計測器メーカーが日本のEV開発に貢献! 小野測器のベンチマーキングレポート販売とは?【週刊クルマのミライ】

■世界のEVをキャッチアップするために

プレゼンテーションを行った小野測器の大越社長(右)とベンチマーキングレポート販売を担当する安地執行役員。
プレゼンテーションを行った小野測器の大越社長(右)とベンチマーキングレポート販売を担当する安地執行役員

世界的に進むEVシフトに対して、日本の自動車産業は後れを取っていると評されることは少なくありません。

量産EVとしては、三菱・アイミーブや日産・リーフなどでリードしていたという事実がありながら、世界のトレンドに乗り遅れた背景には政策があったのか、経済界のマインドだったのか定かではありませんが、質量ともに日本の量産EVが、世界基準からすると見劣りするのは事実といえるでしょう。

では、日本の自動車産業が、EVのトップランナーたる海外メーカー(特に中国と欧州)をキャッチアップするためには何が必要なのでしょうか。基本となるのはライバルの情報、車両をバラバラにするリバースエンジニアリングや、各種項目について分析したデータとなります。

OEMと呼ばれる完成車メーカーであれば、独自にベンチマークテストを実施することも可能でしょうが、個社がバラバラにベンチマークテストを実施するのは、時間とコストの無駄といえます。さらに、自動車産業を支える多くのサプライヤー(部品メーカー)にとっても、ベンチマークテストのデータは必要ですが、独自にベンチマークテストを実施できるサプライヤーとなると、非常に限られてきます。

●計測器メーカーとして日本に貢献したい

栃木県のテクニカルセンターでは車両をシャシーダイナモに載せて各種測定が行える(写真は模型)。
栃木県のテクニカルセンターでは車両をシャシーダイナモに載せて各種測定が行える(写真は模型)

そうした日本の自動車産業界の現状に対して「計測器メーカーとして貢献したい!」と立ち上がったのが、産業界では知らぬものがいない大手計測器メーカーの小野測器です。

同社の計測技術や知見を活かした『ベンチマーキングレポート』の販売を、2023年夏から開始したのです。

小野測器といえば、間もなく創業70周年を迎える老舗企業ですが、創業当初からジェットエンジンの回転計や、電車のパンタグラフ離線率を測定する手法を開発するなど、モビリティとの関連は深いのです。

二輪・四輪との関わりは、ホンダのマン島TTレース参戦において、エンジンの性能測定についてサポートしたのがきっかけで、その後、ホンダの第二期F1プロジェクトにおいても深く関わっているのです。

こうして、小野測器は国内の自動車産業と関係を持つようになったといわれています。

小野測器の「ベンチマーキングレポート」の第1弾として測定されたのは、日本ではATTO3として販売されているBYDのEVですが、それは、中国産EVをキャッチアップすることが日本の自動車産業にとって重要だと考えたからです。

「お世話になった日本の自動車産業に恩返しがしたい、そして日本のカーボンニュートラル実現に貢献したい」というのが、小野測器の新ビジネスに対する基本的な思いといえそうです。

●計測器メーカーのノウハウが効いてくる

1954年にデジタルカウンター技術から始まった小野測器。長い歴史が多くのノウハウを蓄積している。
1954年にデジタルカウンター技術から始まった小野測器。長い歴史が多くのノウハウを蓄積している

前述したように小野測器の創業は1954年と、非常に長い歴史を持っています。

デジタルカウンターから始まった計測器開発も、現在では音響系トルク検出器など多岐にわたっています。自動車業界のみならず、産業界全体において欠かせない測定器メーカーとなっています。もちろん、自動車に関する各種計測器についても多くのラインナップを誇っています。

そうした知見を活かして、従来より小野測器では実車のデータを計測するビジネスを展開していました。計測器の特性や特徴を知り尽くしたメーカーだからこそ可能となる、より精緻なデータ測定は、同社の強みであるといわれています。

小野測器が得意とする分野のひとつが音響測定。反射音のない計測室も有している。
小野測器が得意とする分野のひとつが音響測定。反射音のない計測室も有している

とくにEVになると、音や振動といった項目は、より重要となってきます。騒音測定など音響系にも長い歴史を持つ小野測器は、車両の音振に関するデータ測定も得意分野です。

また、栃木県にある同社テクニカルセンターでは、実車をシャシーダイナモに載せた状態で、雰囲気温度を変えたり、また負荷を変えたりしながら様々な測定ができるようになっています。そのため、WLTCモードでの電費や航続距離の測定も可能というわけです。

3Dマップデータとリンクさせることで、東京を出発して何km走った地点で電欠する…といった、リアリティのある測定もできるといいます。

●レポートの販売価格は破格の50万円!

ベンチマーキングレポートでは、振動や騒音など小野測器が得意とする項目だけでなく、電費や航続距離可能距離に関する測定データも販売される。
ベンチマーキングレポートでは、振動や騒音など小野測器が得意とする項目だけでなく、電費や航続距離可能距離に関する測定データも販売される

注目なのは、小野測器の「ベンチマーキングレポート」の販売価格が、1項目50万円(税別)と、その内容からすると圧倒的にリーズナブルな設定となっていることです。

通常、小野測器に車両1台のベンチマークテストを依頼すると、おおよそ4桁万円のコストがかかるという話を聞けば、どれほど破格な価格設定なのか理解できるでしょう。

もちろん、50万円という価格は1項目でのレポート販売価格であって、1台につき14項目ほどのデータ計測をするというから、全項目のベンチマーキングレポートを購入すると、それなりのコストにはなってしまいます。しかしながら、サプライヤーによっては必要な項目は限られるわけで、現実的なコストで必要な測定データを手に入れることが可能になるといえます。

小野測器のベンチマーキングレポートの第一弾はBYDのEV「元PLUS(日本名ATTO3)」。同じくBYDの「海豹SEAL」のデータも計測済みという。
小野測器のベンチマーキングレポートの第一弾はBYDのEV「元PLUS(日本名ATTO3)」。同じくBYDの「海豹SEAL」のデータも計測しているという

ちなみに、全14項目の内容は次のようになっています。

1. 出力特性・パワーユニット効率
2. 出力制限特性
3. 駆動力特性・チップアウト特性・回生特性
4. 走行抵抗
5. タイヤ転がり抵抗
6. モーター・インバーター振動
7. モーター・インバーター音
8. パワーユニットマウント振動
9. 車室内騒音
10. 伝達系振動特性
11. サスペンション・タイヤ振動
12. 警音器
13. 電費・航続距離
14.熱マネジメント

この中で、自動車業界で注目度が高いのは、電費や熱マネジメントについてのデータだといいます。熱マネジメントでいえば、バッテリーやインバーターの発熱を車内の暖房に利用することで、電力消費量を抑えるというのは、EV特有のノウハウといえますが、そうした点についても計測・データ化できるというのは、小野測器の強みといえるでしょう。

今後も、毎年3~4車種のペースで、ベンチマーキングレポートを充実させていく予定といいます。あくまでBtoBのビジネスなので一般ユーザーに直接的な関係はないかもしれませんが、このレポートによって、日本の自動車産業が世界のEVトレンドをキャッチできるとなれば、量産モデルのレベルアップにもつながるはずで、それはユーザーにとって大きなメリットとなることでしょう。
自動車コラムニスト・山本 晋也

この記事の著者

山本晋也 近影

山本晋也

日産スカイラインGT-Rやホンダ・ドリームCB750FOURと同じ年に誕生。20世紀に自動車メディア界に飛び込み、2010年代後半からは自動車コラムニストとして活動しています。モビリティの未来に興味津々ですが、昔から「歴史は繰り返す」というように過去と未来をつなぐ視点から自動車業界を俯瞰的に見ることを意識しています。
個人ブログ『クルマのミライ NEWS』でも情報発信中。2019年に大型二輪免許を取得、リターンライダーとして二輪の魅力を再発見している日々です。
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