単なる移動の道具ではない、モーターサイクルは『おもちゃ』である。だからいつもポジティブに【自動車技術会モータースポーツ技術と文化シンポジウム6】

●スーパーバイク世界選手権4連覇の軌跡

【川崎重工業 松田義基氏】

スーパーバイク世界選手権(SBK)は、1000cc級の市販「スーパースポーツ」カテゴリーのモーターサイクルによるサーキットレースの頂点に立つシリーズ。「1000cc級」と書いたのは「4気筒は排気量750〜1000cc、2気筒は850〜1200ccまで」と定められているからだ。30年前、アメリカAMA発祥のこのカテゴリーが世界選手権としてスタートした時には、4気筒・750cc、2気筒・1000ccが上限だった。言うまでもなく日本のメーカーが送り出すモーターサイクルはそのAMA時代から様々な形で参戦を続けてきている。

カワサキは、2008年のリーマン・ショックを受けて2002年から続けていたMotoGPへの参戦を休止。その開発を行っていた「モトGP部」は2009年4月1日付で解散となり、レース部門は規模を縮小、主戦場を市販車ベースのスーパーバイクに移して再出発することになった。

松田氏は当時からずっと開発と実戦に携わってきたエンジニアである。その講演は、「マシンのパフォーマンスを高めて勝つと、欧州勢主体の競技主催者(今はMotoGPと同じDORNA)にレギュレーションで押さえられる。対応する。そして勝つ。この繰り返し」というところから始まった。そもそも2008年には、いったん2気筒・4気筒とも1000cc上限になっていたのを、2気筒だけ1200ccにアップ、ドゥカティがそれに対応する1098Rを投入して、日本車に対抗したのである。

カワサキZX-10Rは、ファクトリーチームがSBKに転身した当初のGen.3から、旋回性の基本となる重心位置やクランク軸位置の見直し、フレーム+スイングアームの剛性最適化などを盛り込んだGen.4に進化(現在の市販モデルはGen.5)。このマシンを駆るT.サイクスが2012年にはアプリリアRSV4のM.ビアッジに0.5ポイント差の年間2位、 2013年にチャンピオン、翌年は年間2位、しかしチャンピオンを獲得したアプリリアのS.ギントーリに勝利数では8対5で優る…と一気にパフォーマンスを高めた。

すると、ドライバビリティ向上のために2気筒ずつに分けて動かす電子制御スロットル(MotoGP車両譲り)は分割禁止、コースに合わせたギア比を組み込むためにGen.4で投入したカセット式ミッションも「ギア比変更禁止」と規則で縛られた。2017年には1イベント2レース制のレース1の1〜3位をレース2のスターティンググリッドは3台横並びの3列目に置くという変則リバースグリッドを導入、さらに2018年に向けてはハンディキャップを見直し、2気筒に設定していた吸気リストリクターを廃止する一方、2気筒が12700rpm、4気筒は15000rpmとしていたエンジン回転上限(レブリミット)を車両別に指定することにして、カワサキは他の4気筒勢よりも600rpm低い14100rpmとされた。シーズン中に他は14950rpmまで引き上げる性能調整が行われたがカワサキは変更なし。

こうした性能調整(BoP)は、参加車両の中で競争力に大きな差がないようにして、レースをおもしろくする狙いで、SBKに限らず4輪の世界でも様々な形で導入されるようになった。しかし技術者としては、自分たちのマシンのパフォーマンスをいかに高めるかに集中するわけで、規則・規制に対して「知の戦い」が繰り広げられるのである。そしてカワサキは、SBKで2015〜18年にかけて4連覇を達成した。

このシンポジウムの後に開幕した2019年シーズン、日本勢にとって最大のライバルであるドゥカティがついに90°V型4気筒を搭載するパニガーレV4Rを投入。1イベント2レースの間にレース2のスタート位置を争う短いスーパーポールレースを加えた新しいレース・フォーマットで、開幕からパニガーレV4Rを駆るA.バウティスタが連勝している。これに対するBoPはどうなるのか、カワサキの対抗策は…と、興味を引かれるところではある。

こうした技術開発の紹介も「なるほど」と聴いたのだが、それ以上に我が意を得たり、と思う話が松田氏の講演の「核」だった。

「これまで市販車とレース車両は相反するもの、と言われてきた。本当にそうだろうか。バイクが『操るもの』であるかぎり、同じ基本の上に成り立っているはず」。こう考えたことがブレークスルーにつながったというのだ。私自身、4輪車の分野で同じ結論に行き着いている。例えば「操縦性安定性と乗り心地は相反する」ことはない。タイヤと路面が触れ合い摩擦する、という原点に立ち戻れば、車体の揺れと車両運動を「良く」する道筋は同じところにある。

カワサキでは、スーパーバイクとSBK車両の開発を統合、ここからZX10R・Gen.5が送り出された。さらに2017年からはモトクロッサーについてもこの組織に取り込み、オンロード、オフロード両方について市販車とレース車両の開発組織を一体化している。そして基盤設計の共通化を進めた。例えばエンジンの燃焼室、シリンダーヘッドのデザインはロードバイクとモトクロッサーで実現すべきものに大きな違いはないという知見に基づいて、基本設計を近似した形態に統合、バルブ挟み角は23〜24度、バルブを押し下げるフィンガーフォロワーは部品番号も同じ共通品を使っているという。

これらのプロセスで目標に掲げたのは「最高の車両性能」はもちろんだが、それを操る者が引き出すために「最高の安心(車両挙動への信頼)」が欠かせず、それらを「最高の開発効率」で実現すること。そしてこうした開発は、少数精鋭、兼務をどんどんやらせるのが良い。また短期間では知見・経験の蓄積ができないので継続して関わることも大切。そこで得られるものは、モータースポーツの世界では、でなくても必ず必要になってくる。そして「世界一を目指すロードマップ」を策定し、個々の領域については、先を読み、自己責任で進めること。といったキーワードが次々に飛び出してきた。

その締めくくりは「モーターサイクルは『おもちゃ』である。だからいつもポジティブに」。モーターサイクルは既にこのゾーンに到達している。4輪車も、そうなったものだけが、単なる移動の道具ではない「クルマ」として生きていける時代を迎えている。

(両角 岳彦)

この記事の著者

両角岳彦 近影

両角岳彦

自動車・科学技術評論家。1951年長野県松本市生まれ。日本大学大学院・理工学研究科・機械工学専攻・修士課程修了。研究室時代から『モーターファン』誌ロードテストの実験を担当し、同誌編集部に就職。
独立後、フリーの取材記者、自動車評価者、編集者、評論家として活動、物理や工学に基づく理論的な原稿には定評がある。著書に『ハイブリッドカーは本当にエコなのか?』(宝島社新書)、『図解 自動車のテクノロジー』(三栄)など多数。
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