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■パジェロが圧倒的な強さを見せて一大ブームとなったパリダカ
毎年、正月元旦にパリをスタート、アフリカの砂漠地帯を走破してセネガルのダカールにゴールしていた、世界一過酷なモータースポーツ競技がパリ・ダカールラリー(通称パリダカ)です。パリダカで大活躍して名声を上げ、大ヒットモデルとなったのが三菱自動車のパジェロ、その栄光の歴史を振り返ってみます。

●世界一過酷といわれるパリダカの歴史
パリダカは、フランス人ティエリー・サビーヌの提唱で1979年から始まりました。フランスのパリからセネガルのダカールまでの約1万2000kmのラリーレイド競技で、灼熱の砂漠やジャングルなどのアフリカ大陸を走破する“世界一過酷なレース”として知られています。

例年1月1日にパリを出発して約2週間かけてダカールに向かう長丁場の競技、一日ごとのステージに設定されたスペシャルステージでタイムを競い、全ステージのタイム合計で総合順位が決まります。
1992年以降は、毎年のようにルートを変更しながら開催され、パリがスタート地点だった大会は2001年大会が最後になってます。
2003年大会ではパリとダカールを起終点にしないルートが設定されました。2009年からは、アフリカの政情不安のため、開催地がアルゼンチン~チリを回るコースへと変更。さらに2020年からは、中東サウジアラビアへと舞台を移しています。
現在、ダカールラリーという名称で続けられていますが、多くの人には今でもパリダカという呼び名がなじみ深いのではないでしょうか。
●三菱パジェロの活躍(2000年以前)
日本では、1990年代から三菱のパジェロが優勝を飾るなど大活躍して、その活躍ぶりをNHKが特番で放映したため、パジェロとパリダカのブームに火が付きました。

三菱が初めてパリダカに参戦したのは、1983年の第5回大会の市販車無改造クラスで、キャンパストップ仕様のパジェロでした。エンジンは、2.5L直4(4G54型)ガソリンエンジンで、早速クラス優勝して華々しくデビュー。
その後、市販車改造クラスに移り、1985年に日本車初の総合優勝を果たします。この時のパジェロのエンジンは、2.5L直4(4G54型)ガソリンターボエンジンでした。
その後、ポルシェやプジョーと熾烈な戦いを繰り広げ、1992年に優勝し、翌年も連覇を果たします。そして、1997年には篠塚建次郎選手が日本人初となる総合優勝を飾ります。この時のパジェロのエンジンは、3.5L V6 DOHC(6G74)ガソリンエンジンで、最高出力270PS/最大トルク34.0kgmを発揮しました。
●三菱パジェロの活躍(2000年以降)

1999年から篠塚選手に代わって同じく三菱社員の増岡浩選手が参戦。パジェロは2001年から2007年まで破竹の7連覇、7連覇中の2002年と2003年は、増岡選手が連覇を達成。三菱は、パリダカ通算12勝という金字塔を打ち立てたのです。
2008年は、西アフリカに位置するモーリタニアの情勢不安でテロの可能性があったため、パリダカ史上初の中止となります。2009年は、舞台を南米のアルゼンチン~チリに移して開催。マシンは、3.0L V6ディーゼルターボエンジンを搭載した「レーシングランサー・スーパープロダクション」に変更して参戦しましたが、結果は10位に終わりました。
そして、経営状況が悪化した三菱は、これを最後にパリダカから撤退し、栄光の歴史は幕を下ろしました。
2010年以降、三菱に限らず自動車業界の低迷とともに自動車メーカーは、相次いでモータースポーツから撤退し始めました。一方で、様々なモータースポーツでカーボンニュートラルを目指した電動車カテゴリーが創設されています。パジェロもPHEVで復活の噂がありましたが、電動化したパジェロの復活を期待したいですね。
毎日が何かの記念日。今日がなにかの記念日になるかもしれません。
(Mr.ソラン)
