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■2023年秋にマイナーチェンジのBRZにMT用アイサイトが初搭載
日本において、自動車に求める機能のプライオリティを省燃費から先進安全(衝突被害軽減ブレーキ)へとシフトさせたのは、言わずもがなスバル「アイサイト」です。
人間の眼と同じく二つのカメラを並べることで、自動車だけでなく歩行者、二輪車までも検知して、衝突を回避もしくは被害を軽減すべくブレーキを作動させる機能は、よく知られているところでしょう。
先行車との車間距離を適切に保つ追従機能付クルーズコントロールもアイサイトの機能として知られています。
長距離ツーリングを好むドライバーには欠かせない先進運転支援システムとしてアイサイトは認知されています。
そんなアイサイトの登場は2008年5月のことですが、これまでスバルのアイサイト搭載車はATに限られていました。MTとアイサイトのマッチングには多くの課題があって難しい…というのがスバルの主張だったのです。
しかし、いよいよスバルがMT用アイサイトを開発しました。今秋に登場する改良版BRZのMT(マニュアルトランスミッション)車にアイサイトが搭載されることが発表されたのです。
●ブレーキ作動時にエンストしてしまうのが課題
とはいえ、停止までカバーする衝突被害軽減ブレーキの元祖といえるアイサイトが、MTへ対応するのは遅すぎたというのが客観的な印象ではないでしょうか。
FRスポーツカーでいえば、マツダ・ロードスターにはずいぶん前からMT車にも衝突被害軽減ブレーキの設定があります。スズキやダイハツの軽商用車でもステレオカメラを使った衝突被害軽減ブレーキがMT車と組み合わされている時代です。
MTとアイサイトのマッチングという課題について、スバルは考えすぎている、理想を追求しすぎていると筆者は感じていました。
MTと衝突被害軽減ブレーキの組み合わせにおいて初期の頃に問題視されていたのは、ドライバーの操作がないという前提でいえば、停止時にエンストしてしまうことでした。
エンストによってクルマの制御系への電力供給が止まってしまうと、停止を維持することはできなくなりますし、仮にドライバーが慌ててブレーキペダルを踏んだときも、エンジン停止により負圧の供給が止まるとブレーキの利きが甘くなるという課題があります。
それでも追突・衝突事故を起こすよりは被害を軽減できるようクルマがブレーキをかけることの意味のほうが大きいと筆者は考えていました。ただし、過去にスバルのエンジニアと、こうしたテーマでディスカッションした際には、筆者の主張は一笑に付せられた記憶があります。停止が維持できないのに衝突被害軽減ブレーキを作動させることはナンセンスというのがスバルの主張であり、そこは安全思想として譲れないということでした。
今回、MT用アイサイトの開発においてはVDCの制御ユニットと連動することで、停止時にエンストした場合でもブレーキラインのバルブを閉じて3秒程度は停止状態をキープすることが可能になったといいます。このように課題をクリアすることでMT用アイサイトは実現したということです。
さらにBRZのパーキングブレーキは、レバーを引くタイプのいわゆるサイド式です。衝突被害軽減ブレーキの作動後にドライバ-はサイドブレーキをかけることでエンスト状態でも安全に停止状態を維持できるというわけです。
●スバルは「2030年交通死亡事故ゼロ」を目指す
さて、2023年秋の時点でBRZのMT車にアイサイトが設定されるというのは、スバルの安全におけるロードマップの実現に欠かせないピースとなるでしょう。
ご存知のように、スバルは「2030年にスバル車のかかわる交通死亡事故ゼロ」を目指しています。目標までの残り期間がわずかであることを考えると、MTとアイサイトはマッチングしないなどと言っていられないのです。
また、法規対応という点からもMT用アイサイトの登場は意味があります。
これまた知られているように、日本では2025年12月より継続生産のモデルも含めてすべての新車(軽トラックを除く)に衝突被害軽減ブレーキの義務化が決まっています。いずれにしてもMT用アイサイトを用意しなければいけない状況になっているのです。
逆にいえば、MT用アイサイトが開発されたということは、衝突被害軽減ブレーキの義務化になって以降もスバルのMT車が存在できることを意味しています。これまでアイサイトに対応できないという理由で、スバル車からはMTのラインナップが続々と消えていきました。実際、国内向けのスバル4WD車からMTは絶滅しています。
MT用アイサイトはスポーツフラッグシップとしての4WDターボにMTを復活させる切り札になるかもしれません。その意味でも注目のメカニズムであり、テクノロジーの発表といえそうです。