●10年後にはリニューアブル水素をメインのエネルギーにすると宣言。日本車へ追い風となるか?
2020年7月8日、EU(欧州連合)が『A Hydrogen Strategy for a climate neutral Europe 』という宣言を発表しました。意訳すると「欧州が気候変動に対応するための戦略として水素を重視する」といったところでしょうか。
自動車業界的には、CAFE規制(企業平均燃費)が厳しくなるなかで、その対策としてゼロエミッションとカウントされるBEV(電気自動車)の投入が目立つ2020年ですが、EUはその先に水素社会を見据えているというわけです。
水素を利用するといえば「燃料電池」で、自動車業界ではトヨタやホンダといった国産メーカーがリードしているのは周知の事実。トヨタの燃料電池車「MIRAI」は、完全に生まれ変わる2代目モデルを2019年の東京モーターショーでお披露目したくらいです。そのほかGMやダイムラーも燃料電池車の技術開発に熱心で、メルセデス・ベンツは日本でも燃料電池車をリース販売しているのも知られています。
さて、EUの宣言した水素戦略は自動車業界だけに限ったものではありません。産業・輸送・電力など広い範囲でクリーンな水素の利用を推し進めようという内容になっています。
クリーンな水素とは何か? それは、太陽光や風力といった再生可能エネルギーによって得られた電力で水を分解して得られる水素のことです。気候変動に対してCO2削減は待ったなし。EUはCO2フリーのエネルギーとして『リニューアブル水素』を選択したというわけです。
今回の宣言では2020年から2030年以降までを3つのステップにわけ、水素社会への移行を提示しています。
まず2020~2024年までに6ギガワットの電力を使い100万トンのリニューアブル水素を生み出す計画としています。続いて、2025~2030年には40ギガワットで1000万トンの水素を生産することを目指します。そうして2030年以降は、主たるエネルギーを水素としてCO2フリーの社会を築くというのが目標です。
100万トンの水素といわれても、その規模感はピンと来ないかもしれません。
現行の燃料電池車MIRAIの水素タンクを満タンにするには5kgの水素が必要で、おおよそ500kmの走行が可能です。欧州のリニューアブル水素への移行は、自動車セクターだけでなく社会全体ですので、クルマだけに例えるのは適切ではありませんが、仮に100万トンの水素があるとMIRAIを2億回満タンにすることができます。
つまり1000億kmの走行をカバーできるだけのエネルギー量になるという計算です。一台あたりの年間走行距離を1万kmとすると1000万台の自動車を動かすことができるだけの水素を、2024年までに再生可能エネルギーだけで供給できるになるといえます。
さらに2030年までの目標を達成すると、1億台の自動車を運用できるだけの水素を供給するという計算になります。前述のようにモビリティ以外のすべてを水素でカバーしよういう計画ですから自動車の規模に換算するのは不適切ではありますが、どれだけ大きな目標であるかは理解できるのではないでしょうか。
それにしても、こうして欧州が水素社会へ移行するというのはトヨタやホンダへ追い風になると思えますが、そうは問屋が卸さないでしょう。EUの狙いはクリーンエネルギーにおけるリーダーシップを取ることにあるはずです。簡単に日本企業を応援するような政策は取らないでしょうし、むしろ何らかの形で排除するような規制を働かせると考えるべきです。
とはいえ、欧州の水素社会シフトというのは日本政府が進めてきた水素政策と方向としては合致するもので、クリーンエネルギーとして水素の研究開発が加速することは日本にとってもプラスになるといえます。
水素社会については批判も大きく、そのネガを指摘する声も多々ありますが、CO2フリーを目指してEUが本格的に水素社会にシフトと宣言した今、水素社会を否定するという選択はあり得ない状況になりました。内燃機関で走るクルマの寿命は、さらに短くなったといえるかもしれません。
(自動車コラムニスト・山本晋也)
【関連リンク】
EU Hydrogen Strategy
https://ec.europa.eu/commission/presscorner/detail/en/fs_20_1296