ホンダはHRCのノウハウを注ぎ込んだスーパースポーツカーを市販するか?

■ホンダモータースポーツの中枢に潜入取材

HRC Sakura施設外観
HRC Sakura施設外観(写真:HRC)

ホンダ創業者の本田宗一郎さんが、レースやモータースポーツのことを「走る実験室」と表現していたという逸話は有名ですが、それは実験した結果を市販車へ落とし込んでいくことだと思います。はたして、現在の「走る実験室に送り込むための実験室」はどうなっているのか? ホンダのモータースポーツの中枢と言える株式会社ホンダ・レーシング(HRC:Honda Racing Corporation)の拠点であるHRC Sakuraを取材しました。

●風洞

200km/hを再現する風洞のオープンジェット状態
200km/hを再現する風洞のオープンジェット状態

自動車の開発現場として象徴的にも見ることがある風洞。クルマの形状を決定するのに大きな役割を果たします。

レースマシンは、車高が低いという特徴があります。まずは重心を低くして旋回性を良くするのが大きな目的でしょう。その際、サーキットという凸凹のない道路を走る前提だと、路面ギリギリまでボディ床面を下げることができるわけです。

そうすると、路面とのクリアランスが狭くなり、特に高速で走った際に床下を流れる空気と路面の影響が大きく関係してくるのは感覚的にもわかるでしょう。それを実走行に近づけるため、空気とともに路面も走っているのを再現できるのが1ベルトのムービングベルト風洞です。自動車用としては世界最大級だそうです。

想定した車速と同じ速さの空気の流れと路面の動きを再現することができます。通常のOpen Jetの状態で200km/h、アダプティブウォールシステムと呼ぶ「壁」を設置することで、288km/hまでの高速テストが可能となります。

生産終了がアナウンスされたNSXの有終の美を飾る「タイプS」はここの風洞を通って世に送り出されたと言います。

●DIL(Driving In the Loop simulator)

運転席が中央でくるくると回るDIL(Driver In the Loop simulator)
運転席が中央でくるくると回るDIL(Driver In the Loop simulator)

いわゆるドライビング・シミュレーター、動くシートが付いた巨大グランツーリスモのようなものですが、まあ、その規模はデカイ。ちょっとしたパーティ会場全部がそのシミュレーションになっているような感じです。

開発中の車両はデータとしてここに持ち込まれ、パーツなどを試されてサーキットでの最適な状態を探しながら開発は進み、風洞やテストベンチに持ち込まれより実物に近い状態に近づけながら、さらにDIL上でタイムアタックしつつセッティングを繰り返す。そうして、実際のサーキットに持ち込まれるというわけです。

ニュルブルクリンクはもちろん、スーパーGTで使用されるような国内外のメインサーキット、その他主要なサーキットのデータは入っているとのこと。

実際にシミュレートとして走っている様子を見せてもらいましたが、コクピットはぐるぐる素早く動いて、クルマの熟成、ドライバーのトレーニングだけでなく、クルマ酔いなんかも再現できそうです。

また、実際の鈴鹿サーキットをシビック・タイプRで走らせた車載映像と、DIL上でのシミュレーションの映像を同時にビデオで再生して見せてもらいましたが、わずかなカウンターステア、ちょっとだけ縁石に載ったときの挙動など、これほど見事に一致しているのか、と驚きました。

先代のシビック・タイプRはここのニュルで鍛え上げられ、まもなく登場する新型シビック・タイプRもここが開発に協力している、とのこと。ニュルでFF最速をきっとDILではマークしていることでしょう。

●RVベンチ

Real Vehicle (RV)ベンチ
Real Vehicle (RV)ベンチ(写真:HRC)

こちらはいわゆるベンチ。パワーユニットに関するものを気温や湿度、気圧などを調整した上でサーキットを再現して、過去の走行データを確認しつつ、次のレースではどうなるのか、を再現していく施設です。

現在ホンダは、F1用パワーユニットの支援をHRCによってRed Bull Powertrains(レッドブル・パワートレインズ)へ行っていますが、そのパワーユニットはこのRVベンチでテストを繰り返し、それぞれのサーキットの環境に合わせ(気温と湿度は合わせることができるが、気圧だけは合わせられないとのこと)、サーキットへと旅立っていくのだそうです。

いまのF1で使用されるパワーユニットはハイブリッドであり、どこでエネルギーを使って、どこで蓄えるか、などを綿密にシミュレートしていかなければ、到底勝利には導かれないのです。こうしたセッティングやノウハウの提供、メンテナンス可能な部品の交換も含め「パワーユニットの支援」というわけです。

ホンダのレッドブル・パワートレインズへのパワーユニット支援は2025年まで続くと先日発表されました。これらの施設を見る限り、F1マシンのどこかに「HONDA」の文字が入ってもおかしくない、と素直に思いました。

●SMR(Sakura Mission Room)

SMR(Sakura Mission Room)が世界のサーキットと繋がりリアルタイムで戦略を現場にフィードバックする
SMR(Sakura Mission Room)が世界のサーキットと繋がりリアルタイムで戦略を現場にフィードバックする(写真:HRC)

『SMRとは、世界中のサーキットとネットワーク回線で繋ぎ、「リアルタイムで走行データ監視」&「レース中現場との戦略相談」をする場+レースで発生した課題を開発側へフィードバックする役割』と教えていただきました。

まさに、遠く離れたサーキットで、今走っている車両の数百個のセンサーから転送されるデータを受け取り、異常値がないかを見守りながら、そのレースの今後の戦略を日本で考えて現場に伝えるという、めちゃくちゃ規模の大きな世界を舞台にした戦略の場であり、F1は簡単には攻略できないどころか少々の投資では参加すらできないゲームであることを目の当たりにしました。

●ヒストリック車両の動態保存レストア

F1「ホンダRA300(1967)」
F1「ホンダRA300(1967)」

ホンダコレクションホールにあるホンダヒストリック車両は、ここHRC Sakuraでレストアされるそうです。

もちろん、単なる修理作業というわけではなく、図面があるものは図面を元に、無いものも様々な情報を集めて当時の状態になるべく近いものに仕上げる作業を行っています。

しかし、例えば、旧来マグネシウムホイールがモータースポーツやスポーツカーに採用されていたことがありますが、安全性や今後の維持のためにアルミで作り直すような選択も行われ、「いつでも動かせる状態」に仕上げるのを目標にレストアされているのです。

 

●バイクでは市販車へのフィードバックに活かされた実績あり

2輪レースの最高峰MotoGPマシンを公道で走らせるために生まれた「RCV213V-S」
2輪レースの最高峰MotoGPマシンを公道で走らせるために生まれた「RCV213V-S」

HRCは2022年9月で創立40周年を迎えることになります。

2輪のレース活動で始まったHRCですが、ホンダ自身も2輪から始まった企業です。バイクにおける世界シェアは、金額、台数ともにホンダがしばらく世界一となっています。2014年には二輪車の世界生産累計3億台とし、たった5年後の2019年には、世界生産累計4億台を達成しています。これらの基盤のひとつを40年間支えてきたのがHRCのモータースポーツ活動でしょう。

HRCはMotoGPマシン「RC213V」を一般公道で走らせようとするホンダの試みとして「RC213V-S」を2015年に発売した経験があります。モータースポーツのノウハウが直接的に公道市販車へ活かされた例でしょう。となると、4輪のスーパースポーツも今後出してくれるのではないでしょうか? ぜひ、出てきて欲しい。創業者の思う実験室を任されているからには、市販車へのフィードバックが今後とも最大の最終目標なのでしょうから。

(文・写真:小林和久)

この記事の著者

編集長 小林和久

編集長 小林和久 近影
子供の頃から自動車に興味を持ち、それを作る側になりたくて工学部に進み、某自動車部品メーカへの就職を決めかけていたのに広い視野でクルマが見られなくなりそうだと思い辞退。他業界へ就職するも、働き出すと出身学部や理系や文系など関係ないと思い、出版社である三栄書房へ。その後、硬め柔らかめ色々な自動車雑誌を(たらい回しに?)経たおかげで、広く(浅く?)クルマの知識が身に付くことに。2010年12月のクリッカー「創刊」より編集長を務める。大きい、小さい、速い、遅いなど極端なクルマがホントは好き。