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■軽量軽快なマツダ・ロードスター「990S」
●マツダとは:2020年に創業100年を迎えた広島を代表する企業
マツダのルーツは、1920年に広島県で設立された「東洋コルク工業」にあります。創業時の社長は海塚新八という人物でしたが、創業直後に体調を崩したため、取締役の松田重次郎が次期社長務めることになりました。
東洋コルク工業はその名のとおり、コルクを商品としていました。コルク栓を製造した際に発生するコルク屑を圧縮し、コルク板を作る事業などで成功しましたが、当時のコルク産業は過当競争であり、経営は厳しいものでした。
そこで、機械事業への転身を図り1927年には社名も「東洋工業」に変更します。
東洋工業から発売された最初の自動車は、1931年に登場した3輪トラックのマツダ号DA型というモデルとなります。会社名は東洋工業ですが、最初の3輪トラックからブランド名としてはマツダを使っていたのです。
戦前、戦中は軍需産業を担います。そして…、1945年8月6日、アメリカ軍が投下した原子爆弾によって広島は壊滅状態となります。
東洋工業も絶大な被害を被りますが、奇跡的に本社社屋は被害を免れたため、広島県庁や警察なども東洋工業本社に間借りする形で業務を継続しました。
終戦の年の12月には3輪トラックのGA型を生産再開、1950年6月には小型4輪トラックを発売、1960年5月には同社初の乗用車となるR360クーペの製造が始まります。
その後、東洋工業はライバルメーカーとの差別化を狙い、ロータリーエンジンの実用化を目指します。
1961年にはドイツのNSU社、バンケル社とロータリーエンジンに関する技術提携を行い、ロータリーエンジンに注力していきます。1967年には、ロータリーエンジンを搭載したスポーツカーであるコスモスポーツを発売します。
マツダは、ロータリーエンジン搭載車で1973年からル・マン24時間レースに挑戦、1991年には念願の優勝(日本車初優勝)を果たします。
一方、経営面ではフォードとの資本提携が行われます。1979年にはフォードが株式の24.5%を取得、1996年にはフォードの資本比率が33.4%となり、社長にフォード出身のヘンリーD.G.ウォレスが就任します。
しかし2008年にはフォードの株式比率は13%に低下、2010年には3.5%に、2015年には全株式を手放しマツダとの資本関係はなくなります。2020年には創業100周年を迎えました。
●ロードスターとは:日本車の当たり年と言われる1989年に登場
初代のロードスター(NA型)は、バブル景気真っ盛りの1989年に登場しました。当時、世の中のクルマには2シーターも、オープンカーも、小排気量のFRも少なくニッチ市場でした。2シーターが欲しい層、オープンカーが欲しい層、小排気量のFRが欲しい層、そしてそのすべて揃った状態が欲しい層に支持されたロードスターはヒットモデルとなります。
日本ではちょうど「ユーノスチャンネル」というディーラー網&ブランドが発足したタイミングであったこともあり、「ユーノス・ロードスター」という車名で販売されました。海外ではMX-5ミアータというネーミングが使われました。
このMX-5ミアータは世界中の自動車メーカーに衝撃を与え、次々に似たジャンルのクルマが登場します。メルセデス・ベンツSLK、BMW Z3、MGF、フィアットバルケッタといったクルマは、ロードスターがなければ生まれていない車種でしょう。
ロードスター、つまりミアータが登場したことによって、こうしたジャンルのクルマが続々と発売された現象は「ミアータショック」と呼ばれました。NA型ロードスターは1.6リットル直列4気筒でスタートしますが、1993年のマイナーチェンジで1.8リットル4気筒に変更されます。
2代目ロードスター(NB型)は1998年に登場します。初代ロードスターのシリーズ途中でユーノスチャンネルが廃止されましたが、初代の車名はユーノス・ロードスターで続けられました。この2代目からブランド名がマツダになり、車名はマツダ・ロードスターとなります。
初代でリトラクタブル式だったヘッドライトは固定式に変更。エンジンは1.6リットル4気筒が復活し、1.8リットル4気筒と併売、後に特別仕様車として1.8リットルのターボモデルが追加されます。
また、ロードスターという車名でありながら、クローズドボディのクーペも設定されます。
3代目ロードスター(NC型)は2005年に登場します。ボディはワイド化され3ナンバーとなり、エンジンも2リットル4気筒と排気量アップされました。
初代と2代目はロードスター専用のプラットフォームを採用し、前後ともにダブルウィッシュボーンのサスペンションでしたが、3代目からはRX-8との共通部分もあるプラットフォームとなったため、リヤサスペンションがマルチリンクとなっています。
基本のボディはもちろんソフトトップ式のロードスターですが、収納式のハードトップを備えるコンバーチブル(つまりオープンとハードトップの2種の形態を持つ)であるリトラクタブル・ハード・トップ(RHT)モデルが設定されました。
現行モデルのロードスター(ND型)は2015年に登場します。ボディ全幅はさらに広がりますが、ホイールベースは短縮されます。
関係者を驚かせたのは、エンジンをシリーズ中でもっとも小さな排気量となる1.5リットルエンジンを搭載したことにありました。基本のモデルはソフトトップ式のロードスターで、このボディには1.5リットル。のちに追加となるコンバーチブルのリトラクタブル・ファストバック(RF)には2リットルエンジンが搭載されました。
今回試乗したモデルは、2021年12月に行われたマイナーチェンジ時に設定された「990S」という特別仕様車。990の数字は車重が990kgであることを表したもので、軽量化により初代(NA)ロードスターのような軽快な乗り味をねらった設定となっています。
●ロードスター990Sの基本概要:走りの装備を充実させつつ990kgの重量を維持
ロードスター990Sのベースとなったのは、もっとも軽量なモデルとなるSグレードです。Sグレードはリヤスタビライザーやトンネルブレースのレス化なども行い、車両重量を1tを切る990kgとしているモデルです。
走りのモデルというと、ボディを強化して剛性を向上、さらにスタビライザーを装着あるいは強化するいうのが当たり前のセッティングだと思う方も多いでしょう。
しかし、それによる重量増はどうしても発生するので、どこに重点をおいてセッティングを行うか?は重要なポイントです。とくにスタビライザーについては、装着によって前後のロール剛性を調整するとともにロールを抑えることができますが、サスペンションの動きを制約してしまうのでデメリットも発生しやすい装備となります。
今回の990Sは特別仕様車ですが、同時にロードスターのマイナーチェンジも行われました。
マイナーチェンジの最大のポイントは「KINEMATIC POSTURE CONTROL(KPC/キネマティック・ポスチャー・コントロール)」という装備の全車標準装備化です。
ロードスターのリヤサスペンションは、減速Gが掛かるとアンチリフトという動きをする構造になっています。これは、リヤタイヤが持ち上がることを防ぐ動きです。
KPCはコーナリング中にリヤ内側のブレーキを軽く掛けることでアンチリフト効果を生み出し、コーナリングを楽にしようというものです。FF車で採用しているGベクタリングのFR用制御のようなものと考えればいいでしょう。ヨー(曲がる力)を積極的に発生させるのではなく、リヤタイヤの浮き上がりを防止して安定感の高いコーナリングを実現させるものです。
●ロードスターのデザイン:ネイビー色のソフトトップを新たに設定
今回のロードスターのマイナーチェンジでは、造形面でのデザイン変更は基本的になく、デザインに関連する項目はカラーとマテリアルになります。
990Sの場合はレイズのアルミホイールとブレンボキャリパーが装着されたことに加え、ソフトトップを紺色のネイビー色として、エクステリア面は特徴立つものとしています。
また、Sレザーパッケージにこのネイビー色のソフトトップと、ボディ同色リモコンミラーと高輝度塗装16インチアルミホイールを装着した「ネイビートップ」を特別仕様車として設定。
電動ハードトップ車のRF VS をベースにテラコッタ色(赤土色)のナッパレザーシート、インパネ、ドアトリムスイッチを装備するRF VS テラコッタセレクションを新たにラインアップに追加しました。
●ロードスターのパッケージング:今も変わらぬFR2シーターオープン
今回はマイナーチェンジ&特別仕様車追加、ラインアップ追加なのでパッケージ変更はありませんので、現行モデルのパッケージングについて触れておきます。
ロードスターは、初代に当たるユーノス・ロードスターから基本的なパッケージングを変更していません。それはコンパクトなボディのフロントセクションにエンジンを搭載、プロペラシャフトによって動力をリヤに伝達しリヤタイヤを駆動する2シーターモデルであるということです。
シリーズの途中にはクローズドクーペモデルも存在しましたが、基本的にはオープン2シーターのボディ形状となり、手動のソフトトップと電動のハードトップが存在します。
現在のボディサイズはホイールベースが2310mm、全長は3915mm、全幅が1735mm、全高はソフトトップ仕様が1235mm、ハードトップ仕様が1245mmとなります。
●ロードスター990Sの走り:軽快にそしてしなやかに路面をつかむ走り
ロードスター990Sは基本的には従来のSと同じ仕様です。ボディはトンネルブレースがレス、シャシーではリヤスタビライザーがレスとなります。
もともとSの走りはナチュラルなもので、しなやかに路面を追従するセッティングとなっています。さらに990Sでは、ショックアブソーバーの伸び側の減衰力を抑えて、スプリングレートをアップしています。
チューニングというと減衰力アップと考えている人も多いのですが、それは違います。減衰力というのは、サスペンションの動きを抑制する力なので、伸び側の減衰力を上げるとサスペンションの追従性が落ちます。いわゆる足が伸びない状態となるのです。
990Sでは伸び側の減衰力を落としてスプリングを強くしているのですから、足はしっかりと伸びていきます。ホイールが軽くなっていることも動きをよくしている一因です。また、リヤはスタビライザーがないので動きはさらによく、スッと路面をつかみにいく感覚です。
990Sは前後のブレーキローターの大径化をおこなったうえで、フロントにブレンボキャリパーが採用されています。これはもちろん、制動力アップを目的にしたチューニングです。
車重が軽い990Sにもオーバースペックにはなっておらず、扱いやすいセッティングでタッチもいいものとなっています。
さて、もっとも注目の「KINEMATIC POSTURE CONTROL(KPC/キネマティック・ポスチャー・コントロール)」です。
前述のとおり、この機構は減速時にリヤタイヤがアンチリフト方向に動く(つまりタイヤを路面に押し付ける)ことを利用したもの。実際の走りでは、コーナーに入っていく際の安定性を向上させるものです。
KPCはVSCをオフすることで連動してオフとなるので、オン-オフを繰り返して試乗しました。KPCが働いている状況では、コーナーで安定感が増している印象があります。また、KPCオンのほうが直進安定性も向上している印象です。
とはいえ、劇的に走りが変化するものではありません。感覚を研ぎ澄ましていれば感じとれるものですが、その効果が安定性、安全性に寄与していくことは間違いなく、走りの楽しさをスポイルするものでもなく、コストアップするものでもないので、歓迎できるものです。
●ロードスターのラインアップと価格:基本ラインアップは変わらず、価格は2.2万円アップ
ソフトトップモデルのラインアップを2020年12月改良時のものと比較していくと、まず「100周年記念車」がなくなりました。これはその名のとおり100周年を記念したモデルなので、今回は消滅して当たり前でしょう。
また、RSにホワイトレザーインテリアなどを装着した「RSホワイトリミテッドセレクション」もラインアップから外れています。
ソフトトップモデルのラインアップに追加モデルはありませんが、今回フォーカスした「990S」と、Sレザーパッケージにネイビー色のソフトトップを組み合わせた「ネイビートップ」が特別仕様車として設定されています。
一方、RFも同様に「100周年記念車」とRSホワイトリミテッドセレクション」がラインアップ落ちとなり、加えて「VSバーガンディセレクション」もラインアップから消えました。かわりに「VSテラコッタセレクション」が追加となっています。
今回の改良に伴う価格アップは、各グレードで2万2000円となる計算です。
●ロードスターのまとめ:このクルマが身近にある日本は幸せな国
ロードスターは毎年のように改良を行い、そして特別仕様車を投入しつつ魅力を高めているモデルで、最新のモデルに最新の技術がつぎ込まれていることが魅力となる一方、過去のモデルには「もう新車では手に入らない」という気持ちを湧かせるという上手なセールスを行っています。
とはいえ、世界的にみてもソフトトップのオープン2シーターFRモデルが200万円を大きく切る価格で設定されているというのは、驚異的なことと言っても間違いなく、ロードスターを気軽に手に入れることができる日本国民は非常に恵まれていると言えるでしょう。
今回、最大の注目となった「990S」は「S」の装備に加えて、レイズのアルミホイールと大径ローター、ブレンボキャリパーが装着されます。「S」との価格差は26万9500円なので、装備を考えればお得感が非常にあります。
また、重量が990kgに抑えられたことで1t超のクルマに対して、重量税が1クラス下がるのも大きな魅力です。
「990S」にはネイビー色のソフトトップが装備されます。このネイビー色のソフトトップを「Sレザーパッケージ」に装着したモデルが特別仕様車の「ネイビートップ」になります。
「Sレザーパッケージ」と「ネイビートップ」には価格差がありませんが、「Sレザーパッケージ」で標準となるBOSEの9スピーカーオーディオが、「ネイビートップ」では6スピーカーオーディオとなります(BOSEもオプション装着可能)。
リトラクタブルハードトップのRFシリーズは、ファストバックとオープンエアの両方を楽しめるモデルです。エンジンも2リットルとなり、余裕があるのでロングドライブも楽になります。新たに設定された「VSテラコッタセレクション」は「VSホワイトセレクション」と同価格の設定で、ホワイトとは異なる高級感があり、注目のモデルとなることでしょう。
(文:諸星 陽一/写真:小林 和久)