、熱膨張率が大きく、強度面でも比較的弱い材料です。
したがって、高速で往復運動するピストンをガイドするシリンダーをアルミで形成すると、短時間で摩耗してしまいます。アルミブロックでも、シリンダーだけは鋳鉄にする必要があるのです。
シリンダーヘッドの冷却水路
シリンダーヘッドの燃焼室壁面は、軽量化のため極力薄肉化しています。最も熱的に厳しいのは、高温の燃焼ガスが高速で噴出する排気弁周辺です。熱の逃げが悪いと、排気弁間の燃焼室壁面や排気ポート部、弁シート部が熱変形によって亀裂する場合があります。
シリンダーブロックのシリンダー周辺のウォータージャケット部から上がってきた冷却水は、前後・左右の流れによって燃焼室ルーフ部全体を冷却します。エンジンで受熱した冷却水は、ラジエターへ送られ走行風によって冷やされます。冷やされた冷却水は、再びエンジン側に戻され、エンジンとラジエター間を循環します。
冷態時には、サーモスタットによってラジエターへの水路を閉じ、エンジン内だけで冷却水を循環させて暖気を促進します。
シリンダーブロックとシリンダーヘッドには、低燃費と高出力を実現するため、軽量でありながら高い剛性と強度が求められます。これらの要求と冷却性は相反する場合が多く、冷却システムにとってはより対応が厳しくなっています。
また最近は、実用燃費が重視されることが多く、暖気時間の短縮が重要な課題となっています。メーカーは、適正に冷やし、迅速に温める、よりきめ細やかなエンジン水温制御に取り組んでいます。
■オーバーヒートとは
最近の車は、部品や制御の信頼性が上がり、オーバーヒートしたという話はほとんど聞かなくなりました。早く気づけばエンジンへのダメージも小さくてすみますが、気づかずそのまま走行すると、突然エンジンが停止して重大事故につながり、非常に危険です。
オーバーヒートの発生原因とその症状やダメージについて、解説していきます。
なぜオーバーヒートは起こるのか
エンジンの燃焼室壁面やシリンダー内面などは、直接燃焼火炎と接触して表面温度が上がるため、周辺にはウォータージャケットを設けて冷却しています。エンジン内で受熱した冷却水は、ウォーターポンプによってラジエターに送られて冷却され、再びエンジンに戻されます。エンジンとラジエター間には、サーモスタットが装着されて、冷却水は循環しながらエンジン水温を80度程度に制御します。
オーバーヒートは、エンジンの発熱量と冷却水による冷却性能がバランスしなくなり、エンジン水温が規定値に制御できず、上昇してしまう現象です。原因としては、以下が考えられます。
・冷却水不足
エンジンやラジエター、ホースなどから冷却水が漏れて、冷却能力が低下
・ウォーターポンプの作動不良
ウォーターポンプは、補機ベルトを介してクランクシャフトで駆動しますが、例えばベルト破損によるポンプの非作動
・冷却ファンの作動不良
電動ファンの場合は、水温センサーの温度検出不良やモーター本体の不具合による作動不良
・サーモスタットの作動不良
サーモスタットが作動不良を起こし、ラジエター側に冷却水が送られなくなり冷却能力が低下
オーバーヒートが起こるとどうなるか
オーバーヒートによって、エンジン水温が既定温度(80度程度)以上になると、何が起こるでしょうか。
まず、メーターパネルの水温計が水温上昇を示し、オーバーヒートの警告ランプが点灯します。ここで気づいて、後述の処置をすれば車へのダメージは小さくてすみます。
そのまま走行を続けると、以下のような問題が発生します。
・熱によるシリンダヘッドガスケットのシール性悪化による燃焼ガス漏れ、水漏れやオイル漏れ
・エンジン部品が許容温度を超えることによる急激な強度低下
・シリンダーやピストンの熱歪や熱膨張によるフリクション増大や摺動部の焼き付き
・潤滑油の粘度低下によるカーボンデポジット(堆積)や潤滑不良による摺動部の焼き付き
・燃焼温度の上昇によるプレイグ(過早着火)やノッキングなどの異常燃焼の発生
ドライバーが気づくのは、まず走行中にノッキング音など異音が聞こえてくる、アイドル回転が不安定になる、気づきにくいですが冷却水漏れやオイル漏れです。
さらに進行すると、エンジン摺動部の焼き付きによってエンジンが停止します。
オーバーヒート時の対処法
オーバーヒートに気づいたら、すぐに車を安全な場所に停止します。ただし、エンジンはすぐには止めずに、エンジンを冷やすようにボンネットを開けて風通しを良くしてから、何か異常はないかチェックします。エンジンは、高温になっているので触ると危険です。
エンジンを止めないのは、ウォーターポンプが回らなくなり、冷却水が循環せずオーバーヒートを加速させる可能性があるからです。ただし、冷却水漏れがある場合は、冷却水がなくなり冷却は期待できないので、エンジンを止めたほうが良いです。
後は、プロのサービスに任せるしかありません。
最近は、車の信頼性が上がっているので、オーバーヒートすることは少なくなりました。
もし発生しても、自分でラジエターキャップを開けて水の補給をすることは、危険なのでやらないでください。ラジエター内部の冷却水が沸騰して圧力が高くなっているので、高温の水蒸気が噴出して危険です。
■サーモスタットとは
エンジンはオーバーヒートしないように冷却水で冷やしますが、冷やし過ぎてオーバークールになってもいけません。エンジンにとっては、冷却水温度が80度前後になることが理想です。
エンジンの入口、または出口で冷却水温度を制御しているサーモスタットの構造や働きについて、解説していきます。
サーモスタットの役目
シリンダー内の燃焼による発熱で高温になった冷却水は、ラジエターに送られて冷やされます。冷えた冷却水は、再びエンジンに戻され、エンジンとラジエター間を循環します。ただし循環するだけでは、運転状況や外気温の変化によってはオーバーヒートやオーバークールが発生します。
ラジエターに流れる冷却水温度を制御して適正なエンジン水温を維持し、また水路を切り替えて暖気時間の短縮を図るのが、サーモスタットの役目です。最近は制御精度の向上のために、伝熱併用式サーモスタットや電動バルブなどを採用しているエンジンもあります。
サーモスタットの構造と作動原理
古くは、揮発性の高いエーテルを封入し、気化による圧力上昇を利用したベローズ型サーモスタットがありました。現在は、ワックスが温度によって膨張することを利用してバルブを開閉するワックス・ペレット型が主流です。
ワックス・ペレット型サーモスタットの開閉機構は、次の通りです。冷却水が冷えているときは、ペレット内のワックスも固体のままでバルブも閉じています。
・サーモスタット開
冷却水温度が高くなると、固体のワックスが溶けて液体となって膨張します。膨張すると、合成ゴムが圧縮されてスピンドルを押し出します。スピンドルはケースと一体で固定されているので、ペレットが動かされケースとペレット間に隙間が発生します。この隙間がバルブ開の状態です。
・サーモスタット閉
冷却水温が低くなると、ワックスが固体となって収縮して合成ゴムが元の状態に戻ります。すると、ペレットがゴムに押されていた状態が解けるので隙間が塞がれて、バルブ閉となります。
エンジン水温制御
エンジン水温を制御する方法には、サーモスタットを出口に配置するインライン方式と、入口に配置するボトムバイパス方式があります。コストはかかりますが、最近は制御性に優れたボトムバイパス方式が主流になっています。
・インライン方式
サーモスタットが出口にあるのでエア抜きや取り扱いが容易です。水温が上がってサーモスタットが開いたときに、エンジン側とラジエター側の水温差が大きく、水温変動が大きくなります。
・ボトムバイパス方式
サーモスタットの開閉がきめ細かくできるので、比較的容易に水温が制御できます。サーモスタットがシリンダーより下に配置されるので、エア抜きバルブが必要です。
水温制御になる暖気促進
サーモスタットは冷却だけでなく、冷態時には水路を切り替えて暖気時間を短縮するように制御します。始動直後はエンジン水温が低いので、水温の上昇を促進するためにラジエターを通さず、エンジンのウォータージャケット内だけで循環します。
エンジン水温が(80度前後)規定値以上になると、サーモスタットが開いてラジエターへの水路を開いて、冷却してエンジンに戻します。サーモスタットの開閉温度は、車やエンジンの特性に応じて決定します。
運転状況や外気条件に応じてエンジン水温を応答良く制御するため、またエンジンの軽量化のために冷却水量は減らす方向で開発されています。
冷却水量が減れば、それだけより高度な温度制御が必要になります。
(Mr.ソラン)
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