世界初の電動アシスト自転車は健康器具を逆にした発想だった!?「ヤマハPAS」は誕生30年でいかに社会に不可欠、新たな楽しみの乗り物へ進化したか

■世界初の電動アシスト自転車がヤマハPAS

「パスパスパスっとヤマーハPAS〜♪」という1990年代なかばのCMを覚えている人は、アラフォー以上でしょうか。

1993年にヤマハPASが世界初の電動アシスト自転車として発売されてから、30年が経過したそうです。今ではすっかり普及し、都市部での子育て世代の利用や坂の多い土地など、様々な用途で社会に不可欠な存在となった電動アシスト自転車ですが、最初に世に送り出したのはヤマハ発動機でした。

ペダルを漕ぐとそれに応じてモーターが駆動力をアシストしてくれて、楽に走れるけれど法規上は自転車扱いで免許も不要、というこの乗り物は、健康器具から逆転の発想で生み出され、30年間進化を続け、バッテリーやモーターなどに変更を受けて高性能化され、マウンテンバイクのようでまた違う新しい楽しみかたの乗り物も提案してきました。

今回はそのPASの誕生秘話、進化の歴史、そして未来について取材しました。

●健康器具から逆転の発想をした!?

1993年に発売された初代ヤマハPAS
1993年に発売された初代ヤマハPAS

今回お話を聞いたのは、SPV(Smart Power Vehicle)事業部でPASを開発している西山さん。初代PASの開発にはたずさわっていなかったそうですが、伝え聞いたというお話をしていただけました。

西山さんによれば、このプロジェクト、もともとは1970〜80年代にエンジンをつけた自転車を作ろうというところから始まったそうです。それをエンジンではなくモーターに切り替えてやってみようとなってから、やっと商品になりそうだという感触がつかめて急速に開発が進み、1993年に発売というところまでこぎつけたのだそうです。

漕ぐ力を検知してモーターでアシストするというのは、機械の力を借りつつも人間の感覚を重視した非常にユニークな開発思想です。この独特なパワーアシストシステムは、どのようにして発案されたものなのでしょうか?

「アシスト自転車のプロジェクトに関わっていた人が、その後に健康器具の開発に携わったんですね。まぁヤマハ発動機は『常に新しいことを考えろ』という風潮なので、当時は新しいネタとして健康器具でなにかできないかとやってみていたわけです。そのなかで、スポーツジムにエアロバイクとかありますよね。あれは漕いでいるときにモーターで負荷をかけてより運動させようというものですけど、それを見て『それを逆転させるとアシストになるじゃん!』と、電動アシスト自転車の発想が生まれたって聞いてます」(西山さん)

普通そうはならんやろ〜!という逆転の発想ですが、それによって、ペダルを踏むトルクを検知して、モーターでそれに応じた駆動力をアシストするという電動アシスト自転車が誕生することになったようです。ちなみに、世の中で一番身近なパーソナルコミューターとして多くの人が利用している自転車に目をつけた点や、その後の電動アシスト車椅子も同じ方が発想しているそうなので、非常に発想力のある技術者だったのかもしれませんね。

●開発はひっそりと行われていた

世界初の機構を採用した乗り物だったせいか、開発はあまりオープンにはされておらず、一部の人しか知らない体制で行われていました。

「実験室が会社の敷地のちょっと離れたところにあって、会社の敷地にいる方たちはあまり見たことがない状態で開発がされてましたね」と西山さん。やはり発想も独特な世界初の機構というだけあって、その開発は超極秘。ヤマハ発動機の社内でさえ、あまり人目につかないように行われていたようです。

一方で、公道を走行する乗り物は法規制を受けます。モーターで駆動力をアシストする乗り物が「自転車」として扱われるためには、法律のお墨付きが必要なわけです。ただ、その頃はその頃で、政府が環境対策に力を入れていた時期でもありました。そこで政府が今まで以上に環境に優しい乗り物はないかと、さまざまな企業にリサーチしていたそうです。

そこでヤマハ発動機としては、省エネや環境問題を解決する公益性の高い乗り物として、電動アシスト自転車を関係省庁へ提案。国もこの新しい乗り物の社会性を認め、そのための法整備が行われて自転車として認可されることになりました。そういう背景があって1993年に「PAS」が発売されました。

●●●の西山さん。PASの開発に携わるようになったのは10年ほど前からだそうです。
ヤマハ発動機SPV事業部の西山さん。10年ほど前からPASの開発に携わっています

そのあとは、様々な会社が追随して電動アシスト自転車を発売するわけですが、西山さんによれば「当時の(ヤマハ発動機の)人たちは、1社独占を狙っていたわけじゃなくて、新しい乗り物としての認知・普及拡大のため、特許を非閉鎖的扱いにしたと聞いてます」という背景もあったそうです。

●最初は鉛バッテリーだった!

この電動アシスト自転車、最初は3県で限定販売されましたが、注目度が高く、あっという間に売り切れてしまいました。当初はやはり体力が低下しているシニア層がメインのユーザーだったのですが、そこに行き渡ると販売が伸び悩む時期もあったそうです。

しかし、次にユーザーが拡大したのが都会の子育て世代。幼稚園の送り迎えなどに電動アシスト自転車を使うユーザーが増えて、市場が大きく拡大しました。その後は通勤・通学、そして最近ではレジャー用のモデルが人気となって、成長を続けているそうです。

この令和の時代、電動アシスト機構は特に不思議でもありませんが、発売されたのは1993年です。

「当時はバッテリーをこういう動力源として使うのって、まだあまり経験がなかったんですね。ヤマハ発動機も、バイクのライトなど補器類のためのバッテリーについては、もちろんいろんな開発や設計をやってたんですけど、バッテリーを使って乗り物を動かしましょうっていうのはあまりやっていなくて、バッテリーがどういう風に劣化していくかとか、どういう風にダメージを受けていくかっていうことがよくわかってなかったもので、商品になってからもけっこう苦労したと聞いてます」と西山さんはいいます。

出力の制御も、今となってはなんてことないものだそうですが、当時はまだ携帯電話どころかパソコンすら一般にはそれほど普及していない時代で、当時のマイコンを使って制御するのはけっこう大変でした。

しかし初代から30年。PASは進化を遂げてきました。その大きなものを紹介しましょう。

当初はバッテリーに鉛蓄電池を使っていましたが、1995年にニッカドバッテリー搭載モデルが登場しました。外気温度による特性変化が少なくなり、サイクル寿命も向上しました。脱着式になって、室内で充電できるようになったのもこのときからです。

また、最初はブラシ式モーターを使っていたのですが、1999年には希土類磁石を使ったブラシレスDCモーターがPASロイヤルに採用されました。これによってより効率が上がり、スムーズでパワフルな走行ができるようになりました。

さらに2003年には、非接触磁歪式トルクセンサーが採用されました。それまで、軸がずれることでトルクを検知するポテンショメーターを使って、ペダルを漕ぐトルクを測っていたのですが、そのポテンショメーターでトルクを検出しようとしたときの構造がペダルを漕ぐのを重たくしていたため、電動アシストが切れると人力で漕ぐのが辛くなるという難点がありました。それが、非接触のセンサーになったことで、ペダルの抵抗感が減り、アシストが切れても通常の自転車同様の漕ぎ心地となりました。

そして、2004年にはリチウムイオンバッテリーが採用されました。小型軽量ながら出力特性に優れるため、法律の範囲内でよりアシストトルクを大きく設定しても航続距離が稼げるようになりました。一方、電動アシスト自転車のバッテリーは、当時一般人が持ち運ぶバッテリーとしてはあまり他にない大きさでした。それもあって安全性にはかなり気を使って開発しているといいます。

現在はさまざまなモデルをラインアップしているPAS。買い物や幼児の送迎、通勤・通学など、用途は様々です。
現在はさまざまなモデルをラインアップしているPAS。買い物や幼児の送迎、通勤・通学など、用途は様々です

「信頼性については、バッテリー内の各セルで求める信頼性と、アッセンブリーにした段階で求める信頼性と2段階の評価をやってます。アッセンブリーにした段階では、落下試験とか釘刺し試験とかっていうのもやって厳しい評価をしてますね」と西山さんはいいます。

それでいて、PASのバッテリーは取り外して持ち運ぶこともあるため、できるだけ重くならないように考えられて作られているそうです。

モーターユニットの進化、バッテリーの進化、またこの間にはICやCPUの進化もあり、コントロールユニットも小型軽量で高性能なものになってきました。初代PASのときには重量が約30kgあったものが、現在は20数kgまで軽量化されています。それでいて、バッテリー容量はもちろん増えています。

●ヨーロッパへの展開やスポーツユースへ

近年、ヤマハ発動機の電動アシスト自転車は、ヨーロッパへの進出やマウンテンバイクの発売など、新たな動きを見せています。ヨーロッパ市場には、e-バイクのための「ドライブユニット」「バッテリー」「ディスプレイ」「スイッチ」「充電器」からなるシステムキットを供給しています。

2013年にはドライブユニット「PWシリーズ」を使った新しいシステムキットを発売しました。ヨーロッパでは、電動アシストバイクのデザインや乗り方の嗜好、法規なども日本とは異なります。このPWシリーズは、日本で発売している一般的なPASのようにモーターでチェーンをアシストする構造ではなく、クランク軸にアシストを加える構造になっているドライブユニットです。これによって、外装変速への対応が容易になりました。

また、バッテリーをシートポストの後方に搭載するのではなく、前側のフレーム(ダウンチューブ)やリヤキャリアに搭載することもできるようになりました。それによって車体設計の自由度も高まり、よりヨーロッパ市場でのニーズに応えられるものになっているほか、現地での規則に合致するようパワーアップされています。

ヤマハ発動機の電動アシストユニットは特に、「壊れにくい」と信頼性の面で高い評価を獲得しているそうです。

YPJ-XC(2018年モデル)。外装11段の変速機を持つマウンテンバイクです。
YPJ-XC(2018年モデル)。外装11段の変速機を持つe-バイクです

そして、電動アシスト自転車としては、2015年にスポーツタイプの「YPJ-R」を日本国内で発売しました。これは、前述の小型軽量なシステムキット「PWシリーズ」を搭載して、軽さと高い走行性能を備えたスポーツ自転車です。たんに移動を楽にするという道具にとどまるのではなく、走りの楽しみをアクティブに味わえるモデルが登場したのです。

スポーツタイプの電動アシスト自転車というと、特に今ヨーロッパでは、数十万台、数百万台という市場になるほどマウンテンバイクが人気だそうです。

が、その人気の理由は「マウンテンバイクに乗る人って、山を登ったあとに、下りてくることを楽しむんですね。下りを楽しむんだけど、下るためには登らなきゃいけない。で、登るときに自分でえっちらおっちら漕ぐのが辛くて1日3回しか行けなかったっていう人たちが、電動アシスト自転車で登っていくと、1日5回行けるようになる。下りを5回楽しめるということで、それが流行るきっかけでした」と西山さんはいいます。スキーで登りを自力で上がるか、リフトを使うかの違いのようなものでしょうか。

登り坂が楽になることで、マウンテンバイクをより楽しめるようになります。
登り坂が楽になることで、マウンテンバイクをより楽しめるようになります(写真:井上誠)

もちろん、スポーツタイプの電動アシスト自転車は、シティユースのモデルと比べると、アグレッシブで楽しい味付けにもなっているそうです。スポーツ電動アシスト自転車の普及で、マウンテンバイクの愛好家がもっと増えていくかもしれません。

それに、バイクで林道を探索する楽しみに代わり、エンジン音無しに山の中を走り回ることも可能です。鳥のさえずり、せせらぎの音などを聞きながら自然を楽しむこともできると言います。

また、電動アシスト機構を採用した車椅子用のユニットは、すでに1990年代から登場しています。体力が全般的に低下しているお年寄りなどには普通の電動車椅子がいいわけですが、歩行は困難でも上半身が健康な人などは、ある程度、自力で漕ぐ電動アシスト車椅子が体力の維持などの面で好ましいケースもあり、人気のシステムとなっているそうです。

また、関連会社のヤマハモーターエンジニアリング社では、この電動ユニットを使って、消防用のホースを運搬するホースレイヤーを作っていて、消防車が入れない場所でも楽にホースが運搬できるようにしています。

このように「電動アシストシステム」を応用した製品がいくつも出ています。

●PASの未来は2つの道に分かれる!?

ヤマハ発動機が世界初の電動アシスト自転車として「PAS」を生み出し、社会に必要不可欠な存在になりつつ、新しい価値や派生するシステムも生み出している「電動アシストシステム」ですが、その未来の展望や予想を西山さんに聞いてみました。

PASの前には電動バイクの開発部門にもいた西山さん。電動ユニットには様々な可能性を感じているようです。
PAS担当の前には電動バイクの開発部門にもいた西山さん。電動ユニットにはさまざまな可能性を感じているようです

「私個人の想いでは、まずは乗り物としては路線が2つに分かれるかなと思っていて、1つは自転車の延長としてこのまま進んでいく路線です。

で、もう1つは、1ランク上の乗り物に変わっていくのではないかと思います。よく近未来の乗り物として期待される電動スクーターみたいな路線です。そちらは、“つながる”要素がより採り入れられていって、インターネット経由で情報がコミュニティとつながるものに変わっていくんじゃないかなと思っています。この車両はここにいます、こういう状態で走っています、といった情報がモニターできるようになったりとか、転倒したら警報がセキュリティ会社に行くようなものになっていくのではないかなと思っています。

また、ヤマハ発動機は既存の商品にとらわれることなく、つねに新しいモビリティの可能性をさぐっているので、この電動アシスト自転車の技術から、また新たな乗り物がでてきたりしてもおかしくないと思います」。

●「やりたい!」「楽しそう!」が優先だったYPJ

ヤマハe-MTBのフラッグシップモデル「YPJ-MT Pro」
ヤマハe-MTBのフラッグシップモデル「YPJ-MT Pro」

意外性のある着想や、世界初へのチャレンジ、高い技術力による信頼性など、いろいろな面でヤマハ発動機らしいなぁと思わせるPASですが、西山さんにとって強く印象に残っているのはマウンテンバイクのYPJだそうです。

「開発者が興味があることをやらせてもらえたっていうのは、やっぱりYPJ。最初、国内から発売しているんですけど、まだスポーツバイクの市場は日本ではそれほど広がっていなかったので、どれくらいの方に受け入れていただけるかはっきりしない中で、プロジェクトが進んでいったんです。もちろん、やりたいという人はいて、『やりたい』といって他の部署から来る人もいました。

「YPJ-MT Pro」は、ヤマハ電動アシスト最高峰のドライブユニット「PW-X3」や、前後サスペンションを搭載
「YPJ-MT Pro」は、ヤマハ電動アシスト最高峰のドライブユニット「PW-X3」や、前後サスペンションを搭載

でもやっぱり、積極的に推進しようという人ばかりではなく、お客様に受け入れられるか分からないからと消極的になる人もいたんですよね。それでも、全体的にはチャレンジしようっていう方向で進んでいった。そういうところはヤマハらしいですね。

圧倒的な登坂能力とコントロール性の高いジオメトリーが、狭所の多い日本のトレイルに最適というヤマハ「YPJ-MT Pro」
圧倒的な登坂能力とコントロール性の高いジオメトリーが、狭所の多い日本のトレイルに最適というヤマハ「YPJ-MT Pro」

実際、若手はチャレンジしたがっていたし、立場が上の方にもそのチャレンジを応援してくださる方がいました。立場が上の方で、発売された商品を買ってくださった方もいらっしゃいました」。

ヨーロッパではまだまだマウンテンバイクはどんどん大きくなっている楽しみな市場で、ヤマハ発動機としてはそこで勝っていって、さらにはシティサイクルのほうもシェアをとっていきたいとのこと。

もちろん、電動アシスト自転車というのは今、環境に優しい乗り物として注目されていることもあり、ヨーロッパだけじゃなく、日本国内、さらにアメリカでも拡大していきたいそうです。

PASで培われた電動アシスト技術は、これからの時代、さらに活躍の場を広げていきそうですね!

(文:まめ蔵/写真:小林 和久)

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まめ蔵

東京都下の農村(現在は住宅地に変わった)で生まれ育ったフリーライター。昭和40年代中盤生まれで『機動戦士ガンダム』、『キャプテン翼』ブームのまっただ中にいた世代にあたる。趣味はランニング、水泳、サッカー観戦、バイク。
好きな酒はビール(夏場)、日本酒(秋~春)、ワイン(洋食時)など。苦手な食べ物はほとんどなく、ゲテモノ以外はなんでもいける。所有する乗り物は普通乗用車、大型自動二輪車、原付二種バイク、シティサイクル、一輪車。得意ジャンルは、D1(ドリフト)、チューニングパーツ、極端な機械、サッカー、海外の動画、北多摩の文化など。
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