■ターゲットデザインが手がけた「ROSSO RAPTOR」にスズキが目をつけた
GSX750S/GSX1100Sカタナに18年間乗り続け、オーナーズクラブの副会長も努めた人物が、自らの経験と多くの人へのインタビューから「カタナ」というバイクについて考察する。
スズキのヨーロッパ進出を画策していた谷 雅雄さん(以下、谷さん)は、インパクトのある製品が必要だと考えていた。
そんなときドイツのバイク雑誌『ダスモトラッド』が特集でデザインコンペを行うという話が届いた。1979年のことである。
これはメーカーイメージを高めるまたとないチャンスだ。
スズキは過去にもロータリーエンジンを搭載したRE-5や軽自動車のフロンテクーペなどのデザインを依頼したことがある、ジョルジェット・ジウジアーロ率いる「イタルデザイン」にGS850Gを託した。彼らはGS850Gを大型フルカウルやガングリップを装備した先進的なツアラーに仕上げて出品。ホンダはスイスのルイジ・コラーニ、ヤマハはポルシェデザインなど、他のメーカーもそれぞれマシンを持ち込んだ。
◆スズキRE-5(1973年)◆
(量産車としては世界にも類を見ないロータリーエンジン搭載車。当時、いくつかのメーカーで試作車が作られショーなどにも出されたが、市販化されたのはRE-5のみ。輸出車)
◆スズキ・フロンテクーペ(1971年)◆
(フロンテのバリエーションモデルとして登場。ベース車よりも低いスタイルを持つスポーツモデル。エンジンは2スト並列3気筒360cc)
それらの出品マシンの中に谷さんの興味を強く引いたバイクがあった。それが、ターゲット・デザインが手がけたMVアグスタだ。
低く構えた流線型の近未来的なスタイリングが谷さんの目に強く焼き付けられた。
(ROSSO RAPTOR<赤い猛禽類>と名付けられたMVアグスタのコンセプトモデル。谷さんはコンペに出品されたこのマシンに大きな衝撃を受けた。画像提供:Target Design)
おや? これって…。
そう、このときすでにGSX1100Sカタナの原型とも言えるフォルムが世に出ていたのだ。その個性的なアピアランスは谷さんに衝撃を与え、ひとつの想いを生んだ。
「あのデザインはウチ(スズキ)には無い発想だ。ウチの製品にもあのテイストが欲しい…」
(1970年代末に、こんな前衛的なスタイリングを生み出していたのだから、ターゲット・デザインがどれだけ卓越した感性を持っていたかがわかる。各部には、GSX1100Sカタナに通ずる部分が見受けられる。画像提供:Target Design)
そんなことを考えていた時、ドイツの代理店の社長がターゲット・デザインのメンバーとつながりがあるという話が伝わってきた。谷さんは、その社長に「ぜひ会いたいから連れてきて欲しい」と頼んだ。
その男こそ、ハンス・ムート。ここでターゲット・デザインの一員だったムートとのファーストコンタクトが実現したのだ。
谷さんはムートに会うと、先日のデザインコンペでターゲット・デザインの作品に注目したこと、そのテイストがスズキの製品に欲しいことなどの熱い想いを語ったという。
「ぜひ一緒にやってみないか」という谷さんの言葉にムートは「やりましょう」と応えた。GSX1100Sカタナ誕生への第一歩だ。
谷さんはヨーロッパ市場を拡大させるために必要な「商品力」を高める手段をついに見つけ出したのである。
(MVアグスタの空冷エンジンとダブルクレードルフレームがよく見えるカット。緻密な造形によって成り立っているデザインであることがわかる)
ハンス・ゲオルグ・カステンが、若き才能の持ち主であるハンス・ムートとジャン・フェルストロムとともにターゲット・デザインを設立したのは1979年のこと。現在もドイツ・ゼーフェルトにスタジオを構えている。
WEBサイトもあり、アーカイブの中にはGSX1100Sカタナや、その誕生のモデルとなったMVアグスタの写真も掲載されている。このプロジェクトがターゲット・デザインにとっても重要なものであったことが理解できる。
(文:横田和彦/画像提供:Target Design)
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