F1のブレーキとは?ABSは禁止。300km/hからの急減速に耐える強力な制動力【自動車用語辞典:F1の技術編】

■強い摩擦力と耐熱性を備えた油圧制御のカーボン製ディスクブレーキ

●電子制御は使えず手動で前後輪の油圧バランスを制御

最高速度が300km/hを超えるF1マシンですが、確実に止まれる保証があるからこそ、速く走ることができます。マシンの性能向上とともに高いブレーキ性能が求められ、F1マシンのブレーキ技術も大きく進化してきました。

F1マシンの足元を支えるブレーキについて、解説していきます。

●ブレーキ装置のレギュレーション

ブレーキ装置は、基本的には市販車と同じ油圧制御のディスクブレーキです。1つのペダルによって操作される2系統に分離した油圧回路のみで構成されることが規定されています。

2系統の油圧回路には、ピッチングに対応して前後輪の油圧を変更できる「ブレーキバランス調整機構」が装備されています。

なお、市販車では状況に応じて各輪の油圧配分を変更する電子制御ブレーキシステムが普及していますが、F1では電子制御は禁止されています。

ブレーキキャリパーはアルミニウム材質であること、各輪にキャリパーは1つで最大6つのピストンを装備してもよいと規定されています。

ディスクローターとパッドはカーボン製で、ディスクローターは各ホイールに1枚、ブレーキパッドは2つまで認められています。

ブレーキの油圧システム
ブレーキの油圧システム

●ブレーキバランス機構

ブレーキをかけると前方に荷重移動が起こります。前後輪を同じ力で制動すると、荷重が小さい後輪はホイールロックが発生し、前輪はグリップ力に応じた制動力が発揮しづらくなります。

電子制御が禁止されているF1マシンでは、手動で前後輪の油圧バランスを変更するブレーキバランス機構を装備しています。操作は、ステアリングホイール上のスイッチで行います。

●ディスクローターとパッドの特性

市販車では、金属粉などを樹脂で固めたブレーキパッドを、鋳鉄製のディスクローターに押し付けて制動力を発生させます。

F1用マシンのブレーキも同じディスク構造ですが、パッドもローターもカーボン製を採用しています。摩擦力が強く、耐熱性が高いことが特徴で、F1用として要求される強いブレーキ力に対応できます。

またカーボンディスクには、冷却と軽量化のために側面に小さな孔がたくさん開いています。

このカーボンは、ボディで使われるCFRP(カ-ボン繊維強化プラスチック)とは異なり、カーボン繊維やカーボン粉末を樹脂で固めて高温蒸し焼きで炭素化したものです。

●キャリパーの特性

ディスクブレーキでは、キャリパーはディスクローターを挟むように配置されます。キャリパー内のシリンダー室に油圧が導かれ、その油圧によってピストンがブレーキパッドをローターに押し付ける仕組みです。

市販車のキャリパーは、片側にしかピストンがない浮動型キャリパーが一般的です。

一方でF1用では、固定型キャリパーの対向6ピストン式が採用されています。両側に配置したピストンによってローターを挟み込み、強力な制動力を発揮します。

固定型キャリパー
固定型キャリパー

●冷却性の向上

カーボンディスクブレーキは耐熱性に優れていますが、高速で走行するF1マシンのディスクは瞬間的に1000℃を超える場合があります。高温になると制動力が低下し、ブレーキオイルにベーパーロックが発生します。べーパーロックとは、オイル中の水分が高温になって沸騰することで気泡となり、圧縮しても気泡が吸収して圧力が伝わらなくなる現象です。

F1マシンでは、ブレーキの冷却性を向上させるため、エアダクト(ブレーキダクト)を設けて走行風をブレーキ内に導入します。エアダクトから入った走行風は、多くの孔を通してローター内に送り込まれます。


市販車の3倍のスピードで走るF1マシンは、ドライバーの意図するように減速、停止できなければ、非常に危険であり、またコーナリング中のタイムは大きくロスします。

異次元のスピードを出すF1マシンには、異次元の制動力を持つブレーキが必要です。

(Mr.ソラン)

この記事の著者

Mr. ソラン 近影

Mr. ソラン

某自動車メーカーで30年以上、自動車の研究開発に携わってきた経験を持ち、古い技術から最新の技術までをやさしく解説することをモットーに執筆中。もともとはエンジン屋で、失敗や挫折を繰り返しながら、さまざまなエンジンの開発にチャレンジしてきました。
EVや燃料電池の開発が加速する一方で、内燃機関の熱効率はどこまで上げられるのか、まだまだ頑張れるはず、と考えて日々精進しています。夢は、好きな車で、大好きなワンコと一緒に、日本中の世界遺産を見て回ることです。
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