■MaaSを活用した新しい移動スタイルを確立することができればイギリスは一足先に未来にいける
2020年2月4日、イギリスのボリス・ジョンソン首相が「2035年にハイブリッドを含むエンジン車(乗用車)の販売を禁止する最初の国になる」と宣言したことが話題となっています。
有識者の多くは「いま走っているクルマをZEV(ゼロエミッションビークル:排ガスを出さないクルマ)に置き換えることなんて無理だ」と、無茶な宣言であると指摘していますが、はたしてイギリスの脱エンジン車は本当にあり得ない話をしているのでしょうか。
たしかに、現在のレベルで乗用車の新車が売れる(2019年実績で231万台規模)として、そのすべてを「たった15年」でZEVに置き換えるというのは無茶な話に見えます。すでに市販としては実用化されているEV(電気自動車)にしても、200万台規模に対応するバッテリーの生産量をどうやって確保するのか、コストダウンによって普及価格帯にできるのか、といった問題は指摘されるところでしょう。
ましてZEVの、もうひとつの候補といえるFCV(燃料電池車)は世界的にもトヨタとホンダくらいしか量産実績がなく、百万台というスケールでの量産については目途の立っていない状況といえます。
気候変動や大気汚染といった課題をクリアするためにZEVへのシフトが必要というのは現在のトレンドですが、エンジン車を完全に排除してイギリス国内の乗用車ニーズを満たすには15年という時間は短すぎると言わざるをえないというのが「無理だ」と主張する人たちの根拠でしょう。
しかし、自動車(乗用車)を趣味のものとしているのはごく一部であって、基本的には移動のための手段です。クルマ以外の移動手段が確立できれば、230万台規模で販売する必要があるとは限りません。たとえば、いまの自動車業界におけるトレンドに「MaaS」というものがあります。「モビリティ・アズ・ア・サービス」の略称であるMaaSは移動の未来形を示す言葉です。
国土交通省によるMaaSの解釈を記せば『MaaS は、ICTを活用して交通をクラウド化し、公共交通か否か、またその運営主体にかかわらず、マイカー以外のすべての交通手段によるモビリティ(移動)を 1 つのサービスとしてとらえ、シームレスにつなぐ新たな「移動」の概念である』となっています。
仮にマイカーというMaaSに含まれない要素をカーシェアリングやタクシーに置き換えて考えてみたらどうなるでしょうか。バスや鉄道といった公共交通機関を充実させ、ラストワンマイルと呼ばれる自宅周辺の移動についてはクルマや電動キックボード、自転車などのシェアリングでカバーできるようにすればマイカーを持つ必要がなくなります。
エンジン車が販売禁止なのですから、カーシェアリングで使われるクルマはEVとなるでしょう。CO2排出量削減のために再生可能エネルギーでの発電比率を高めることが求められていますが、太陽光や風力による発電は電力需要に合わせた供給が苦手で、その比率が高まればバッファとして電力を一時的に溜めておく装置が必要とされています。
もしカーシェアリングで使われるEVがパーキングで充電器につながっているのであれば、そのバッテリーに溜めた電気を系統(グリッド)に供給する「V2G(Vehicle- to-Grid)」を利用することも容易くなると予想されます。つまり再生可能エネルギーの欠点をカバーできるのです。
もうひとつ再生可能エネルギーにより発電した電力を溜めておく方法として、いったん水を電気分解して水素にして保存しておき、必要に応じて燃料電池で電気として活用するというソリューションもあります。そうしたシステムを構築した状態を「水素社会」とも呼んでいます。その水素を活用するひとつの手段がFCVなわけですが、公共交通機関のバスや物流を担う大型トラックなどは、とくに水素燃料電池との相性がいいといわれています。スコットランドは水素社会に向けた社会実験に積極的で、多くの知見を得ているといいます。
イギリスの脱エンジン車宣言には、そうした背景もあるのかもしれません。
たしかに2035年に内燃機関を積んだ乗用車の販売を禁止する、というのは無茶な宣言に感じます。それでも、ベストシナリオを考えていけば、荒唐無稽で不可能な話と一笑に付すこともできないと思えてきます。
15年という短い期間でモビリティの概念を書き換えてしまうのは簡単なことではありませんが、CO2排出量の削減が求められ、国家間での排出量取引が意味を持ってくることを考えると、国家としてのアドバンテージになるかもしれません。まして、EUを脱退したイギリスですから、CO2排出におけるリーダーシップを発揮することに意味があると思えるのです。
(山本晋也)