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■これだけ変わった「クルマが売れない」時代の30年間
「クルマが売れない」といわれるようになったのは、いわゆるバブル経済崩壊がはじまった1991年初頭あたりからでしょうか。この頃からクルマの売れ行きは少しずつの減少傾向となり、クルマの造りも安っぽくなり、クルマの内外にコスト削減の跡が目につくようになりました。
そこで、「クルマが売れない」がいまだ続いている2021年の7月と、いまからきっかり30年前の1991年7月の販売台数を比較してみました。
●30年越しクルマ販売台数ランキング50比較
「一般社団法人日本自動車販売境界連合会」通称・自販連は、毎月Webサイトで、車種別や中古車、月別、ブランド別などの区分けで販売台数、登録台数を発表しています。
今回はその1991年7月版と、最新2021年7月版の「乗用車ブランド通称別ランキング」を使います。ただし1991年7月版は、当時のモーターファン誌1991年10月号に掲載されていた販売台数一覧が出典です。
30年越しのランキングベスト50を比較したらこのようになりました。
1991年時は、モーターファンに「普通乗用車」「小型乗用車」とが別枠で掲載されていたため、ランキング表1991年7月版は、「クラウン」のような、同じクルマで小型車と普通車が区分けして統計されるモデルは筆者が合計し、順位をつけました。
また、統計の仕方の違いか、現在の「アルファード」「ノア」「セレナ」などに相当する「ハイエースワゴン」「タウンエースワゴン」「バネットセレナ」などが1991年版には存在せず、必ずしも公平に比較できるものではないことをご了承ください。
まずひと目みてただただ「すごいな」といわざるを得ないのは、トヨタの強さ。
ベスト10を見れば、1991年7月は、1位の「カローラ」を筆頭に、2位の「マークII」、5位から9位まで「クラウン」「カリーナ」「コロナ」「スターレット」「スプリンター」の7台が占めています。いずれも古くから続くトヨタの看板モデルばかりです。
いっぽうの2021年7月は、「ヤリス」を筆頭に、10位までのうちの8台をトヨタ車が占領。いつの時代もトヨタ1強なのが、良いことなのか悪いことなのかわかりませんが、市場のニーズ、別のいい方をするならユーザーの心をつかむのが上手なトヨタだからこそなせる技でしょう。
話を1991年に戻し、目につくクルマを解説していきましょう。
●1位・カローラ(トヨタ) 2万7015台
1位のカローラは同年5月に、7代目にシフトしたばかりの新型ホヤホヤモデル。2万7015台というのは立派な数字ですが、それでもこの数字は、新型カローラとしては「不振」と呼ばれるものでした。理由は車両本体価格。カローラとしては車両価格が高くなっていたのです。
当時の多くの大衆車はエアコンが販売店オプションでしたが、装着率はかなり高くなっていました。そこでトヨタは「どうせ後からつけるなら」と、新型カローラの最多量販主力モデルの「SE-L」をはじめ、そのほかの上級モデル「SE-G」「GT」に限ってはオートエアコンを標準化したのです。
初めからつけてしまえば量産効果でエアコン単価はむしろ安くなり、ユーザーにはメリットがあるのですが、見かけ上の車両本体価格は上昇したため、この点に敏感に反応した市場がやや敬遠気味になったというのは、新型カローラにとって気の毒なことでした。もう少し緻密に見てあげればお得であることがわかったのに…。
しかしクルマの出来はカローラ史上1級品。その後のカローラを含めてみても、ひとつ格上の当時のコロナが気を悪くするのではと心配になるほどの、内外装やメカニズムに最高品質の仕上がりを持ったカローラで、ハーネスのコネクターには金メッキを施した部分もあるなど、筆者は「やりすぎカローラ」と呼んでいるクルマで、歴代カローラの中でいちばん親しみを抱いているカローラです。
車内のスペースが「初代クラウンと同じになった(トヨタ測定)」というのもこの7代目カローラの話題のひとつでした。
●2位・マークII(トヨタ) 1万8577台
2位はマークII。「ハイソカー」を象徴するクルマで、コロナまたはカムリとクラウンの間ながら、クラウン寄りのポジションにあるクルマです。
マークIIを見て思うのは、いつでも「クラウンの弟」にとどまっておらず、きちんとマークII(とチェイサー、クレスタ)のキャラクターを明確にしているところです。当然価格はクラウンよりも安いのですが、だからといって「プアマンズクラウン」になっていないところがトヨタの商品づくりのうまさでしょう。
外観のきらびやかさ、内装の(日本的な)豪華さ。カローラ、コロナから卒業したい日本のお父さんの受け皿とするにうってつけな、巧みな商品性を持たせたクルマで、かつ、いかにも日本的なクルマだと思います。
●4位・シビック(ホンダ) 1万6899台
3位のサニーに続き、4位は「シビック」。
いまは「アコードとどれほど違うの?」といいたくなるほど、まるでキャラクターが変貌してしまったシビックですが、1991年時はホットハッチなキャラクターを持った3ドアハッチバックがメインのホンダ主力車でした。
初代シビックの思想からすると、このシビックもだいぶ変貌しているのですが、低全高、ロングルーフというスタイルは、カローラやサニー、ファミリアにはないシビック独特のもの。ただし、アメリカで「シビック」といえばセダン。逆に日本のシビックセダンはハッチバック人気の影にありました。
写真のシビックは10月のモデルチェンジ直前の4代目。後期型にVTECを搭載したクルマで、この時期の4位は大健闘というべきでしょう。
●5位・クラウン(トヨタ) 1万5884台
5位は「クラウン」。1万5000台超え!
5ナンバーサイズ最後のクラウンで、シビック同様、10月にモデルチェンジを控えた8代目モデル末期のクラウンです。いまのクラウンとは値段が違うとはいえ、当時としてはやはり高いクルマ。当時の日本人は財力があったんですね。台数のうちのほとんどを3ナンバー車が占めていることがそれを証明しています。
●6位・カリーナ(トヨタ) 1万4866台、7位・コロナ(トヨタ) 1万3720台
6位と7位には「カリーナ」「コロナ」が続きます。
後進の「アリオン」「プレミオ」の影の薄さを思うと、いまのひとたちにはこの2台が6位・7位というのは信じられないと思いますが、どちらもトヨタの看板老舗モデルで、クラウンやカローラと並んで1970年代にトヨタという自動車メーカーを大きくしたクルマです。
コロナもカリーナも、機械部分を共用したクルマ。着ている服が違うだけというほど同じでもないのですが、コロナが日本の標準的ファミリーを対象とするなら、カローナはコロナの層よりもヤング(!)ファミリーがターゲットで、内外装もカジュアル仕立て。
サイズもほぼ同じで、内装などコロナと同じ部品を使っていながらそれを感じさせず、うまく造り分けをこなしているところがトヨタの商品づくりのうまさです。全体的には同じ方向を向いている2台なのに、似た数だけ売って6位7位に収まるなんて、そうそうできることではないでしょう。
もともと「カリーナ」は、最近亡くなった千葉真一さんを宣伝キャラクターに据え、「足のいいやつ」のフレーズで、千葉真一さんと同じくらい男くさいキャラクターで発進したクルマだったのですが、FF化して以降はカジュアル路線に転向。
このような路線変更はたいてい失敗するのですが、新しいカリーナ像を打ち出してそのジンクスなど覆したのがトヨタのうまさなら、同じトヨタ店で売るクラウンユーザーへのセカンドカーとして食指が動く車両キャラクター、価格設定にしたのも巧みでした。
●11位・レガシィ(富士重工) 1万0557台
11位はレガシィ。ワゴンが売れない日本市場にあって、「レオーネ」時代からほそぼそと売っていた「ツーリングワゴン」がレガシィで開花、日本のクルママーケットに「乗用ワゴン」のカテゴリーを根付かせた立役者です。
それまでも日本にはワゴンがありましたが、いずれもセダンを母体にしたライトバンをさらにベースにしたものであったり、初代サニーカリフォルニアのように、サニークーペがベースという、いずれもワゴンづくりに対して本気ではなかったのが日本のワゴンでした(当の富士重工にも、レオーネツーリングワゴンと同じボディのレオーネバンがあったのですが…)。
レガシィはライトバンを設けず、得意の4WDを強みとして臨んだ結果、売れ行き不振で「倒産寸前」とまでいわれた当時の富士重工の息を吹きかえさせたクルマです。だからこそ、レガシィのセダンとツーリングワゴンの販売比率は1:9だったことも添えておきましょう。
軽自動車のレックス、サンバーはともかく、初代レガシィが出るまで、富士重工がレオーネとジャスティの特別仕様車だけで食いつないでいたことを知る筆者の目には、この初代レガシィが富士重工の救世主に思えてなりません。
●16位・プリメーラ(日産) 8555台
16位は「プリメーラ」。ブルーバードと機械部分を共有しながら、フロントに世界初のマルチリンク式サスペンションを備えた、日産らしい1台です。どちらかといえば、クルマを知る通好みのクルマでしょう。
空気抵抗に配慮しながら、外寸はできるだけ小さく、しかしキャビンは広く。これが宣伝フレーズにも使われた「プリメーラ・パッケージ」。エアロパーツ装着車はCd値(空気抵抗係数)0.29を大きくアピールしていました。
近似するサイズの兄弟車の販売は、トヨタ以外はたいていうまくいかないのですが、ブルーバードと併売されたプリメーラは、トヨタ以外の兄弟車併売例としては成功作だと思います。
たとえばカローラのように大きな台数を長期間売るというのがどのクルマにとっても理想でしょうが、それほどではなくとも、ある一定数をモデルライフ中に確実に、均等に売るというものひとつのヒット例であり、これはこれで難しいことなのです。
●20位・マーチ(日産) 6824台
20位の「マーチ」も注目すべきクルマです。実はこのマーチは1981(昭和56)年10月に発表された初代マーチ。翌1991(平成2)年1月にモデルチェンジした時点で、初代の「9年3ヵ月」というモデルライフが話題になりました。
この頃のモデルチェンジサイクルは4年が常識だったので、ほぼモデルチェンジ直前期にある約10年選手が20位6824台の数をこなしたのは大健闘。コマーシャルでよく流れていた「i・z(アイ・ズィー)」という、特別仕様車からカタログモデルに昇格した低価格モデルがよく売れました。
●23位・シルビア(日産) 5822台
23位は「シルビア」。説明不要のスペシャルティ2ドアにして日産の大ヒット作です。
2ドアクーペ市場をこの頃はトヨタ「セリカ」、ホンダ「プレリュード」と共に席巻…いや、このS13型シルビアが独占したに近かったといったほうがいいでしょう。後期型ではそれまでの1800cc(CA18エンジン)から2000cc(SR20)に格上げして商品力を強化、人気をさらに押し上げました。
S13人気のくやしさでトヨタが投入したのがセリカ、カリーナED、コロナEXiV兄弟の4番めとして投入した「カレン」でしたが、さすがのトヨタもS13には太刀打ちできませんでした。
いまは2ドアクーペ市場が壊滅状態ですが、あれほどの三つ巴戦を演じたシルビア、セリカ、プレリュードはすべて販売終了しているとは、時代の違いを実感させられます。
ランキング表全体を見てわかるように、この頃のクルマ市場は、セダンが主軸だったことがわかります。
「ブルーバード」「レガシィ」「カムリ」「ローレル」「プリメーラ」「セドリック」、以下続々。ここにあるベスト50の中でいまも健在なのは「カローラ」「シビック」「クラウン」「レガシィ」「カムリ」「スカイライン」くらいのもの。日本での初代時代から、世界では「レクサスLS」として売られていた「セルシオ」も仲間に入れていいでしょう。いったん途絶えた「ミラージュ」「シーマ」の現代版は、当時とは別もの扱いとします。
現在も販売中のモデルは、やれミニバン、SUV全盛のいまとあってはさすがに存在感が霞んできていますが、それでもトヨタ車が多いのは、トヨタの強さを見せつけられる思いがします。
●台数に着目してみる
1991年7月の販売台数を見ると、この月の1~11位まで1万台を超えています。カローラなど群を抜く2万7015台!
ひるがえって現代2021年7月には、ヤリスの2万3200台やルーミーの1万4807台はともかく、3位のカローラ以下は1万台を切っています。
カローラは多くがワゴンが占めているであろうとはいえ、いつになってもブランド力を保っている点は称賛すべきでしょう。
クルマのカテゴリーも総入れ替えされ、従来型の純セダン(明らかにセダンタイプのみ)のクルマは27位にようやくクラウンが顔を出すというのが現況です。そして全体の台数は、1991年と2021の7月を比べれば、半分強にまで減っています。
クルマの売れ行きにブレーキをかけている理由は複数挙げられます。
ひとつはクルマの購入、維持にかかる費用の高さ。景気が後退してクルマが売れなくなったといっても、表を見てわかるとおり、1991年時点ではいまの倍近く売れていました(以後減っていきはするのですが)。クルマの主力車型はセダンから小型ハッチバック、ミニバン、SUV型に代わりましたが、価格や税金がいまほど高くなければもう少し販売台数は増えるでしょう。
車両価格もずいぶん上がりました。この頃は75~100万円あたりが中心価格だった軽自動車も、いまは乗り出し時点で200万円を覚悟しなければなりません。安全デバイスの充実を含めればやむなしと思うのですが…。
もうひとつは税金です。税金の多いこと多いこと。軽自動車税の値上げも許せませんが、ガソリン税の二重取りも許せません。自動車重量税もしかり。これは田中角栄氏が提唱したものだったのですが、もともと時限立法で、とうの昔に撤廃されていなければならないものです。それがいまだに適用されているというのはどういうことでしょうか。
日本人の平均収入が下がりっぱなしなのも問題です。下がりっぱなしなのに加え、消費税も1991年時の3%からいまは10%になりました。クルマにお金をかけず、スマートフォンなどに費やすのは個々の自由なのでともかく、収入が下がり、クルマ以外のあらゆるものに対しての支出が増えれば、クルマの購入に二の足を踏むというものです。
「いまの若者はクルマに興味がない」というのも半分は嘘だと思います。消費税をはじめとするナントカ税の類が撤廃&減税され、かつ収入が納得いくものになってクルマの購入が射程圏内に入るとわかったとき、若い人たちもたちまち興味を抱き、クルマの購入に動き始めるでしょう。
●日本には小型車こそが必要!?
最後に筆者が考えているのはサイズの問題。自動車メーカーはクルマが売れない国内市場よりも、海外市場に目を向けるようになりました。彼の地に適したサイズのクルマのおこぼれを国内向けにしているようではためらうひとも多くなるでしょう。2021年7月版の販売台数を見ると、アルファードやヴェゼル、ハリアーといった3ナンバーサイズ車(普通車枠)のクルマも上位に食い込んではいますが、1位のヤリスをはじめ、全体的には5ナンバーサイズ(小型車枠)のクルマが多くを占めています。
自動車メーカーがいう、世界に対して需要数が圧倒的に少なくなる日本市場向けのクルマに開発費用&マンパワーを投入できない事情はわかりますが、販売動向を見れば、やはり日本は小型車ユースが適した市場であることに間違いありません。
少子高齢化&収入の低下で購買力が落ち、クルマが売れなくなったら自動車各社は海外市場に目を向けるようになりました。しかし少子高齢化や不況による収入の低下は自動車メーカーのせいではありません。やはり行政の責任。「クルマが売れない」ことの対策は、自動車メーカーばかりが頑張っても仕方ないことなのです(自動車工業会としては策を掲げてほしいのですが)。
今後もクルマの売れ行きが減るぶん、クルマ1台あたりの価格は上昇の一途をたどるでしょう。今日よりは明日、明日よりは明後日という具合に。となると電気製品などと同様、クルマの買い時はいつでも「いま」なのかもしれません。
何だか最後は固い話になってしまいましたが、以上、30年越し販売動向の比較解説でした。
(文:山口 尚志 写真:トヨタ自動車/本田技研工業/SUBARU/日産自動車/モーターファン・アーカイブ(掲載順))