LP400とLP500Sの違いは?永遠のスーパーカー「カウンタック」日本一は2年振りのLamborghini Day Japan で決定!エントリー10台の詳細を徹底紹介

■キングオブスーパーカーであるカウンタック、珠玉の10台が新宿住友ビルに集結

アウトモビリ・ランボルギーニ・ジャパンは、本年で5回目となるLamborghini Day Japanを東京の新宿住友ビル 三角広場で11月5日(金)~6日(土)に開催いたします。

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10台のカウンタックが並ぶ新宿住友ビル三角広場

2021年の今年は、ランボルギーニDNAの象徴とも言えるカウンタックが登場して50周年というアニバーサリーイヤー。そこで、日本にあるカウンタックの中から、最高の1台を決める「カウンタックコンテストジャパン」を開催します。

このイベントは、10月8日より応募を開始した「ランボルギーニカウンタックコンテストジャパン」で選出された10台のカウンタックを展示。

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コンテストの投票箱

当日、10台の中から気に入ったカウンタックに投票し、最も多いカウンタックが表彰されるというもの。我々プレスの回でも投票券が配られて、コンテストに参加しました。

アラフィフの筆者にとってランボルギーニカウンタックといえば、漫画「サーキットの狼」に登場するハマの黒豹の愛車であり、子どもの頃サンスターの製品を購入して、晴海や後楽園球場(東京ドームではありません!)へカメラを持って長蛇の列の中、撮影したキングオブスーパーカーです。

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29台から選ばれた珠玉の10台が並ぶ

新宿の住友ビル参画広場に並んだカウンタックは、LP400が2台、LP400Sが1台、LP500Sが1台、5000クアトロバルヴォーレが5台。そしてファイナルモデルとも言われるアニバーサリーが1台の合計10台です。その10台のうち、実に8台がポロストリコに認定されたクルマとなっています。ポロストリコとは、2015年の春にランボルギーニがイタリアにある本社で立ち上げたクラシックカー部門のこと。この部門はランボルギーニのヘリテージの保存業務を行っています。

現在、ポロストリコは2001年まで生産されたランボルギーニ車のレストレーション、認定証の発行、製造記録やアーカイブの管理、クラシックカーのレストアパーツの供給を行っています。今では、ポロストリコは世界中のランボルギーニクラシックカーのオーナーにベンチマークのような存在となっており、特に認定証は500以上の項目からなる点検結果をベースに詳細な資料を作成します。

この認定プロセスにより車両のオリジナリティや全体的なコンディションといった、「現在」の総合的な状態を明確にします。そして、オーナーには車両の総点検結果を書面で渡すとともに、署名入りの公式サマリーシートが渡されます。これにより、クラシックカーの真正性がメーカーに認められたことになり、オーナーにとって非常に名誉なことです。

10ベストに残ったカウンタックを簡単に説明すると、1番のオレンジのLP400はなんと、新車から日本にあるクルマで、リアには伝説のシーサイドモータースのステッカーが貼ってあります。2番のシルバーのLP400は塗装が新車からのオリジナルにもかかわらずピカピカです。

3番のLP400Sは走行距離9万5000kmで、オーナーは街乗りも普通に行っているとのこと。4番のLP500Sは車高調サスペンションを装着し、マグネシウムホイールで足元を引き締めています。

5番のクアトロバルヴォーレは赤いボディカラーとタン色の内装のコントラストが抜群。6番のクアトロバルヴォーレはインチアップしたマグネシウムのブラボーホイールを装着。

7番のクアトロバルヴォーレ珍しいインジェクション仕様。8番のクアトロバルヴォーレはまさにハマの黒豹を彷彿させるブラックのボディカラーがシックな雰囲気を演出しています。9番は20年前に購入し、運転するのは1年で元旦のみというこだわり。そして10番のアニバーサリーは全く手を加えずにフルノーマルの状態をキープしているクルマです。

メディア関係者の投票によって決まったNo.1のカウンタックは、エントリー番号1番のオレンジのLP400でした。コンディションはもちろんですが、リアに貼られたシーサイドモータースのステッカーが決め手という人も多かったようです。

このオレンジのカウンタックはきっと、自分が小さい時にスーパーカーショーで見たクルマだと思いました。自分の中でもキングオブスーパーカーは永遠にランボルギーニカウンタックです。

(文・写真:萩原 文博

この記事の著者

萩原 文博 近影

萩原 文博

車好きの家庭教師の影響で、中学生の時に車好きが開花。その後高校生になるとOPTIONと中古車情報誌を買い、免許証もないのに悪友と一緒にチューニングを妄想する日々を過ごしました。高校3年の受験直前に東京オートサロンを初体験。
そして大学在学中に読みふけった中古車情報誌の編集部にアルバイトとして働き業界デビュー。その後、10年会社員を務めて、2006年からフリーランスとなりました。元々編集者なので、車の魅力だけでなく、車に関する情報を伝えられるように日々活動しています!
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