かくしてホットハッチは大人の乗り物になった
FFのハッチバック車に強心臓を載せた、やんちゃなハイパフォーマンス版。世にいう「ホットハッチ」は、今でも欧州の大衆車メーカーにとって鉄火場といえるアツいセグメントで、その起源は70年代末、VWゴルフGTIやルノー・サンク・アルピーヌあたりに求めることができるだろう。当時のプジョーは104ZSを擁していたものの、ホットハッチに関しては後発だった。ところが名車、205 GTiが80年代半ばに登場するやいなや、そのパンチの効いた走りによって「GTi」の名は伝説となった。
現行208 GTi以来、プジョーは自ら「GTi」の伝統を、ことさら意識して深堀りするようになった。そして今回、すでに走りで高評価を得ている2世代目308シリーズに、最新のホットハッチ・バージョン「308 GTi」がついに日本市場のラインナップに加わった。早速、ツインリンクもてぎの南コースで行われた試乗会に参加してきた。
正式車名は「308 GTi by PEUGEOT SPORT」といい、今回プジョーは同じ直噴1.6Lターボながら270ps版と250ps版、ふたつの異なる仕様を用意してきた。ともに開発はプジョー・スポールだ。
二者の違いはエンジン出力だけではない。250ps版にはないトルセン式LSDを、270ps版は備えている。また前者が225/40ZR18のタイヤを履くのに対し、後者は235/35ZR19で、フロントのブレーキディスク径も380mmとより大きく、キャリパーもレッドに塗られている。
だが270ps版が明らかに優れるのは、プジョースポール謹製の専用バケットシートだ。250ps版のスポーツシートも中央部分にアルカンタラを用い、コーナリング中に滑りにくく、その出来栄えが平均点以上であることは間違いない。だが専用バケットシートの肩部分のホールドの的確さを知ってしまうと、後戻りできなくなる。というのも、走り込めば込むほど、クルマとの対話に関わる重要部分だと意識させられてしまうからだ。
ちなみに外装に関しては、ボディを2/3でぶった切ったような大胆な赤黒のツートーン「クープ・フランシュ(スパッと切り落とすこと)」も、270ps版の専用オプションだ。
肝心なことをいい忘れた。今ドキの新車として珍しく、308 GTi by PEUGEOT SPORTには270ps版も250ps版も、6速MTしか用意されていない。
とはいっても、フツーにゆっくりと流して走る分にはアイドリング・ストップ機構も備えた通常の乗用車だ。違いが現れるのは、その隣の「ドライバースポーツパック」と呼ばれるSPORTボタンを長押しした時。演出とはいえエキゾーストノートが高まって、2連メーターの真ん中にトルク、パワー、ブースト圧のグラフが現れ、アクセルペダルのレスポンスもより敏感になる。
だが、そんなヤル気モードの演出を借りずとも、もてぎの南コースでの308 GTi by PEUGEOT SPORTの走りはエキサイティング、かつ大人だった。まず直噴1.6Lターボにして330Nmの最大トルク、そして4.46kg/ps(欧州仕様参考値)に収まるパワーウェイトレシオは伊達ではない。低めのギアリングもあるだろうが、シリンダーブロックを釜焼きして硬度を増し、F1にも採用される鍛造アルミのピストンヘッドを奢るなど、プジョー・スポールが全面的にファインチューニングを施しているため、吹け上がりは小気味よく鋭い。
加えてプジョーの最新鋭プラットフォーム、EMP2の低重心と軽さのおかげだろう、切った時のノーズの反応の素直さに加え、足回りのストローク感が十分に感じられる。小躍りさせられるような、邪気のないハンドリングとでもいおうか。
そういえばコースの途中に、2速全開でバンプを通過する箇所があったが、ダンパーの伸び側の動きが速く、トルセンLSDの効きもあってか、トラクションは抜けず、舵角が多少残っていてもグイグイ前へ進んでいくほどだった。
ちなみに本国仕様のスペックでは、車重はポロGTIよりも軽い驚異の1205kgだったが、日本仕様は装備が違うためだろうか、1320kgという数値に落ち着いていた。それでもゴルフGTIより70kg軽い。
とはいえ、奥に行くほど巻き込むようなタイトターンでは、突っ込み過ぎたら速度相応のアンダーステアは感じられる。ステアリングをさらにこじればそのまま曲がってくれるほど、ドライバーを甘やかすクルマではない。でも少しフロント荷重を増せば、途端に鼻先がスッとインを向いてピタリと旋回姿勢がキマる、その動きの美しさたるや、ほくそ笑みたくなるほど、猫足・プジョー足の面目躍如だ。タイヤグリップをトレッド面からサイドウォールの角近くまで、徐々に丁寧にツブして使わせてくれる、そういうジェントルな足回りなのだ。
相対的に、リアのスタビリティは高い。その昔、ホットハッチといえば早めに向きを変えて積極的にアクセルを踏んでいけるようなハンドリングがエキサイティング・・・・という調子だった。そもそも308 GTi by PEUGEOT SPORTに至ってはサイドブレーキも昔のようなレバー式でなく電動式だ。低次元でリアを流せないと「遊べないホットハッチ」などといわれた時代は過去のもので、クルマとの密度の高い対話、もっといえばコントロール性の純度の高さが、現代のホットハッチと思えてくる。
加えて意識させられるのは、従来のフランス車には滅多に感じられなかった、パワートレインの剛性感だ。今回の2速と3速、時に4速といった規模のコースで、瞬発的なアクセルのオン・オフを繰り返しても、手元のシフトレバーからはギクシャクとエンジンマウント周りの揺れが伝わってくるどころか、むしろシフト操作の度、つねに頼もしい手応えを返してくれた。要はスポーティなMT車というだけでも、308 GTi by PEUGEOT SPORTは超一流の部類に入る。
これだけの内容を鑑みると、270ps版は436万円、250ps版が385万円という車両価格も、やむなしと思えてくる。誰もがおいそれと手を出せないからこそ、ホットハッチはやんちゃ小僧向けではなく、限られた、かつ分かっている大人の乗り物へと昇華したのだ。
(南陽 一浩)
【関連リンク】
プジョー・シトロエン・ジャポン株式会社
PEUGEOT 308 GTi by PEUGEOT SPORT
http://www.peugeot.co.jp/showroom/308/gti-by-peugeot-sport/