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■いまは見なくなった、自動車走行性能線図を引っ張り出す。
現在の自動車カタログは、90年代までのものとはずいぶん内容が変わってきています。
かつては、そのクルマのキャラクターに合わせたシチュエーションを設定し、屋外での新型車写真を載せていたものです。車両ばかりではなく、そのクルマのアピールポイントを、クルマの内外、装備群、メカ…あらゆる分野に渡って表現、造り手がどのようなひとたちに乗ってもらいたいのか、どこに熱を込めて造ったのかの想いがカタログからにじみ出ていたものです。
いまはCGを多用したイメージ写真の羅列で、エンジンやサスペンションをはじめとするメカニズムの説明、透視図などは申し訳程度のスペースしか割かれていないものに変わってきています。
●「自動車走行性能線図」が意味するものとは?
いまのクルマのカタログから消えたもののひとつに、「自動車走行性能線図」があります。ひと言でいうと、これは各速度に於ける、クルマの走行性能をグラフ化したもので、25本前後の線から成り立っています。
これが自動車走行性能線図。いまのクルマの性能線図はなかなか手に入れられないので、昔の、とある2000cc、5速マニュアルトランスミッション車の線図を見てみましょう。
たくさんの線がごちゃごちゃしています。これは3つの要素を重ねているためにごちゃついて見えるだけで、分けて見ると内容を簡単に把握することができます。
わかりやすいように、3要素の線を色分けしてみました。
では、ひとつひとつについて説明していきます。
1.エンジン回転数と走行速度
各速度に於ける、各ギヤでのエンジン回転数をグラフ化したものです。このグラフでは赤色にしました。5速車なら5速に後退ぶんを加えた6本の線で示されます。
各ギヤとも、各速度でのエンジン回転数は、常に一定にして比例関係にあります。たとえば3速、時速50km/hのときのエンジン回転数が2500rpmなら、速度が倍の100km/h時にはエンジン回転数も倍の5000rpmになります。だから直線で描かれます。
厳密にいうと、実際の伝達効率は100%ではなく、各ユニットで数%ずつの損失を受けますから、実車をテスト台に載せて測定&グラフ化すれば、直線ではなく、わずかに低い数値を示す、大きなカーブの曲線になる(平面に見えるクルマのドアガラスが、実際には2000~2500Rの曲面ガラスであるように)のですが、理論的には直線になる(はずの)ものです。
よく「ローギヤード(エンジン回転数に対して速度が低い傾向のギヤ比)」「ハイギヤード(エンジン回転数に対して速度が高い傾向のギヤ比)」といいますが、単純に、これらの線が傾きそのままにいくらかでも左にあれば加速性重視のローギヤード、右にずれていれば低燃費志向のハイギヤードとなり、全体のギヤ比の傾向や、そのクルマの性格をも読み取ることができるわけです。
余談ながら、ギヤ比がいくつならば「ローギヤード」「ハイギヤード」といえるような、明確な数値的定義はありません。あくまでも感覚的、目安的なものです。このへん、カメラレンズの「広角」「中望遠」「望遠」と同じです。
2.走行抵抗線図
各速度に於ける、各勾配でのクルマの全走行抵抗を茶色で記したものです。クルマは自身に降りかかる、主に次の抵抗に打ち勝って走っています。
A.転がり抵抗・・・文字どおり、タイヤが路面上を転がるときに受ける抵抗。
B.空気抵抗・・・私たちが日常生活を送る上でまったく意識はしていませんが、空気は粘性を帯びており、クルマが走るときには常に車体にまとわりつきます。この空気抵抗もいくつか内訳があり、ここでは割愛しますが、とにかくクルマはこの空気抵抗を受けながら走っています。
高速走行時、窓から手を出して手のひらを前に向けてみてください。走行風にあおられて後ろに押されますね? これが空気抵抗。たった手のひら1枚でさえ、このような影響を受けるのですから、クルマ正面ではいかほどの空気抵抗を受けているか、想像がつくというものです。
C.勾配抵抗・・・クルマが坂道を登る場合、走る方向とは逆向き(後ろ)への重力が働きます。つまりこのときは、その重力にも打ち勝たなければ登れないわけで、これが勾配抵抗です。
これらA、B、Cを総合したものが走行抵抗で、グラフ化したものがこの走行抵抗線図です。各グラフ線の「0%」「3%」「5%」…は、勾配の数字。たとえば「3%」とは、平面を100m進み、真上に3m上がったところとスタート地点を結んだ線の傾斜の度合いを「3%の勾配」といいます。したがって「0%」とは平らな道のことで、グラフの「0%」だけはA+Bということになります。
このグラフはA、B、Cの総額で、抵抗の内訳まではわかりませんが、「0%」の道でさえ、速度が上昇するほど抵抗が増えているところから、スポイラーなどのエアロパーツが「かなりの高い速度域でないと機能しない」の意味が理解できると思います。
3.駆動力線図
こちらは青い線で描きました。エンジンが発したトルクがトランスミッション、クラッチ、最終減速機を経て伝わった、駆動タイヤへの駆動力の、各ギヤでの数値をグラフ化したものです。1.と同様、全6本の線で示されます。
これらから各ギヤ、各速度に於ける登坂性能や走行抵抗などを読み取ることができ、そのクルマの性能をおおざっぱにでも把握できるのがこの「自動車走行性能線図」なのです。
このグラフからこのクルマの最高速度を知る方法をお教えしましょう!
●走行性能線図から最高速度を導き出す
もういちどグラフを出しましょう。
このグラフにある全25本のうち、最高速度をつかむのに必要なグラフは、2.の走行抵抗線図と3.の駆動力線図のふたつ。しかも線はたったの2本です。
ごちゃついて見えるグラフから、余計なものを消していきます。
まず1.のエンジン回転数と走行速度の線を消してみます。はい、赤い線がいなくなりました。
ところで、ご自分のクルマの最高速度がどれほどなのかを実際に試そうと考えたとき(あくまでも頭の中でのシミュレーション!)、平坦な道で走らせようと考えるはずです。上りや下りの坂道でやろうとする人はいません。
というわけで、茶色い走行抵抗線図の「0%」だけを残し、ほかのものは消します。
にぎやかだったグラフがだいぶさびしくなってきました。
あなたがご自分のクルマの最高速度がどれほどなのかを実際に試そうと考えたとき(もちろん頭の中で!)、最上位のギヤで走らせますね? 3速や4速、ましてやバックギヤで試そうなんていう人はいません。
ということから、同じく、駆動力線図のうち、後退と1~4速の青線も消します。
じつに殺風景になりましたが使うのは、「0%」の走行抵抗線図と、「5速」の駆動力線図の2本だけ。
ただしこれだけでは最高速度はわかりません。いや、実はあなたの目にもほぼ見えているのですが、初めての方のために説明します。
「5速」の駆動力線図の青線の先を、「0%」走行抵抗線図と交わるまで延ばします(緑色の線)。
ここで、このグラフの2本線が何を意味しているかを説明します。
このクルマが、仮にいま90km/hで走っているとします。
「90km/h」のところにピンク色で分かりやすく太線を引きます。
これをどう見るか?
ピンク線の、5速駆動力線との交点から左に線を引くと、このクルマが5速、90km/h速度時に発している駆動力は、約160kgであることがわかります(1本斜線部)。
いっぽう、ピンク色の、0%走行抵抗線との交点から線を左に描いて見えてくるのは、5速、90km/h、平坦0%勾配路走行時の走行抵抗は約55kg(2本斜線部)だということです。
これらは「90km/hで平らな道を5速ギヤで走っているとき、このクルマは、駆動力160kgのうちの55kgを走行抵抗に費やしていますよ」ということを意味しています。
ここで1本斜線の160kgから2本斜線の55kgを差し引いた残りの部分に着目してください。これは一体何でしょうか?
「160kgから55kg取られたって、まだ駆動力が残り105kgもある、まだまだ余裕」と、いわばクルマが「余裕こいている」状態。これが余裕駆動力です。
ここではある点…90km/hポイントを例にしましたが、つまり、青い駆動力線と茶色の走行抵抗線の間のエリア(グラフのピンク部)は、どの速度であれ余裕駆動力ということになります。
もしこのクルマのエンジンだけをもっとアンダーパワーなものに載せ替えたとすると、この青線がいくらか下に位置することになります。この場合、アンダーパワーになる分、余裕駆動力も少なくなるため、同じ場所を同じ速度、同じギヤ比で走っても、ギヤを1段下にする必要が生じてくることになります(エンジンを入れ替えても車両重量が同じである場合。)。
●最高速度はどこに隠れている?
さて、最高速度です。そもそも「最高速度」とは何でしょうか?
1.アクセルを踏んでも加速が頭打ち=これ以上速度が上がらない
2.余裕駆動力がないために…
3.加速できない
4.だからいまが最高速度
という状態のことです。
つまり、最高速度を知りたいなら、グラフの中の「余裕駆動力がなくなったポイント」を探せばいいのです。
思い出してください。もともとこの2本の線は交差しておらず、5速の駆動力線を延長して0%勾配線と交差させました。これは余裕駆動力が0(ゼロ)になるポイントをきっちり定めたかったからなのです。実はここが余裕駆動力がなくなる場所でした。
というわけで、このポイントから下に線をおろした場所がこのクルマのおおよその最高速度ということになります。すなわちそれは約185km/h!
90km/h走行時の説明で、発生駆動力がいくつ、走行抵抗がいくつと述べましたが、これは余裕駆動力の説明のために数値を出したまでで、述べたとおり、最高速度を見つけ出すのにこれら数値を出す必要はありません。
ここまでいろいろと書いてきましたが、途中の説明がめんどくさかったでしょ?
だったら、その内容を理解していなくとも、最高ギヤの駆動力線と0%勾配の走行抵抗線の交差点から下に線をひけばいいだけです。そこがそのクルマの最高速度です。
いっけん、ややこしそうな自動車走行性能線図ですが、たったこれだけのことで最高速度を見つけ出すことができるのです。
(文・グラフなど:山口 尚志 写真:本田技研工業 グラフ元:日産自動車/本田技研工業)