■FFが得意なメーカーがRRを作るという大胆アプローチ
ホンダがついに電気自動車に参入。その名も「ホンダe」というわかりやすい車名でデビューしました。
最大の特徴はモーターをリヤに搭載した後輪駆動としたこと。原動機(モーター)の重心点がリヤアクスル(後軸)よりも後方に配置されるので、RR(リヤモーター・リヤドライブ)という方式のクルマです。
ホンダは軽自動車からスーパースポーツのNSXまで、乗用系のモデルをフルラインアップするメーカーですが、その多くの車種はFF(フロントエンジン・フロントドライブ=前輪駆動)車となります。歴史を見ても後輪駆動のクルマは数少ない車種のみとなっています。ましてやRRモデルは初の試みです。
FF、FR(フロントエンジン・リヤドライブ)、RR、MR(ミッドシップエンジン・リヤドライブ)といった単語は、クルマのエンジン搭載位置と駆動方式を表し、基本的な特性や性能を計り知ることができました。
しかしそれは、エンジンが重量物でクルマの重心点を決定づける要素だった時代の話で、EVとなると重量比ではバッテリーが大きなウエイトを占めるので、モーターがリヤにあるからという点はあまり重要ではありません。ただし、リヤタイヤを駆動するという点は非常に重要なポイントとなるのは変わりありません。
今どきはコンパクトカーといえばFFが主流。そして自らもFF車に慣れ親しんだ身体で、4mを切る全長のホンダeに乗り込みクルマを走らせると、後ろからシートを押される感覚になんとも懐かしい印象を受けます。交差点を曲がり、ステアリングを切ったままアクセルペダルを踏み込んだ感覚は明らかに後輪駆動です。
駆動と操舵を同じ前輪で行うFFは、いくら洗練されたといってもFFのクセが抜けません。コーナーを回っていく際、FFはステアリングを切った方向とほぼ同じ角度で駆動力が掛かりリヤタイヤが抵抗になりますが、後輪駆動は角度のついた前輪が抵抗になります。そして前輪と手はステアリングシステムを介してつながっているので、その感覚がダイレクトに伝わってきます。
もちろんホンダeはイージーに乗れるクルマなのですが、ステアリング切り角やアクセルコントロール(つまりトラクションの掛け方)を間違うと、それをしっかりインフォメーションしてくれます。じつはホンダeはすごくクルマの基本を教えてくれるクルマだと感じました。
加速は発進からかなり力強いものです。試乗車はアドバンスという上級のグレードで、最高出力は154馬力、最大トルクは315Nmです。出力はステップワゴンの1.5リットル・ターボ程度ですが、トルクは280馬力の出力を誇った初代NSXを少し上まわる数値。そりゃ、力強くて当たり前です。
そしてコーナリング性能もかなり高い。なにしろ履いているタイヤがミシュランのパイロットスポーツ4というスポーツ系のタイヤなのです。とくにコーナーの半径が大きい高速コーナーでは、バッテリーをフロア下に積む低重心なEVらしいビシッと決まったコーナリングを見せます。
この感覚はコンパクトEVならではと言えるでしょう。どんなに重心が低くても、車高そのものが高いSUV系のEVではこうは走りません。
RRのレイアウトによってフロントタイヤの切れ角を大きくすることが可能となり、結果として最小回転半径も4.3mとかなり小さくなりました。NワゴンのFFが4.5mですから、いかに小回りが効くかがわかるでしょう。
今回の試乗会では大量の段ボール箱を積み重ねて作った巨大迷路を走るイベントがあったのですが、取り回しと見切りの良さで1750mmの全幅を感じない走りができました。
ホンダではホンダeを都市型コミューターと呼んでいます。搭載されるバッテリーは35.5kWhで、アドバンスの場合の航続距離はWLTCモードで259kmとなっています。
しかし、考えてみて下さい。初代リーフに搭載されたバッテリーは20kWhで、JC08モードで航続距離は200kmでした。初代リーフの後期型でもバッテリー容量は30kWh、JC08モードで航続距離は280kmだったので、ホンダeが都市型コミューターと言っているわりにはじつはそれなりの長距離ドライブも可能となるはずです。
標準タイプが451万円、アドバンスが495万円という価格はちょっと二の足を踏んでしまいます。電気自動車のほうがエンジン車に比べて、ランニングコストが安いのは確かですが、固定費としての価格はやはり高いです。そこがもっとも気になる点なのです。
しかし、あらゆる部分にホンダらしい革新性を感じられ、ホンダがEVを作るならこのアプローチだろうなあ、と感じます。ホンダの最初のハイブリッド車がインサイト(今のインサイトとはまったく違うクルマだった)であったようにです。
(文・写真/諸星 陽一)