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■まさかの転倒から奇跡のレース復帰
バイクファンにとって真夏の祭典といえる通称「鈴鹿8耐」、鈴鹿8時間耐久ロードレースが、2022年8月7日(日)に三重県・鈴鹿サーキットで3年ぶりで開催されましたね。
今年の鈴鹿8耐は、ホンダがポール・トゥ・ウインで見事優勝しましたが、終わってみて、なかなか興味深かったことのひとつが、優勝候補の一角だったヤマハ発動機(以下、ヤマハ)のトップチーム「#7 YAMALUBE YART YAMAHA EWC Official Team(以下、YART)」のピット作業。
8時間で争うレースの残り1時間で、3番手を走っていたYARTのレースマシン「YZF-R1」が、他車と絡んでまさかの転倒。「もう終わりか」と誰もが思った瞬間でしたが、その後、奇跡的なスピードでマシンを修復させ、レースへ復帰。見事に7位フィニッシュを果たしたのです。
今回、ヤマハのメカニックが見せた諦めない姿勢と、短時間でマシンを直す技術力は、スプリントレースとはひと味違う、まさに耐久レースの醍醐味といえるものでした。
●スタートのトラブルから3番手まで浮上
今回開催された鈴鹿8耐の正式名称は、「2022 FIM世界耐久選手権コカ·コーラ鈴鹿8時間耐久ロードレース 第43回大会」。EWCという世界耐久選手権の第3戦との併催で行われました。
コロナ禍で3年ぶりの開催となる今大会でしたが、今回のYARTは、まさに波瀾万丈。さまざまなトラブルや不運に見舞われたといえるでしょう。
ヤマハの1000cc・スーパースポーツ「YZF-R1」をベースとしたレーシングマシンで参戦したYARTは、カレル・ハニカ選手、マービン・フリッツ選手、ニッコロ・カネパ選手という、EWCにレギュラー参戦するライダーたちを擁しました。
ウィークを通して速さを見せたYARTのライダーたちは、予選で3番グリッドを獲得。しかも、ハニカ選手が、ヤマハ8耐史上最速となる2分5秒769を記録して、滑り出しはかなり快調だったといえるでしょう。
そして、決勝当日。スタートライダーはカネパ選手でしたが、スタートでエンジンがかからず、1周目22番手と大きく順位を落とすことに。
しかし、2周目で17番手まで挽回し、直後にセーフティーカーの介入などもあり上位との差が縮まったことで、13周目には3番手に浮上して表彰台争いに加わります。
その後は、トップのホンダ「Team HRC」、2番手のカワサキ「Kawasaki Racing Team Suzuka 8H」に次ぐ3番手で走行。ところが、13時48分に2度目のセーフティーカーが介入したことで、トップのTeam HRCと半周以上の差がついてしまいます。そして、この時点で、優勝はかなり難しい状況となりました。
ただし、Kawasaki Racing Team Suzuka 8Hとは、逆に5秒差となったことで、2位争いを展開できる好ポジションを獲得。まずは、2位を目指し、耐久レースとは思えないプッシュぶりを披露しました。
●必至のマシン修復に運も味方した?
ところが、その後に、またもやアクシデント。残り1時間となる18時30分過ぎ、元々トラブルが多い夜間走行中でしたが、3番手だったフリッツ選手が、他車と接触してスプーンカーブで転倒。
かなり派手なクラッシュで、マシンはスポンジバリアに埋まった状態。それでも、フリッツ選手は、スポンジバリアからマシンを必死に出して、走行を再開。
ですが、フロントスクリーンは割れ、カウルもボロボロ。筆者は、テレビの実況を観ていたのですが、画面上からも、かなりダメージがありそうなことが分かります。
それでも、なんとかマシンをピットに戻したフリッツ選手。実は、そこからが圧巻でした。
テレビの画面では、YARTのメカニックたちが、フロントカウルだけでなく、シートカウルまで取り外し、ステアリングやシフトペダル、エンジンなどさまざまな箇所をチェックしている模様が映し出されています。
レース終盤の転倒にもかかわらず、必死にマシン修復を試みているのです。スプリントレースであれば、絶対に諦めているでしょうね。
そして、そんなヤマハYARTに所属するメカニックたちの努力や諦めないマインドが天に届いたのでしょうか、奇跡が起きます。
レースは、フリッツ選手たちの転倒により、スポンジバリアなどを修復する必要があるため、コース上にセーフティカーが入り、参戦マシンたちはその後をゆっくりと走行。その間はコース上のマシンは追い抜き禁止、つまりレースが中断されている状態(時計は進んでいる)です。
まさに鬼神のマシン修復とでもいうのでしょうか。YARTのメカニックたちは、なんとセーフティカーがコースに入っていた数周の間に、マシンを直しレースに復帰させてしまいます。
ただし、レースに復帰できたとはいえ、ポジションは大きく下がってしまっているのも確か。加えて、転倒の要因を作ったということで、その後にストップ&ゴーのペナルティも課せられましたが、それでも209周を走破して7位でゴール。
2番手になるチャンスは逃したものの、リタイヤせずに、なんとか完走、しかも10位以内に入ったのは、さすがでしたね。
マシンやライダーの速さだけでなく、メカニックなども含めたチームの総合力で闘う。これこそが耐久レース、特に1978年の初開催以来、長年多くのドラマを生んできた鈴鹿8耐の醍醐味といえるものでしたね。
(文:平塚 直樹)