ホンダがF1参戦終了を発表。同じタイミングでHonda eが発売されることのブランディング的な意味【週刊クルマのミライ】

■エンジンを使ったモータースポーツがブランドに不要と感じているのはホンダだけじゃない?

2020年10月2日、個人的にはホンダの電気自動車Honda eのメディア向け試乗会に参加する日で、朝からいそいそと会場に向かっていました。

日本では10月30日に発売の始まるHonda e、その全長4m足らずのコンパクトカーとは思えない、質の高い走りに感動して帰宅すると、ホンダからYouTubeにて緊急会見をするというメールが届いたのです。

リンク先をクリックすると、画面の中では本田技研工業の八郷隆弘氏が

『Hondaは、この度FIAフォーミュラ・ワン世界選手権へのパワーユニットサプライヤーとしての参戦を、2021年シーズンをもって終了することを決定いたしました』

と発表しています。そうです、ホンダの第四期F1活動は2021年シーズンをもって終了するというわけです。

その理由として、ホンダが「2050年カーボンニュートラルの実現」を目指していること、そのためにはカーボンフリー技術の中心となる燃料電池車(FCV)・バッテリーEV(BEV)など、将来のパワーユニットやエネルギー領域での研究開発に経営資源を重点的に投入していく必要があること。そこに人的資源を含めて開発リソースを投入するため、F1へのパワーユニット供給を終了するということが説明されました。

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欧州におけるCO2排出量規制に対応すべくホンダがリリースした「街なかベスト」の電気自動車がHonda e。ブランディングの方向性が変わっていく象徴といえる(写真:門真 俊)

とはいえ、それはある意味で建前といえます。F1活動を行なうことで投資に対する明確なリターンがあれば参戦終了する必要はないでしょうし、その上でカーボンニュートラルに向けた開発リソースについても他の部門から調達することも不可能ではないからです。

はっきり言えば、ホンダに限らずもはや多くの自動車メーカーにとってF1を頂点としたモータースポーツはブランディングにつながる効果がないといえ、F1に関わる意義がなくなっていることが今回の参戦終了には感じられます。

いくらF1がエネルギー回生を利用したハイブリッドパワーユニットをレギュレーションで定めているといっても、やはりエンジン音が響き渡るものというイメージは強く、ICE(内燃機関)ありきのモータースポーツであることには変わりはありません。

そうしたモータースポーツにいつまでも関わっていることは、カーボンニュートラルやZEV(ゼロエミッションビークル)といったキーワードで表現される近未来のモータリゼーションにはそぐわなくなっています。

事実、CO2排出量規制が一足早く厳しくなる欧州では、旧来のモータースポーツ全般から距離を置くブランドが増えてきています。ドイツのツーリングカー選手権としてお馴染みのDTMからは、2018年にメルセデスが撤退していますが、さらに2020年をもってアウディが撤退することが発表されています。

残るはBMWだけとなり、メーカーが競い合う場ではなくなる見込みです。アウディの撤退理由としてCO2排出量規制に対する再編という表現が使われていますが、ようは一般ユーザー向けのアピールとして、排ガスを出すようなレースはブランディングツールとしての価値がなくなったという意味でしょう。

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1967年のF1イタリアGPでホンダに通算2勝目をもたらしたRA300。ちなみに、ホンダの第一期F1活動は、フル参戦したのはたったの4シーズンで終了している(写真;Honda)

モータースポーツファンからすると納得いかないかもしれませんが、ZEVであることがインテリジェンスといったイメージのブランディングをするには、エンジンを使うような「古いスタイル」のモータースポーツからは手を引くことが必要といえます。

そうしたブランディングの方向が各社で強まっているのは、電動マシンによる世界選手権「フォーミュラE」には参戦メーカーが続々と増えていることからも明らかでしょう。

F1が築き上げてきたフォーマットによるモータースポーツの価値がなくなるとはいいませんし、ドライバー選手権としての価値は十分に高く、参戦するドライバーへのリスペクトがなくなるとはいいません。しかし、自動車メーカーとしてはエンジンを使うモータースポーツに関わっていることは古い価値観に縛られたブランドというイメージになりかねない…そんな時代の風が吹いているといえるのです。

もちろん、まったく歯が立たないまま参戦終了してしまうのでは技術力イメージのブランディングにおいてマイナスですが、昨シーズンから表彰台を狙える実力を示してきたことで、ホンダとしては堂々と撤退できると考えた部分もあるでしょう。

いずれにしても、ホンダが生き残りをかけて目指す「2050年カーボンニュートラルの実現」においてF1活動を維持することは、開発リソースだけでなくブランディングの面からも不要といえます。

実際、欧州メーカーではフェラーリについでF1参戦歴の長いルノーは、来シーズンより「アルピーヌ」ブランドを前面に出すことを発表しています。メルセデスにおいてもF1によってブランディングしているのは「ベンツ」ではなく「AMG」です。

フェラーリもそうですが、環境対応とは無縁のイメージでもビジネスが成立するハイパフォーマンス系ブランドしかF1をブランディングに活用する価値がない、という時代なのかもしれません。

もちろん、ホンダの経営状況を読み解けば、リターンが見込めないまま道楽的にF1活動を続けるほどの余裕がないのも見て取れます。必ずしもZEV時代のブランディングだけがF1参戦終了の理由ではないでしょうが、世界的な自動車メーカーのモータースポーツに対する姿勢を見ていると、ホンダの判断はそうしたトレンドに則ったものといえるのも事実です。

今回の記者会見で八郷社長はF1以外のモータースポーツについて『モータースポーツ活動はHondaのDNAであり、これからも熱い想いを持って、参戦しているカテゴリーでのNo.1を目指し、チャレンジを続けていきます』と説明しましたが、DTMの状況などを見ていると、F1以外のレース活動は安泰とはけっして言えないのはでないでしょうか。

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ホンダがパワーユニットを供給するRed Bull Racing(レッドブル・レーシング)。チャンピオンが狙えるパフォーマンスを持つと評価されている(写真;Honda)

(自動車コラムニスト・山本晋也)

この記事の著者

山本晋也 近影

山本晋也

日産スカイラインGT-Rやホンダ・ドリームCB750FOURと同じ年に誕生。20世紀に自動車メディア界に飛び込み、2010年代後半からは自動車コラムニストとして活動しています。モビリティの未来に興味津々ですが、昔から「歴史は繰り返す」というように過去と未来をつなぐ視点から自動車業界を俯瞰的に見ることを意識しています。
個人ブログ『クルマのミライ NEWS』でも情報発信中。2019年に大型二輪免許を取得、リターンライダーとして二輪の魅力を再発見している日々です。
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