自動車ジャーナリスト界の生き証人・山口京一さんが語り尽くした、あんな秘話こんな秘話【第3回・トヨタ編】

■偉人だらけの「自動車業界絵巻」が無料で聞ける勉強会が11月29日開催

AJAJ公開勉強会

半世紀の長きにわたり、自動車メーカーと読者とを結ぶ橋渡し役として、正しい知識啓蒙を続けてきた団体が日本自動車ジャーナリスト協会(AJAJ)です。

これまでBMW、マツダとトークテーマと開催場所を変えながら続けられているのが「公開勉強会」。AJAJの名誉会員である山口京一さんが、これまでのご自身の歩みと当時の世相を知られざる秘話とともに語っていただくという場です。

その第3回が9月2日に東京お台場・MEGA WEBにて行われました。そのダイジェストをお届けするとともに、そろそろ第4回が開催されるので、興味のある方はスケジュールの確認をお願いします。

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まずは幼き頃の山口京一さん(山京さん)とトヨタ車のかかわりから。山京少年が小学校高学年のころ、日本は戦争真っ只中でした。都会から地方へと疎開していた際に大怪我をしてしまった山京さん。急を要す緊迫したなか、トヨタの木炭トラックで病院へ運ばれ、一命を取り留めたそうです。

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15歳だった1948年、皇居前から上野までのパレードラン「自動車大行進」が行われました。まだ占領状態ではありましたが、戦後3年で復興の兆しがみえてきました。先頭はダットサン、オータ、トヨペットのトラックをベースとしたバンなどが走っていました。

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3輪トラックでは、マツダ、ダイハツ、クロガネ、オリオン、ジャイアントなどのメーカーが競い合っていました。小型乗用車は、EV(電気自動車)が占めていました。

同じ年に開催された「自動車大展示会」も盛況でした。そのころのトヨペットSA型は4輪独立懸架サスペンションでY字型フレームを採用していました。のちのロータスにも影響を与えた革新性も持っていました。

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その頃のモーターファン誌でテスターとして名高ったのが隈部一雄博士でした。博士は元トヨタマンで、戦後の不況に起因するトヨタの人員整理の責任を取るかたちで、当時の豊田喜一郎社長とともに辞任したという経緯があります。同じく当時の権威だった平尾収さん(東大教授)とともにモーターファンロードテストを評価していました。

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そのころ山京さんはインポーター勤務でした。オートレースやモーターサイクルレースの車券を売った収益は、当時の政府にとって重要でした。そんな背景から「レーシングカーを作るように」とトヨタ本社に要請があったのです。

しかしトヨタとしてはギャンブルのための車両を作るのに躊躇したそうです。景気も戻りつつありましたが、それでも余裕がなかったので、前述の隈部博士率いるクマベ研究所に開発を依頼したそうです。

「サラブレッドという種が生まれたのは、レースがあったからだ」という心意気でした。そして開発と評価を担当したのがエンジニアでありジェントルマンドライバーであった小早川元治男爵が担当しました。そう、勘のいい方ならお気づきでしょう、元マツダの開発者、小早川隆治さんの父上です。

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出来上がった「トヨペット・レーサー」はトラックベースではない本格マシンでした。OHC4気筒エンジンを搭載、フレームには多くの穴を開け軽量化していました。1991年にはマツダがル・マンを制しましたが、チームを率いていたのが小早川隆治さん。不思議な縁を感じますね。

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2000年代にはCARTに挑戦していたトヨタ。トヨタ、ホンダ、コスワースの三つ巴の時代でした。トヨタのマシンのエンジンはアメリカ製でしたが、どうにも狙った性能が出ない。原因はカムシャフトと突き止め、タマチ工業の太田邦博さんみずから旋盤で削ったカムシャフトを入れたら勝利した、というエピソードがあります。

●レジェンドその1:初代クラウンを担当された中村健也さん

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忘れてはならないのが初代トヨペットクラウンの開発主査だった中村健也さんです。ノックダウン生産が主流だった当時の自動車エンジニアリングの世界で「クルマはきちんと設計しなくてはいけない。組み立てているだけではいけない」と経営陣にアピールしました。

トヨタのキャリアは鍛造・鋳造の部門からスタートしました。自動車フレーム用に2000トンという大型プレス機をアメリカから調達したそうです。これはいまでもトヨタ産業技術記念館に展示されています。

大きさは3階建てのビルくらいの巨大さで、一発プレスするたびに地響きがでるくらいの衝撃だったそうです。中村さんは誤って油圧プレスのタンクに落っこちて全身油まみれになってしまったという逸話もあるそうです。

ランドクルーザーの頑丈なフレームもこのプレス機で作られました。後年は初代プリウスのモーターも作られました。時代はモノコックになりましたが、それらプレス機の一部はブラジルなどで活躍しているそうです。

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その頃のクラウンは、耐久性を証明するために「ロンドン〜東京5万km」走破のチャレンジも行っていました。同じくバイクで冒険旅行をしていた有名人・高橋兄弟とトルコで偶然遭遇したりしました。

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同じく中村健也さんが手がけたのがセンチュリー・ガスタービンハイブリッドででした。低速トルクがないガスタービンエンジンでしたが発想の転換で、発電を担当させました。当時はAJAJは設立されておらず、新型車や新技術はメディア単位に発表されるのが常でした。そのころに組織の重要性を感じた山京さんらにより、AJAJ設立のきっかけとなりました。

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その後、役員への道もあった中村さんでしたがそれを固辞し、社員として最高の「フェロー」という肩書きが付いたそうです。2代目クラウンの開発も担当しました。

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1964年くらいから雑誌へ寄稿をはじめた山京さん。当時の日本車は「安い、程度がいい、壊れない」がセールスポイントでした。

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海外のカー雑誌にも取り上げられることもありましたが、神社仏閣の前で写真を撮られたりと、どうしても外国人の偏った目線で扱われるのが悔しかった山京さん。ROAD&TRACK誌でトヨタ2000GTが表紙になったときは、涙が出るほどうれしかったそうです。

●レジェンドその2:レーシングマシン開発を経てESVを担当された河野二郎さん

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日本グランプリの際には河野二郎主査にもお世話になったそうです。のちに河野さんはFIA規則になった5リッターのマシンを開発しル・マンをめざしました。

モータージャーナリスト界の雲上人、ポール・フレール(PF)先生もトヨタを初訪問しました。ベルギー銀行の頭取だった父と兄から調査を依頼され、訪れたのです。PF先生はモンタギュー卿とならび「カーオブザセンチュリー」の名誉評議員でした。

「50台作って市販しなければならない」などのレギュレーションの制約が少ないCan Amにも参戦していました。名手ジャッキー・スチュワートとの契約も取り沙汰されていました。

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レースの後に河野さんが担当されたのがESV(安全実験車)でした。衝突安全が叫ばれはじめた時代です。80km/hでのコンクリートウォール衝突をクリアするため、つぶれ代が前後にある2シーターボディとし、ロールオーバー対策としてピラーも垂直に近く立てました。「Jターン」試験ではESVの操安性もアピールしました。

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1970年の東京モーターショーにはコンセプトカー「EX-7」を出品しました。ESVシャーシの「F10」やインホイールモーターを採用した1人乗りEV、2座のシティーカーなど、現代でも通用するモビリティの提案が行われました。

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1970年のベルギーGPの場で、山京さんはPF先生と会います。その際に、PF先生がラリーで乗る予定だったトヨタ1600GTを借り受けることになりました。

PF先生の1600GT評は「しっかり動きを抑えたリジッドアクスルのほうが、下手な独立懸架よりも良いね」という1600GTグッジョブ、というものでした。この頃トヨタは、ワシントン、そしてニューヨークに事務所を構え本格的に稼働させました。

●レジェンドその3:パブリカを担当された長谷川龍雄さん

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戦後、トヨタに入社した長谷川龍雄さんは、のちの専務取締役になったお方です。パブリカの開発担当としても有名です。前輪駆動車の開発は、当時の技術ではそうとう難儀だったようです。

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当時山京さんがかかわっていたカーグラフィック誌の長期テスト車の第1号は初代カローラでした。最終的にはエンジン、トランスミッションすべてをバラしてチェックしました。また組み直して、山京さんの愛車になりました。

そんなカローラFXは、20年前には南アフリカで新車で買えました。

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1987年のコンセプトカーFXV-ⅡとGTVに試乗が許されました。GTVのガスタービンエンジンは、ブレーキを踏んで回転を上げてから発進、という順序でした。

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トヨダAA型の復刻プロジェクトは、探しに探したが実車を見つけることができなかったため、当時の図面から復元しました。寸法はインチ表記さったそうです。

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途上国にも最新の製品を、ということで投入されたのが「IMV」です。細川チーフエンジニアには、多人数乗車による悲惨な事故を防ぎたいという理想がありました。

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中国で初めて乗用車を作ったのがダイハツでした。中国天津汽車で2代目シャレードを生産したのですが、なんと床は土間のままでした。それを改善させるとこんどはお風呂のタイルのようにツルツルの床に。油が付くととても危ない環境だったそうです。

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韓国にも少量輸出されていたクラウンは「コリアン・キャデラック」と呼ばれていました。

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LAショーでは日本のエコカーへ向けてのデモが場外で起こりました。「ハイブリッドこそ将来のクルマだ」と、このデモを沈静化させたのがディビッド・フィードマンでした。NHTSA(米国運輸省道路交通安全局)長官代行でした。

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ボッシュもハイブリッドを技術発表していました。縦置きのユニットでした。シリーズハイブリッドの始祖としてローナー・ポルシェも復刻されました。トヨタのプリウスコンセプトには、当時の主査・内山田さんが乗せてくれました。駆動はCVTだったそうです。

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山京さんは、アレックス・モールトンとも長い親交がありました(1973年〜2012年)。彼は2代目と3代目のプリウスを買って乗っていたそうです。レクサスLSにも興味があったようですが、愛車のベントレーの乗り味に近づけるためにサスペンションをワンオフしていました。

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2006年〜2007年には、イギリス政府の公用車は191台中84台がプリウスでした。これは公文書で明らかになっています。官庁・官僚が使う車両、重要書類を運ぶ車両にプリウスが用いられていました。

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プリウスPHVは、後方に重いバッテリーを積むというネガを見事に克服し、とてもいいハンドリングに仕上がっていました。当時の若きエンジニアのいい仕事でした。2017年のCOTY試乗会にはわざわざエンジニアを呼んでもらったそうです。派生車なので残念ながら10ベストに入らなかったのがとても残念だったそうです。

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プリウス開発車の内山田さんとともに、日本の自動車人として知っておいてもらいたい存在が金原淑郎トヨタ元副社長です。トヨタのカンパニー制を敷いた方であり、カリフォルニアZEV規制から一斉に始まったEV開発。

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米技術者協会主催の試乗会では、トヨタが持ち込んだのはタウンエースをベースにしたEVでした。日本のナンバーが付いていました。

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2006年のタクシー専用車・コンフォートにも驚かされました。開発の経緯は、そのむかし「景気が悪くてクルマが売れないころ、タクシーとして多くのトヨタ車を買ってもらい助かった」というご恩返しで「トヨタはタクシーを供給する義務がある」という志でした。利益うんぬんではなかったのです。

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プログレにも乗っていた時期のある山京さん。ただTRDのサスペンションはがちがちに固く、モールトンを乗せたところ「ジャック(山京さんのニックネーム)、このクルマにはサスペンションとタイヤは付いているのか?」とジョーク混じりでチクリと指摘されたそうです。

今は亡き成瀬さんの「かまぼこ理論」 ── 下まわりはかまぼこ板のように固く、上屋はやわらかく、という比喩は今でも鮮明に記憶に残っているようです。

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第4回となる山京さんのトークは、11月29日(金)の18時から、場所は東京・ホンダウエルカムプラザ青山の2Fにて開催される予定です。師走直前という慌ただしい時期ではありますが、興味のある方は出掛けてみてはいかがでしょうか。今回ももちろん入場無料です。

(畑澤清志)

【関連リンク】

●申し込みサイトはこちら
https://forms.gle/4juW2t1Yim9MDLL77

■日時
2019年11月29日(金)
17時30分 ドアオープン
18時から20時  山口京一氏 講話会+質疑応答

■場所:本田技研工業株式会社 本社 2階会場
107-8556 東京都港区南青山2-1-1 ホンダウエルカムプラザ 青山

東京メトロ銀座線、都営大江戸線「青山一丁目駅」が最寄りです。

日本自動車ジャーナリスト協会
https://www.ajaj.gr.jp/

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https://clicccar.com/2019/08/13/902281/

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https://clicccar.com/2019/08/14/902334/

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クルマ、飛行機、自転車もろもろ全般
https://gold.ap.teacup.com/yamakyoj/

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