【週刊クルマのミライ】 「FFの商用バン」ホンダ・N-VANが抱える、走りにおけるジレンマとは?

ホンダのまったく新しい軽商用モデル「N-VAN」が注目を集めています。

これまで後輪駆動が絶対条件と思われていた商用バンの世界で乗用車と同じFFプラットフォームをベースとしたことにより、従来からの軽商用ユーザーからすると使い勝手や登坂性能において否定的な見方もあります。

一方で、乗用車と同じ設計を基本とすることにより乗り心地や静粛性については明らかに有利と感じるレベルに仕上がっています。さらに追従クルーズコントロールのような運転支援システムも搭載、こうした快適性もN-VANの魅力となっています。

さて、そんなN-VANですが、FFプラットフォームのネガといえるのが小回り性、スペックでいうと最小回転半径になります。N-VANの最小回転半径は4.6mですが、たとえばライバル視される軽商用1BOXのスズキ・エブリイのそれは4.1mに抑えられています。あぜ道を走る軽トラックほどの小回り性は求められないといっても、FR系の商用1BOXとは、やはり明確に差がついています。

こうした点について、シャシーに関わったエンジニア氏に話を伺ったところ、最小回転半径を小さくできない理由はN-VANがFFプラットフォームを採用したことにあるといいます。最小回転半径を小さくするにはフロントタイヤの切れ角を大きくすることと、ホイールベースを短くするという2つの要素が影響しますが、そもそも論としてはホイールベースが短いほど小回り性に影響します。

具体的に数値で見ていくと、N-VANのホイールベースは2520mm、対してエブリイは2430mmとなっています。しかも一般論でいえば、操舵輪に駆動の入らない後輪駆動のほうがステアリングの切れ角も稼ぎやすくなっています。エブリイが小回り性で上回るのは素性として当然のことです。

では、せめてN-VANにおいてもホイールベースを短くするということはできなかったのでしょうか。ここでポイントとなるのが、トラクション性能だといいます。ホイールベースを短くする(具体的には後輪の位置を前に出す)と、リヤのオーバーハングが大きくなります。どうしてもオーバーハングに荷物を積みがちで、そうなると前後の重量バランスがリヤ寄りになりやすいといいます。おのずとフロントタイヤへの荷重が減ってしまい、トラクション性能が落ちてしまうといいます。

つまり、FFの商用バンでしっかりとしたトラクション性能を確保するためにはタイヤを四隅に置くようなレイアウトが求められる、というわけです。

この部分だけにクローズアップしてまとめると、FF車において小回り性(最小回転半径)とトラクション性能は相反するというわけです。もちろん、トラクション性能においては様々なシチュエーションを想定してテストをした結果、前身モデルといえるアクティバンと同等の性能を確保したといいますが、ミッドシップレイアウトのアクティバンは荷物を満載したときのトラクション性において素性から有利なレイアウト。

FFで同等レベルを実現したというのはすごいことですが、はたしてリアルワールドでユーザーが満足いく性能を感じられるかどうかは、これから明らかになっていくことでしょう。

ヘビーユーザーであればこそ気になっているであろうN-VANのトラクション性能に関する評価が満足いくものであれば、軽商用バンがキャブオーバーの1BOXからFFベースのスーパーハイトボディのボンネットバンへとシフトしていくキッカケになるかもしれません。

(写真と文 山本晋也)

この記事の著者

山本晋也 近影

山本晋也

日産スカイラインGT-Rやホンダ・ドリームCB750FOURと同じ年に誕生。20世紀に自動車メディア界に飛び込み、2010年代後半からは自動車コラムニストとして活動しています。モビリティの未来に興味津々ですが、昔から「歴史は繰り返す」というように過去と未来をつなぐ視点から自動車業界を俯瞰的に見ることを意識しています。
個人ブログ『クルマのミライ NEWS』でも情報発信中。2019年に大型二輪免許を取得、リターンライダーとして二輪の魅力を再発見している日々です。
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