SUBARUが量産車両を世界で最もハードな舞台「ニュルブルクリンク」での「競争」させる訳は?【自動車技術会モータースポーツ技術と文化シンポジウム7】

●SUBARUモータースポーツのシャシ開発 ─ ニュルブルクリンク24時間レース参戦車両

【スバルテクニカインターナショナル 野村章氏】

SUBARU=STIによるニュルブルクリンク24時間レース挑戦が始まったのは2008年。もう10年以上も続いているプロジェクトだ。その総指揮を執る辰己英治氏には30年来、親しくしていただいている。元々はスバル(以前は富士重工業)の車両実験部に籍を置く量産車仕上げの名手であり、ニュルブルクリンク北コースはスポーツモデルの運動限界確認・チューニングでそれこそ「いやと言うほど」走り込んでいたから、そこを舞台にする競走の参戦初期は自らステアリングを握っていたのも何も不思議はない。

今回の講演は、その「世界で最も厳しい『試験路』」を24時間走り続ける競技のために、シャシー・パフォーマンスをどう分析し、実車にどう反映していったか。その講演は、直前のカワサキ・松田氏の「市販車と競技車両は、本来同じもの」という認識への共感から始まった。

ニュルブルクリンク24時間レースを頂点とするVLN耐久シリーズの舞台は、60年以上も前に建設されたままの姿を保つ20km余の北コース(ノルド・シュライフェ)と新しいグランプリコースをつないだ1周24.378km。北コースは就労対策という時代背景もあって路床作りから人手を主に進められたこともあり、コースレイアウトがシビアでエスケープゾーンがほとんどない、という以上に路面のアンジュレーションが今日のレーシングコースとは比較にならないほど多く、複雑だ。

そこを走る車両は、ジャンピングスポット以外でも細かく跳ね、その度にタイヤと路面の接触状態が変動する。ここをきれいに走り、天候や路面が様々に変化する中でドライビングミスの可能性をできるだけ少なくすることが求められる。だから昔から、極限状態に追い込まれた状況で車両がどう走るか、それを検証するコースとして使われ続けているのである。そしてここをちゃんと(速く、とは限らない)走れるクルマは、世界のどこに行っても信頼できるドライビング・ツールとなる。

その厳しい舞台で戦う中で現れるパフォーマンスを上げるべき部分を分析し、具体的な技術課題に落とし込む。スバルはこのプロセスを量産車開発と同じアプローチで進めてきた。その課題とは、1. 遅れのない操舵応答と、それとバランスするリアグリップ。2. ばね上(車体)の揺れを抑制しつつ、跳ねようとするタイヤの接地性を高める。3. 高負荷長距離走行の中でタイヤのグリップが落ちる減少(いわゆるタレ)の改善。4. 現地走行の機会が限られる中で台上試験やシミュレーションを活用しつつ、現実との整合性を高める…といった内容。これらは全て、普通のロードカーの総合能力を、とくに「ドライビングというスポーツ」に関わる能力を高めることに直結する。

もう少し具体的には…

まず基本諸元については、重心高と慣性モーメントの低減という当たり前の要素から始めて、クルマが向きを変え、止める運動を左右する物理量であるヨー慣性モーメントとホイールベース、すなわち前後タイヤの「着力点」の関係に着目。車両の中で重量物をどう配置するか、それが操舵応答や旋回姿勢にどう現れるかを把握した。

舵を切った時に起こるフロントの横への動きが速くリニアに現れるためには、多くの要素が関連してくるが、例えば重いパワーユニットが車体にマウントされている状態で揺れる。その振動が向き変えの動きを妨げる、あるいは特定のリズムで急に動きが強まる/鈍ることが起こる。そうした現象を解析し、車両運動がどう変化するかを確かめるのは、まず簡単な車両=タイヤの関係を描いたモデルを組んでのシミュレーション、さらに台上試験を行う。

パワーユニットがマウントの上で震える現象を押さえる、つまりマウントを硬くすると操舵のレスポンスが良くなると同時に、車体の揺れ動きも減って快適性が上がる、という報告があった。これは我々の経験とも一致している。日本車のエンジン・マウントはひたすらアイドリング振動を逃がすことだけを評価して、柔らかいばねにしているのだが。

ADAC Qualifikationsrennen 24h-Rennen Nuerburgring 2017 (2017-04-23): Foto: Jan Brucke

もちろん基本となる骨格に無駄な動きが出ると、タイヤと路面の接地状態にもドライバーの身体が受ける振動にとっても良くない。しかし量産車の薄板鋼板で組み、溶接し、しかも開口部が大きい車体は、複雑な変形を起こすし、単純なやり方では求める剛性は得られない。そこでまず骨格に加わる力と変形の関係のシミュレーションを、単純なモデルから始めて実車に近づけてゆき、車体単体からサスペンションを組んだ実車まで台上試験で確認、チューニングを重ねた。これらのシミュレーション→試験には量産車と同じ手法、試験装置が活躍する。実車状態での確認は4輪それぞれを加振台の上に乗せて路面側から振動を加える、俗に言う「4ポスト・リグ」が使われる。今日の純競技車両で空力ダウンフォースを利用してタイヤを路面に押し付ける状態を確認するのであれば、空力荷重を模す加重装置を加えた「7ポスト・リグ」を使うのだが、このクルマには必要ない。

結論としては「安心と愉しさの基本は車体」とのこと。この場合の「車体」には主骨格はもちろんだが、サブフレーム類、パワーユニットや駆動系、足回りのマウンティングなどの「結合点」までが含まれる。

ちなみに、実際にニュルブルクリンクのコースを走った中で収録したデータを整理した、タイヤのグリップや車両運動の状況のグラフをチラ見して、ドライバーがかなり癖の強い、クルマを強引に旋回させるタイプのように思えた。講演終了後、野村氏に確認したところ「バレましたか」と苦笑されていた。競技の現場では、そうしたドライビングにも合わせ込む、あるいは受け入れることが求められる。でもロードカーは、ドライバーが様々な状況を経験する中でそうしたリズムをより良い方向=タイヤと車両にとって自然な動きにへと収斂させる「懐の深さ」が求められる。その意味では、競技への適合のほうが「最適解」に近づきやすいのではある。

(両角 岳彦)

この記事の著者

両角岳彦 近影

両角岳彦

自動車・科学技術評論家。1951年長野県松本市生まれ。日本大学大学院・理工学研究科・機械工学専攻・修士課程修了。研究室時代から『モーターファン』誌ロードテストの実験を担当し、同誌編集部に就職。
独立後、フリーの取材記者、自動車評価者、編集者、評論家として活動、物理や工学に基づく理論的な原稿には定評がある。著書に『ハイブリッドカーは本当にエコなのか?』(宝島社新書)、『図解 自動車のテクノロジー』(三栄)など多数。
続きを見る
閉じる