ホンダアクセスにとってS660はスポーツカーの終着駅!?モデューロXと開発パーツへの想いを土屋圭市と開発者に聞いてみた

■モデューロを選んだオーナーさんが羨ましくなった!

ホンダアクセス「モデューロX S660」
ホンダアクセスの手がけた純正アクセサリーをまとったS660

「軽を超えるクルマを作ろう」。それが、S660からコンプリートカー「モデューロX」を開発するうえでのホンダアクセスのこだわりだったそうです。ホンダアクセスを訪問したら、そのS660モデューロXやS660用のモデューロパーツをオプションで選んだ皆さまがなんと羨ましいことか、を思い知る結果となってしまいました。

ホンダの貴重なスポーツカーであるS660は、2021年3月に生産終了を発表しました。2022年3月の生産終了に向けて650台限定の追加販売を抽選で行うと発表するも、それもすでに終了。つまり現時点では“今さらもう購入できないモデル”についての取材ではあるわけですが、おそらくS660というモデルは後世に大事に乗り継がれる普遍的なモデルだと思います。

今回はS660の生産終了を目前に控え、そのコンプリートカーであるS660モデューロXの開発を手がけたレーシングドライバーの土屋圭市さんやホンダアクセスの松岡靖和さん(S660純正アクセサリーおよびS660モデューロXの開発責任者)らに、改めて開発へのこだわりや秘話、想いをうかがうことができました。そしたらますますオーナーさんが羨ましく思えたのです!

●「コレっ、ホントに軽かよ!?」って言わせよう!

ホンダアクセス「モデューロX S660」
お話をうかがったホンダアクセス松岡靖和さん(左)とレーシングドライバーの土屋圭市さん

土屋「こだわりや思い入れ? そりゃあるでしょ。『軽を馬鹿にすんじゃねーよ!』ってところから始まってるよね。S2000の縮小版というつもりでS660モデューロXは作ったし、パーツの開発も同じ。いまの我々にはスポーツカーはこれしかないんだもん。そりゃ、こだわるでしょ。
ただね、S660はもう見栄でクルマを選ぶより性能にこだわり、純粋にドライブやドライビングを楽しみたい世代にハマるクルマに仕上げたつもりなんだよね。例えば年に1、2度サーキットも走ってみたいと思うけど、基本は公道で楽しみたいという人が選ぶクルマだよね。するとモデューロの足まわりは単に硬いだけの安っぽいものじゃないよな。白髪のおばあちゃんや孫も乗せるかもしれない。だったら乗り味の質感を上げよう、って。それで『コレっ、ホントに軽かよ!?』って言わせようぜっていうところから始まっているんだよね」

ホンダアクセス「モデューロX S660」
前後Hマークとセットでルックスを引き締めるブラックエンブレム

松岡「S660は“S”がつく、すなわちS2000にも例えられるようなホンダのスポーツカーの象徴なんですね。
実は私は長らくビートのオーナーなんです。生まれた時代の違いもあるとはいえ、S660はドアを開けたときの手応えのしっかり感からスポーツカーらしく良いクルマだとわかります。人も荷物も載せられない、運転することにしか集中できないクルマなんです。
そんな割り切りがS660のスポーツ性をシンプルに享受できる。正真正銘のスポーツカーなので、それを買うお客様の気持ちを考え、大人のスポーツ好き、クルマ好きのために商品開発をしたのが純正アクセサリー(チューニング)パーツであり、コンプリートカーのS660モデューロXなんです」

●ムダな動きを抑えシットリ仕上がった足回り

ホンダアクセス「モデューロX S660」
このままワインディングに連れ出したい走りっぷり

久しぶりに試乗したS660モデューロXは、モデューロの走行性能を上げるパーツ(エアロ、サスペンション、ブレーキ、ホイール)を中心に装着したコンプリートカー。その印象は、スポーツカーらしい仕上がりぶりが期待通り。658cc・3気筒ターボエンジンに6MTを組み合わせたMRモデルは、貴重以外の何者でもありません。

そして軽サイズならではの、街中を自由に走り回れる感覚も実に良い。一方このサイズ&ホイールベースの短さで、これだけムダな動きを抑え、シットリ系のクルマに仕上げるという、楽しさと快適さを心地よく楽しめる安心感がとても良く、これがモデューロらしさなのかと思うのでした。

駐車場から通りに出る段差から、足元はすでにズッシと路面を捉えるけれど、ゴッツンでもドッタンでもありません。走行中も路面の凹凸はわかるものの、コツコツやツンツンと足が突っ張る感覚もなく、収束性にも優れています。

ホンダアクセス「モデューロX S660」
硬めつつも一般路での快適さも確保したサスペンションセット

交差点や首都高のカーブではステアリングフィールの正確さはもちろんのこと、その手応えのシットリとした重さが、S660の大きすぎないステアリング径を操作する手元に優しく頼もしく伝わってきました。おかげで長く乗っていたくなるし、オープンの開放感(広さ)もほど良く、このままワインディングへと連れ出したいと思わせてくれます。

ホンダが専用ボディを採用し開発されたS660はそもそもの素性が良い。素のS660がカッチリと軽快に走るモデルなら、ホンダアクセスによってモデューロ化されたこのモデルは物理的な重量ではない“重み”や“シットリ”とした感覚がベースモデルとは異なる、大人が納得できる走りの質感を与えられていることが改めて認識できました。

●風洞実験は70%。30%は人間の感性

ホンダアクセス「モデューロX S660」
空力を考慮したうえでワイドさを強調したフロントフェイスキットを装着
ホンダアクセス「モデューロX S660」
車速が約70km/hになると自動で上がり、車速約35km/hで自動格納されるアクティブスポイラー

ホンダアクセスが開発するエアロやサスペンション、それにもちろんホイールも含め、街中を走る速度域でも“走りが変わる”開発が行われているのは、すでにフリードのモデューロXなどでもお馴染みです。

では改めて、このS660というスポーツカーに対して、どれだけ、どんな風にこだわった開発がされたのでしょうか。

開発のこだわりは感性性能や品質にあるようです。例えばエアロは、実効(実際に効果のある)空力を意識して開発が行われていることは、すでにご存知の方も多いと思います。

松岡「エアロというと風洞実験で空力解析をするイメージを持たれているかもしれませんが、もちろん風洞実験も行いますが最終的には感性評価で決まります」

土屋「風洞実験は70%、最後の30%は人間の感性だと思ってる。だって実際の走行シーンで横風や追い風が来たときにも通用するものでないとダメでしょう」

ホンダアクセス「モデューロX S660」
ロールバーに装着するトップキャリア。荷物を載せない時の空力性能も考慮されている

実際に私が試乗した際のステアリングの落ち着きぶりを話すと、それはエアロとホイールの効果だと教えてくれました。本当にそんなに変るのかって? 実は他のモデューロモデルも試乗していて、私なりにそれは正しいと感じています。

エアロパーツはデザイン性も大事です。30%の感性を大事にしながらデザイナーやモデラー、開発者たちが一堂に会し、ダンボールや粘土で「まだやるか」というほど効果を確認しつつ、スタイルにもこだわった議論が繰り返されたそうです。例えばダックテール風のシルエットにこだわったというリア。ボディサイズとエアロの関係をうかがうと、ボディが小さい方が“やりシロ”が少ないので難しいそうですが、品良く性能がまとめられているという印象を受けます。

●ホイールがボディのよじれと同じ周波数で動くか

ホンダアクセス「モデューロX S660」
剛性の最適バランスまで考慮したアルミホイール「MR-R01」

もうひとつ、「それって何?」という疑問を持ったのがホイールでした。S660向けの専用(鋳造)ホイールは、“ホイール剛性の最適バランス”が保たれています、と説明を受けました。“剛性の最適バランス”はいわゆるタイヤショップなどでバランスウエイトを貼って調整する“ホイールバランス”とは違います。軽くて剛性が高ければ良いとされるホイールも、S660専用の“性能パーツ”となればその役割も一層重要です。そこで…。

土屋「我々がいつも言っているのが、ボディのしなりに対して、同じ周波数でホイールが動いているかどうか。タイヤとホイールがボディのよじれと同じ周波数で動くかどうか。S660は20~30km/hでボディがしなるようなクルマじゃないけれど、タイヤやボディに負荷はかかるし、そこでなんか『シットリしてるな』って思える違いが街中でもわかるかどうかも、こだわりだと思う」

ホンダアクセス「モデューロX S660」
土屋圭市さんにお話をうかがう飯田裕子さん

ホイールのどこが最適な強さを持っていれば良いかがわかれば、より合理的な軽さと剛性のバランスを追求することができるわけです。その最適解を確かめるべく土屋さんが開発者たちと5セットのブラインドテストを行ったのだとか。それぞれがホイールのスポークを削ったり、盛ったりしながらリムの剛性を高めたり弱めたり、リムの先端に向けて薄肉化したり厚肉化したりという違いを持つものだったそうです。

土屋さんは最初は「何をやっても同じだよ」と高をくくっていたそうですが、そのうちに迷うほど違いが明確になり、最終的に群馬サイクルスポーツセンターのコースを全開走行するまで行って「3.5の仕様(3セット目と4セット目の中間)がベスト」と決定。果たして剛性の高さとバランスの良さはもちろん、重さは4輪(1セット)で3.6kg軽くなっているそうです。車重830~850kgのS660にとって、3.6kgはかなり違うはずです。

●耐フェード性を上げつつコントロール性にこだわったブレーキ

ホンダアクセス「モデューロX S660」
ブレーキはドリルドロータータイプのディスクにスポーツパッドの組み合わせ

余談ですが、この開発では「軽を超えるクルマをつくろう」という目標がありました。そこでテストを行うスピードレンジも普通であれば140km/hまでなのだそうですが、実際の持てる性能を活かし、170km/hのハイスピードレンジや、それに伴う高負荷域での様々なテストが行われたそうです。

ちなみにサスペンションは、S660モデューロXでは5段の調整式ダンパーを採用していますが、パーツとして販売されている調整式でないタイプは5段中の“5”の硬さが選ばれているそうです。土屋さんいわく、「トータルバランスを意識して開発している」というからには、できればホイールとサスペンションをセットで選んでほしいと思っているのではないでしょうか。

その点で営業妨害をするようですが、ブレーキは「ノーマルで性能は十分、群サイ(峠のようなコース設定が特徴の群馬サイクルスポーツセンターの略 ※編集部注)を何十周走っても不満はない」と土屋さんはおっしゃっています。

土屋「でもノーマルじゃカッコ悪いでしょ。僕らみたいなクルマ好きはタイヤとかブレーキを見るでしょ、どんなブレーキつけてるのかって」

松岡「もちろん見映えだけではないですよ。パッドの耐フェード性を上げつつ、しかし性能を上げすぎて食いつきが良すぎると踏んだときにカクンっとなってしまうので、そうならないようにコントロール性にもこだわったチューニングをしています」

●購入者層を考えてマフラーはあえてノーマル

ホンダアクセス「モデューロX S660」
リアビューを引き締めるロアバンパー。マフラーはあえてノーマルをチョイス

飯田「では、ドリルドローターは?」

土屋「オシャレなほうがいいじゃん。サスペンションもエアロもホイールも絶対的な性能を求めたのにブレーキだけノーマルかよ!?ってね」

松岡「色を塗るのもお金がかかるんですよね(苦笑)」

今回のお話を本音で語ってくれているとわかり、お二人が好きだと思った瞬間だったので、あえてこの話題も紹介させていただこうと思います。

マフラーを開発しなかった理由をたずねると、おそらくこのクルマを購入される層=40代以上の方を想定した場合、マンションや近隣の方への配慮もされるだろうとのこと。

音と言えば、アクセサリーパーツに“ユーロホーン”というのがあるのです。その違いをうかがったところ、音量と音質が違うのだとか。

松岡「特に軽は小さいホーンで音も『ピッ』って鳴るんですが、コレはトランペット型のダブルの良い音がついています」

確かめると「ピッ」ではなく、本当に欧州車、それもドイツ車のような音がしました。

●最後の最後にたどり着く終着駅がモデューロ

ホンダアクセス「モデューロX S660」
ボディ側面を軽快に見せるデカール

土屋「サーキットを走るのが好きだったらタイプR(シビックやインテグラとかNXSなど)を買えばいい。でもS660を選ぶ人というのは、見栄も張らず、オーナーは40代、50代、60代の人がきっと多くて、特に50~60代は色んな経験も憧れも抱いてカーライフを送ってきて、結局、見栄を張るより自分が純粋に楽しめる良いクルマが欲しいという人が辿り着くクルマだと思う」

松岡「そのとおりですね。若い頃から自分なりに車高調整キットを入れたり、マフラーを換えたり、いろんな成功も失敗も繰り返してきて、最後の最後にやっぱり純正メーカーの造り込んだ安心のできるパーツを選んだり、コンプリートカーに乗りたいという方たちがたどり着く終着駅がモデューロなんです。だからそんな期待を絶対に裏切れない。むしろその期待を超えるくらいの商品を作ってやろうという意気込みで作りました」

モデューロのスポーツカーに対する想いやこだわりは普遍的。お二人のお話からS660やS660モデューロXに対するこだわりや愛を感じ、オーナーが羨ましく思った次第です。

「〇〇鑑定団」の鑑定士ではないけれど、「オーナーの方々、どうか大事になさってください」ね。

(文:飯田 裕子/写真:井上 誠)