■彼女の「感性」を刺激するジャガー・I-PACE
彼女をピックアップしたそのクルマは、まるで魔法の絨毯のように滑らかに走り始めた。
彼女:「このクルマ静かね」
クルマに乗り込んでほんのわずかな時間が過ぎた後、彼女はそこに気が付いた。
フリーランスで働いている彼女は、ときどきクルマに関する仕事もする。だから一般的な女性よりはクルマに詳しいし、乗り味にも敏感だ。だからこのクルマの静かさに気が付いたのは当然だとも思うけれど、同時にさすがだなとも思った。
ボク:「EV(電気自動車)でエンジンがついていないんだ。だからエンジンの音もしない。モーターの音はするけれど、モーターはエンジンよりも静かだからさ」
ボクはそう答えつつ、ジャガーI-PACE(アイ・ペイス)のモーターならではのスムーズな加速感を楽しみながらクルマを走らせた。ジャガーといえばイギリスのサルーン&スポーツメーカー。しかし、そんなジャガーも「100年にいちどの変革期」ともいわれる昨今の自動車産業の変化を受けて、大きく舵を切っている。
ひとつはSUVの投入だ。
このところ世界中でSUVブームが起きていて、プレミアムブランドの代表格であるメルセデス・ベンツ、BMW、そしてアウディはいずれもフルラインSUVメーカーとなっているし、ハイエンドブランドのロールスロイスやベントレー、そしてスーパーカーメーカーのランボルギーニまでSUVをラインナップする時代。
逆にセダン&スポーツカーは市場が縮小しているから、ジャガーがSUVに手を出すのは当然の成り行きかもしれない。
もうひとつは「EV」の市販化だ。
個人的には、ジャガーはコンサバティブな会社だと思っていた。だってつい10年ほど前まで、フラッグシップセダンの「XJ」をあのクラシックなスタイルで売っていた会社である。そんな会社が、多くのライバルよりも先に電気自動車の市販化を手掛けたのだから意外だった。
そんなジャガーにおける市販第一号のEVがこのI-PACEというわけだ。
■ノスタルジィから離れれば
彼女:「でも、どうしてジャガーの最初のEVがSUVなの?」
そんな彼女の素朴な疑問には言葉を詰まらせた。なぜなら、とても残念なことにボクはその質問に対する答えを持ち合わせていなかったからだ。
ボク:「スポーツカーはまだまだガソリン臭いほうがいいと思っているからじゃないかな。実際の加速はEVでも相当速いけど、音とかフィーリングとか、それにエンジンの鼓動みたいな感覚はモーターでは再現できない。だから、そういったものが求められにくいSUVにしたと思うよ。」
もっともらしくそう答えてみたら、彼女は納得した様子だ。もっといえば床下にバッテリーを積むパッケージングでもプロポーションが破綻しにくいとか、最低地上高を確保しやすいとか、理論的な理由がいくつもあるに違いないけれど、スポーツカーにはやはり「感覚」が大切で、現時点ではそのあたりがまだEVには足りていないのは間違いない。
もちろんスポーツカーにも楽しさや爽快感はあるんだけど、ガソリンエンジンの味わいにはまだ達していないとボクは思う。もしかすると、この変革期においてガソリンエンジンの味わいを求めるのは単なる郷愁なのかもしれないけれど。
彼女:「そんなこと言っても、こんなに静かで、振動もなくて、加速もだってスムーズ。私はEVのほうが好きだけどな」
そう言ってニッコリと微笑む彼女のほうが、ボクの何倍も感覚が前を向いているのだろう。もしかすると「過去を振り向かない、前向きな人」なのかも。
ところでこのI-PACEのモーターは最高出力200ps、最大トルク348Nm。それを前後それぞれ、合計2個積むからトータルでは400ps、696Nmとなる。高速道路の合流などでここぞとばかりにアクセルを全開してみたら……異次元にワープするかと思った。ノスタルジィなんていう人間的な気持ちを忘れてみれば、どう考えたって立派なスポーツカーだ。それにしても、速い。(後編へ続く)
(文:工藤貴宏/今回の“彼女”:久保まい/ヘア&メイク:牧 詠子/写真:ダン・アオキ)