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■鈴鹿500kmレースとル・マン24時間レースで優勝し、「ホンダ・NR」で市販化
●画期的な1気筒あたり8弁のショートストロークエンジンで高回転高出力を達成
エンジンのシリンダーやピストンは真円であるという常識を覆して、ホンダはレース用エンジンに楕円ピストンを開発し、「ホンダNR」で限定販売ながら市販化も実現しました。
誰もが驚いた楕円ピストンエンジンについて、解説していきます。
●どのようにして楕円ピストンは生まれたのか
ホンダは、1978年のロードレース世界GP(MotoGP)に復帰参戦するため、ライバルマシンに負けない4ストロークエンジンの開発に着手しました。当時のレーシングエンジンは、トルクの高い2ストロークエンジンが主流でしたが、ホンダはそれ以前のレースで実績のある4ストロークエンジンにこだわりました。
エンジンの開発にあたり高出力を得るための手段として、高回転まで回すためにマルチバルブ化とショートストローク化の2つを実現する必要がありました。
これを実現するために、考え出されたのが楕円ピストンです。
●楕円ピストンの狙い
4ストロークエンジンは、エンジン2回転に1回燃焼によるトルクが発生、一方の2ストロ-クは1回転に1回燃焼によるトルクが発生するため、理論上は同じエンジン回転では4ストロークエンジンは2ストロークの半分のトルクしか発生しません。
したがって、4ストロークで2ストロークに対抗するためには、エンジンを高回転化、倍速化しなければいけません。必要なのは、高速回転化できる動弁機構と高い吸気効率を実現する吸気レイアウトの開発でした。
楕円ピストンによって1気筒に8個の弁が無理なく収まり、ポート形状の不均一さも動弁機構の複雑さもない超ショートストロークのエンジンレイアウトが可能になりました。
●楕円ピストンの構成とメリット
燃焼室には吸気弁×4と排気弁×4の計8本の吸・排気弁と2本の点火プラグを配置して、楕円ピストンは2本のコンロッドで支持します。ちょうど通常の4弁エンジンの2つの気筒を合体したイメージです。
楕円ピストンエンジンは、通常の真円の2気筒エンジンに対して以下のメリットがあります。
・吸・排気弁の有効開口面積の増大→吸気・排気効率の改善による充填効率の向上と高回転化
・往復運動部質量の軽減→往復慣性重量の軽減による高速域のフリクション低減
・シリンダー周長の減少→シリンダーライナーからの熱損失軽減
・シリンダー幅の短縮→エンジンのコンパクト化
一方で前例のないエンジンなので、楕円形状のピストンリングの耐久信頼性や2本のコンロッドによる支持バランスの難しさなど多くの課題もありましたが、最終的にはレース用500ccエンジンで目標であった136PS以上の最高出力と最高回転20,000rpmを達成しました。
楕円ピストンのエンジンを採用したレーシングバイクは、新しい技術によってレースに勝利するという意味を込めて「NR(New Racing)」と名付けられました。1978年からロードレース世界GPに参戦し健闘しましたが、鈴鹿500kmレースやル・マン24時間レースで優勝を果たすものの、約20kgのシリンダーヘッド質量の増大によるハンディのためか、世界GPでは結局勝利できませんでした。
●ホンダNRの市販化
1992年には、世界で初めて楕円エンジンを搭載した「ホンダ・NR」を国内に限定販売で300台投入しました。
排量750ccのV型4気筒エンジンは、吸入空気量の増大とフリクションの低減によって最高出力130PS/14,000rpmを達成しました。同一排気量の従来エンジンと比べると、最高出力と最高出力回転は大きく上回り、幅広いパワーバンドと高速域で伸びのある出力特性が最大の特長でした。
楕円ピストンエンジンは、ホンダのプライドや意地が成し遂げた超ユニークなエンジンですが、今までにない、これからもおそらく出現しない、空前絶後のエンジンではないでしょうか。
モノづくりに対する大いなるこだわりや遊び心、余裕がない現在では、このような挑戦は難しいと思います。
(Mr.ソラン)