世界で通用する日本人レーサーをホンダが育成するワケ【バイクのコラム】

■1992年、2輪の鈴鹿サーキットレーシングスクールから始まった

HRSで使われるマシンたち。4輪フォーミュラクラスの教習車は一新された。
HRSで使われるマシンたち。4輪フォーミュラクラスの教習車は一新された。

かつては、モータースポーツで活躍するライダー/ドライバーといえば、公道で腕自慢をしていた若者がチャレンジする世界……というイメージもあったかもしれませんが、それは昭和の話です。

元号が平成になって以降のモータースポーツ界では、ライダーやドライバーのスタートは幼児期から始まっています。小学校に上がる前からポケバイやカートに乗って腕を磨いているケースは珍しくありません。

一方、自動車メーカーによるモータースポーツ人材育成も盛んになってきました。

たとえばホンダは、1992年に「鈴鹿サーキットレーシングスクール(SRS)」を開校。当初は2輪ライダーを、のちにカートや4輪ドライバーの育成を続けています。

2輪クラスからはMotoGPに参加するライダーも巣立っていますし、4輪クラスではインディ500で2度の優勝を誇る佐藤琢磨さんや、現役F1パイロットの角田裕毅選手など、世界的に活躍しているSRS卒業生は少なくありません。

そんなSRSは、2022年から「ホンダ・レーシング・スクール鈴鹿(HRS)」と名前を変えています。これまでもホンダのバックアップにおいて鈴鹿サーキットがスクールを運営していたのですが、よりホンダとしてモータースポーツ人材育成に注力するという決意を示すために改名したということです。

2024年に向けて、ホンダのモータースポーツについて2輪/4輪を統括するホンダレーシング(HRC)が、これからのHRSについてメディア向け説明会を開催しました。

●2輪ベーシックコースの受講料は69万9000円

2輪クラスのプリンシパルを務める岡田忠之さん。世界最高峰GP500で日本人最多勝利をあげている。
2輪クラスのプリンシパルを務める岡田忠之さん。世界最高峰GP500で日本人最多勝利をあげている。

前述したようにHRSは、2輪ライダーの育成から始まっています。

現在はMotoクラスと呼ばれる2輪コースのプリンシパルを務めるのは岡田忠之さん。ライダーであれば知らない人はいないでしょう、世界最高峰のGP500(現在のMotoGP)において通算4勝をあげた日本を代表するレーシングライダーです。

岡田さんによれば、HRSのMotoクラスは、ベーシックコースとアドバンスコースに分かれているといいます。

ベーシックコースの対象年齢は9歳~20歳で、年間26日間のカリキュラムによって二輪モータースポーツにおける知識とスキルを身につけるということです。

2輪クラスの上級コースではホンダの競技専用車NSF250Rが教習車として使われる。
2輪クラスの上級コースではホンダの競技専用車NSF250Rが教習車として使われる。

単にサーキットを走ってライディング技術を磨くだけでなく、座学もあれば、マシンセッティングに関する講座もあり、またライダーとして必要なフィジカルを鍛えるような指導もあるといいます。

さらにアドバンスコースでは、本格的なレーシングマシンを実戦形式により鈴鹿サーキット国際コースで走らせることで、世界に通じるスキルアップを目指す内容になっています。

しかも指導するのは、岡田プリンシパルをはじめ、トップクラスのライダーたち。これで、ベーシックコースの受講料は69万9000円(税込)というのですから、いかにホンダが手厚いサポートをしているのか実感できるといえるでしょう。

ちなみに、アドバンスコースの受講料は116万6000円となっています。

●4輪コースのプリンシパルは佐藤琢磨さんが務める

4輪クラスのプリンシパルを務める佐藤琢磨さん。いわずと知れたインディ500で2勝をあげた現役レジェンドだ。
4輪クラスのプリンシパルを務める佐藤琢磨さん。いわずと知れたインディ500で2勝をあげた現役レジェンドだ。

HRSの4輪クラスは、KartクラスとFormulaクラスに分かれています。モータースポーツの基礎を鍛えるKartクラスのベーシックコースの対象年齢は11歳~20歳。1年間で26日間の講座があり、受講料は160万6000円となっています。

ベーシックコースの成績優秀者が入ることのできるKartクラス・アドバンスコースの受講料は、年間で192万5000円。26日間のカリキュラムとして見ると高いと感じるかもしれませんが、コース使用料、フォーミュラマシンのレンタル料などを考えると、破格の受講料といえるのではないでしょうか。

さらにFormulaクラス・アドバンスコースになると、年間受講料は412万5000円となります。

しかし、これについても超破格の受講料といえます。なにしろ、HRSのFormulaクラスで利用するマシンは、このスクールのために専用に開発されたマシン「HRS-F24」なのです。

4輪クラスのプリンシパルを務める佐藤琢磨さんによれば、「マシンコントロールを覚えるために、レスポンスのいいNAエンジンにこだわって開発しました。年間の走行時間は、同クラスのレースでいえば2~3シーズン相当になるので、非常に中身の濃いカリキュラムだと考えています」といいます。

また、同マシンの開発ドライバーを務めた野尻智紀選手(2021年・2022年スーパーフォーミュラ王者)は、「スクール受講生が短時間でマシンに慣れることを意識して、乗りやすい、コントロールしやすいマシンに仕上げました」と、開発の背景を説明してくれました。頭部保護のHALOを備えるなど、最新のマシンに仕上がっていることも感じられます。

●優秀な若者を応援するパートナー企業も募集中

HRS(ホンダ・レーシング・スクール)の目的はモータースポーツ人材育成と説明するHRC渡辺康治 代表取締役社長。
HRS(ホンダ・レーシング・スクール)の目的はモータースポーツ人材育成と説明するHRC渡辺康治 代表取締役社長。

ところで、ホンダがモータースポーツ人材育成に注力する理由は何でしょうか。

昨年までのスクール卒業生は861名で、その中には結果的にホンダ以外のメーカーでレースをしている人も少なからず含まれています。メーカーの枠を超えて、優れたライダーやドライバーを生み出しているわけです。

そうしたレーシング・スクール活動の背景について、HRCの渡辺康治社長は、「モータースポーツで世界を目指すには、欧州に渡る必要があると考えますが、日本の若者が個人でそうしたステージを目指すのは難しいと感じています。ホンダという企業は、モータースポーツによって人材が鍛えられるという考え方を持っていますが、日本の若者をモータースポーツの世界で育てていくことも同様です」と教えてくれました。

そうした若者の支援に加わるHRSパートナー企業を募集するというのは、今後の新しい活動として注目すべきポイントです。

HRCの渡辺社長は、「世界で通用する人材を育成する過程を共有することは、パートナー企業にとってもメリット」といいます。

アパレルや化粧品、腕時計など、モータースポーツに直接のかかわりがないような企業であっても、スポンサードされたときのあるべき振る舞いを伝えることは、これから世界に飛び出すヤングタイガーにとって力になるでしょう。当然ながら、トップライダーやトップドライバーと早いうちに接点を持つことは、パートナー企業にとっても魅力といえるのではないでしょうか。

HRSのプリンシパルを務める岡田忠之さん、佐藤琢磨さんともに、モータースポーツはチームスポーツであり、勝てる体制を作り上げることも重要であり、伝えていきたいという話をされていました。HRSのパートナー企業募集は、チーム体制づくりにおける大事な経験になることが期待できるかもしれません。

自動車コラムニスト・山本 晋也

この記事の著者

山本晋也 近影

山本晋也

日産スカイラインGT-Rやホンダ・ドリームCB750FOURと同じ年に誕生。20世紀に自動車メディア界に飛び込み、2010年代後半からは自動車コラムニストとして活動しています。モビリティの未来に興味津々ですが、昔から「歴史は繰り返す」というように過去と未来をつなぐ視点から自動車業界を俯瞰的に見ることを意識しています。
個人ブログ『クルマのミライ NEWS』でも情報発信中。2019年に大型二輪免許を取得、リターンライダーとして二輪の魅力を再発見している日々です。
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